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 寮の自室のベッドの上にごろりと転がる。あの時の彼女の笑顔が頭から離れない。リリーナが王妃になるための仮面を外した姿はとても愛らしい。その秘密を知っているのは、この学園の中ではオレ一人だけだろう。リチャードすら知らない彼女の顔を知った。この事実は大きいのかもしれない。


「可愛いかったな……」


 彼女の顔が頭から離れない。こんなことは生まれて初めてで、どうしたら彼女が幸せになれるか、悶々と考え続けた。彼女の幸せは彼女が決めることだが、日々の厳しい生活の中で少しくらい息抜きをするのは大事だ。だからオレといる時ぐらいは、甘やかしてもいいのではと思った。でもそれをしたら彼女は怒るだろうか。

 延々と答えが出ない問いを考え続けて、気付けば夜が明けていた。結局、赤い目を擦りながら授業に出席した。この学園の授業は自ら学科を選択し参加するというもので、学園が予定を組むのではなく、自分で予定を組むという形になっている。アイリスと遊び回っていたせいか、今期の単位が足らなくなるところだった危ない。放課後彼女に会えるのだと思えば授業なんてどうってことなかった。

 ランチの時間になり学食で一人食べる彼女を見つけた。その姿が寂しげで、オレは思わず声をかけていた。


「イルーゼ貴方何を考えているの?」


「何がって何?」


 そう言えば彼女は小さく息をついて言った。


「私には婚約者がいるのよ。」


「そんなこと分かっているよ。友人として君の側にいるのは、いけないことじゃないだろう?」


「まあそうですけど……」


 納得のいかない顔も可愛い。完璧な彼女の仮面が、少しずつ少しずつ剥がれるのが嬉しくて、優しく微笑めば彼女の顔が赤くなる。


「貴方のそういう反応が女たらしだと思われている原因よ。」


「そうかな? 可愛い人に微笑むのは誰もがしていることだと思うけど。」


 そう言うと彼女が少し驚いた顔をしたので、それが嬉しくてにやけてしまう。可愛い姿をもっと見たいとどうしても思ってしまう。


「リリーナ、君はさ。もう少し笑顔を見せるべきだと思うよ。笑顔って言っても作り物じゃなくて本物の方ね。」


「心からということ?」


「そうだよ。君の笑みは王妃としての笑みが多いしね。」


「そんなこと気にしたこともなかったわ……

イルーゼ、貴方って不思議ね。

私が気付いて欲しいことばかり貴方は気付く。それが殿下じゃないところが残念だけれど、貴方のような人がいることを、私は嬉しく思うわ。」


 そう言い笑う彼女は、少し泣きそうな顔をしていた。そんな彼女を抱き締めたい衝動はあったけれど、それは許されなくて、伸ばしかけた手を引っ込め、心の中で息をついた。

 こんな公衆の面前で彼女に触れたりしたら、騒ぎになること間違いなしだ。だから彼女の立場を考えるなら、今は触れるべきではないと思った。

 オレがもしリチャードだったら、彼女にこんな顔をさせないのに、と思うと胸が締め付けられた。願うことは彼女の幸せ、つまりリチャードとの恋愛結婚だ。それをできるだろうかと考え込む。こんな時チャラチャラしたオレはどう思うだろうか。


 彼女とリチャードを引き合わせる?


 いやでもそれをすると、アイリスが現れ、リリーナさえも障害とするだろう。そうなると、リチャードとアイリスの距離が縮まり状況はもっと悪くなる。リチャードとアイリスを引き裂くのは物理的には無理、当初からの予定通り、リチャードに嫉妬させるしかない。婚約者が別の男と仲良くしている。それも女たらしのイルーゼが相手だと思えば、少しぐらいは振り向くだろう。となると、オレがする事は一つ、彼女に触れる事なく共にいる時間を増やすことだ。


「リリーナ、オレ頑張るよ」


「えっ! 何を頑張るかは分かりませんが、応援はします。だって貴方は私の友人なんでしょう?」


「うんそうだね。折角だしこれからは一緒に食事をしないかい? 実はオレさ、気を許せる人があまり居ないんだよね。だから一人で食べるのも味気ないし、君が良ければ付き合ってくれないかなって思ってるんだ。ダメかな?」


「そういう聞き方されたら断れないじゃない。貴方のそういうところ狡いと思うわ」


「えっ! それってダメってこと?」


「いえ、仕方ないから許します。」


「ありがとうリリーナ」


 そう言って笑えば彼女の顔が少し赤くなっているような気がして、もしかしたら彼女は、男性との付き合い方が分からない奥手な少女なのではと思った。そうなると、もっとしっかりエスコートしなくてはと感じる。近付き過ぎれば彼女に見放されるだろうし、できるだけ自然な形で出会えるよう心がけようと決めた。


 放課後になり生徒会室に向かう彼女を見つけ、声をかけ隣に並び歩く。今日の授業はどうだったかとか、生徒会での活動についてだとか、恋というワードに触れないように、気を付ける。もしとんでもない噂が立てば火消しに大変になると思ったからだ。

 だから誰から見ても友人のようで、けど仲良く見えるように付き合う。これが結構難しい。


女性に優しく。


 これを全てしてしまえば恋人と勘違いされてしまう。だから失礼にならないレベルで見ないふりをしなくてはならない。小さな頃から鍛え上げられた社交性を生かして彼女のケアをする。大丈夫今のオレならできる筈だ。

 生徒会室は彼女の居場所、なるべく自由でいられるようにしなくてはね。休憩中にお茶を入れ巷で人気のスイーツも添える。甘いものは疲れた彼女の心を癒すだろう。細やかな気づかいはきっと形になるはずだ。そうして彼女を甘やかして笑って貰うんだ。それが当たり前になるくらいにする。だから君の可愛い笑顔を見せて。


「イルーゼ美味しいわ。もしかして私のために用意してくれたの?」


「うん、疲れた時には甘いものかなって思ってさ」


「こんな時どう言ったら伝わるか分からないけど、これだけは言えるわ。

ありがとう嬉しいわ」


「気に入って貰えて良かったよ」


 自然と溢れる笑みに嬉しくなり、どちらともなく笑いだす。和やかな雰囲気に包まれて、この時間がどれだけ貴重なものか理解する。オレが彼女を幸せにしてみせると、そう思ってしまうくらい、充実した時間を過ごしている。この瞬間をリチャードが知っていたら、きっと彼は彼女に恋をするだろう。けれどその瞬間は来なくて、彼女はオレといる。彼女に手を出してはならないと分かっているのに、どうしても胸がときめくのを止められない。彼女はリチャードのものそう自分に言い聞かせた。

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