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 生徒会で処理しなくてはならない書類を、重たそうに持っている彼女を見つけ、慌てて駆け寄りそれを手伝う。ありがとうと笑う彼女の顔は、王妃としての笑顔ではなく、心からの方でちょっと嬉しくなる。

 こうして彼女の笑顔が時々見えるようになったおかげで、彼女の周りの空気も和らいで、苛めをするような人間には見えなくなった。まあ初めからデマだったのだから当然だけどね。

 またオレの努力で、彼女には苛めをするだけの時間が無い、というアピールが進んでいる。けど彼女がアイリスを苛めてるという噂はなかなか無くならない。

 それが何故なのか分からない。

 まるで大きな力が働いているようで、この噂は消えることはないのだと諦めそうになる。でもここで止めたら、今までの努力が水の泡になってしまう。

 直ぐに答えがでるものでもないし、続けるしかないだろう。そんなこと考えながら歩いていたからか、曲がり角で誰かとぶつかって書類をばらまいてしまった。


「殿下……」


 彼女のその声で相手がリチャードなのだと気が付き、オレは手早く書類を拾い上げ頭を下げた。


「すみません殿下、お怪我はございませんか?」


「大丈夫だ。」


 リチャードはオレと彼女を見て動揺しているように見えた。


「リリーナお前はイルーゼとよく共にいると聞くがそれは真か?」


「ええ、でもそれを殿下にとやかく言われたくはありませんわ。」


 彼女はツンとすました顔をすると、突然オレの腕に手を絡ませ歩き出した。そしてオレはと言えば、彼女に連れられるままに生徒会室に入った。すると彼女はオレの背に抱き付いてきて、急な接近にドキリとした。


「お願い今振り返らないで。」


 彼女の声は震えていて泣いているのだと気付いた。


「なんで、なんでなのよ。今更私に何の用があるのよ。」


 グズグズと泣き出した彼女にしたいままにさせオレは思う。やっと彼女の荒んでいた心が癒えてきたというのに、本当に今更である。嫉妬した殿下が、彼女に視線を向けてくれるように頑張っていたのに、なぜか喜べない自分がいた。

 それだけ彼女に肩入れしていたのかもしれない。

 いざ殿下と彼女が会うとなったら途端に胸が痛くなる。そして今彼女が悲しんでいるのに、この頼られているという状態にときめいている。


 オレはなんて最低な人間なのだろう。


 彼女を守るつもりが、いつの間にか好きという感情に支配されていたなんて、彼女にどんな顔をしたらいいか分からない。


 だから本当の気持ちは、隠してしまおう。


 彼女のためにという気持ちを守りながら、けど突き放し過ぎないように、彼女と距離を取らなくてはならない。いずれ彼女は王妃になるのだ。彼女は手の届かない存在、決して触れてはならない人、それは忘れてはならない。オレは彼女の友人だとそう自分に言い聞かせた。

 彼女が泣き止む頃にはオレの気持ちは落ち着いていた。


「リリーナ、お茶にしようか。」


「イルーゼ?」


「今日は君の気持ちを聞く日にしよう。」


 彼女は深呼吸するとオレをしっかりと見据えた。


「ええ、ありがとうイルーゼ。」


 彼女のために今日の紅茶はミルクを濃い目にした。大事な話に菓子は要らない。彼女の対面に座れば彼女がポツリポツリと話し出して、それに耳を傾ける。


 リチャードとリリーナが出会ったのは、彼女が七つの時だった。彼女は初めリチャードに会うと決まった時、とても嫌だったそうだ。大事なお勤めだと言われても七つの彼女には理解ができなくて、けれど強引に引き合わされた。始めは会った瞬間にワガママの一つでも言って、困らせてしまおうとさえ思っていたそうだ。

 だが、実際に会ってみたらそれは凛々しくカッコよくて、彼女はワガママを言うのも忘れて、彼を見つめてしまった。そして幼いながら彼に恋をした。

 リチャードがリリーナに興味がないのは、彼女自身が一番に分かっていた。けれど過酷な王妃教育をし自分を磨いていけば、『いつか彼は私を見てくれる。』そう思ったそうだ。

 何せ彼とは婚約が決まっていて未来は約束されていたのだから。彼女は頑張った想像がつかないくらいに、けど彼は彼女を見なかった。彼女が虚しくなるくらいに……

 そして広まったアイリスと彼の恋路、怒りで視界が真っ赤に染まるくらいだったそうだ。アイリスにあたってしまおうかと何度も思ったけれど、彼女の矜持がそれを許さなかった。我慢して我慢して我慢が諦めに変わっても、状況は変わらなかった。そして気付けばアイリスは彼女から全てを奪っていた。その頃にはもう疲れ果てて、リチャードのことなどどうでもよくなっていた。

 だから結婚に縛られても、リチャードに気を許すことはないと決め、自分の未来は無いと諦めたそうだ。


 そんな時オレと彼女は出会った。


 そして今リチャードに見つめ直されて、彼女は動揺した。初恋が実るのではないかと、そして直ぐにそれは無いと頭で判断した。だからあの時あんな態度をとってしまったのだ。

 彼女を責めることはできない。リチャードはそれだけのことをした。

 本当は今にも抱き締めてあげたい。けれど軽はずみなことは出来なかった。それが逆に彼女のことを傷付けるからだ。


「リリーナは学園を卒業したらどうするつもりなんだい? リチャードと結婚をするのかい?」


「いえ私は修道院に身を寄せるつもりです。」


 そんな人生を諦める道を選ばせるくらいなら、オレが彼女を幸せにしてみせる。今彼女に好きだと言えば彼女は逃げてしまうだろう。なら口には出さずに愛を育めばいいだけの話だ。


「リリーナ! 何もかも諦めちゃダメだ!

オレがついている。君の未来を一緒に考えたいんだ。ダメかな?」


「イルーゼ……」


 彼女の瞳からぽろぽろと涙が溢れて、オレはハンカチを彼女の手に握らせた。


「ありがとう……」


 泣き出した彼女の背をする。

 彼女の幸せのために、オレは全力をつくすと心の中で決めた。

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