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少しずつ違う人類

作者: 川神由信

伊藤飛行士は世界で初めて海王星と冥王星を探査することになった1人乗り宇宙船の船長です。地球を出発して2年で、まず、海王星への到達に成功しました。1ケ月間かけて海王星の調査を完了し、最終目的地の冥王星に向けて出発しました。その2日後に突然、原因不明の故障が宇宙船に発生しました。宇宙船の電気系統がすべて機能しなくなり、地球と連絡をとることも宇宙船を操縦することもできなくなってしまったのです。伊藤飛行士は真っ暗な宇宙船の中で手探りで復旧作業を試みましたが、全くどうにもなりません。3時間程船内の機器と格闘しましたが、事態に変化はありません。宇宙飛行士として緊急事態に対応する徹底的な訓練を受けていたため、生き残る努力をやめようとは思いませんでしたが、死は避けられないものと覚悟しました。同じことを繰り返していてもダメだ、何か新しい手を考えなくてはと思い、気分を切り替えるために、宇宙船の窓から外を眺めてみました。宇宙船は制御不能で、宇宙空間でくるくると自転しているようです。小さく輝いている太陽が窓から周期的に一瞬だけ見えます。他には何も見えません。何回か太陽が窓の外に顔を出すのを見ていると太陽に小さな黒点があるに気が付きました。その黒点は徐々に大きくなってきます。そのうち黒点とは思えないほど大きくなったので、変だなと思いました。電気系統の復旧のための手作業を止めて、宇宙船の回転によって時折見える太陽上の黒点を注意して見ていると黒点はさらに大きくなってきます。そのうちそれが実は宇宙船であることに気が付きました。宇宙船が近付いて来るにつれて、その巨大さが明らかになりました。地球最大の宇宙船の千倍はありそうな大きさで、形は角が丸く削られた直方体をしています。明らかに伊藤飛行士の宇宙船を認識しており、まっすぐこちらに進んで来ます。真近に来ると巨大宇宙船の先頭部分の大きなハッチが開き、伊藤飛行士の宇宙船は丸ごと巨大宇宙船の中に吸い込まれていきました。ハッチが閉じられると地球の言葉で巨大宇宙船の乗組員が館内放送で話しかけてきました。

「我々は極めて高度な科学力を持つサイフ星人です。あなたの宇宙船が故障したのを探知して救助しました。あなたに危害を加えるつもりはまったくありません。ご安心ください。あなたが地球人であることも知っていますし、地球人の生態も熟知しています。あなたを地球まで安全に送り届けることをお約束します。ただし、我々には他にも任務がありますので、すぐに地球に向かうことはできません。現在、地球は海王星から太陽を超えた反対側にあり、ここから最も遠い公転の軌道上に位置しています。我々は任務でこれから4つの星を訪れますが、それらをすべて訪問し終えた後に地球に向かうと、公転の位置関係がちょうど良い時期となっているはずです。ですから、地球に戻るのは1年後になります。それまでゆっくりとおくつろぎください。我々の宇宙船内にあなた専用の個室をご用意いたします。食事も日常生活用品もこちらから提供します。さあ、あなたの宇宙船から出て個室にお移りください。」

「私は海王星と冥王星を探査する使命を帯びた宇宙船の船長です。現在、海王星の探査を終えて冥王星に向かう途中だったのです。私にはまだ冥王星に向かう任務が残っています。」

「それはあなたの宇宙船の故障状況から見て無理でしょう。太陽系の海王星の軌道の外側には非常に強力な電磁波帯が存在しています。あなたの宇宙船が故障したのはそのためです。現在の地球の科学力ではこの電磁波帯を乗り越えて冥王星に行くのは不可能です。また、確実に遭難します。冥王星に向かうのはもう少し高度な科学力を備えてからのほうが良いと思います。」

「そうですか。ご親切にどうも。では、お手数をおかけしますが、お世話になります。よろしくお願いします。」

 伊藤飛行士は宇宙船を出てサイフ星人の声に導かれる通りに船内を移動し、自分のために用意された個室に入りました。個室と言っても地球でいう3LDKはある広さで、バス、トイレ、トレーニング・ルームが完備しており、1日遅れで地球のテレビも見られる環境でした。食事も地球で食べるのと同じものが1日3食用意されました。サイフ星人の宇宙船での生活は極めて快適でしたが、よくわからない点もいくつかありました。サイフ星人は伊藤飛行士の前に一度も姿を現しません。彼らの任務についても何も教えてくれません。さらに伊藤飛行士は自室から出ることは禁止されていて彼の部屋以外の宇宙船の中の様子は、初めに彼の宇宙船が吸い込まれた空間から個室への通路を除くとよくわかりません。しかし、退屈することはありませんでした。彼の部屋には大きな窓が付いており、外の景色を存分に楽しむことができました。しばらく宇宙旅行をしているとサイフ星人は宇宙航行法として通常のロケット・エンジン推進航法の他にワープ航法も使っていることがわかりました。地球ではその航法の可能性を一部の科学者が論じている段階でしたが、サイフ星人は既にそれを実現させていました。海王星の軌道の外にワープ航法のプラット・ホームがあるようで、そこに宇宙船が侵入すると窓の外の宇宙の景色が何も見えなくなり、完全な暗黒状態となります。10日程暗黒状態のトンネルを走り続けると突然天空が明るくなり太陽系から見る星空とは全く別の景色が広がっていました。どこに来たのかはわかりませんが、太陽系から遠く離れていることは確かです。さすがにワープした後は地球のテレビは見られなくなりました。

 近くに太陽に似た恒星が輝いています。宇宙船はその恒星に向かって進んでいきます。しばらく行くとその恒星の周囲を公転する惑星が見えてきました。地球によく似た青い惑星です。白い雲が表面を覆っているのも地球と同じです。宇宙船はその惑星の近くで停止し、小型の探査機を出動させました。この探査機が惑星の状態を探ってくるようです。小型探査機が惑星の大気圏内に侵入すると、惑星の地表で撮影された映像を母船に送信してきました。その映像は伊藤飛行士の部屋のテレビ画面にも映し出されました。動物や植物の外見は地球のものとはかなり違いますが、海、川、山、森、林、農地、都市などがある環境は概ね地球に似ています。都市にある建築物のレベルから判断してかなり高度な文明が築かれているのが一目でわかります。伊藤飛行士は地球と比べた場合の相違点と類似点の両方に驚きながら映像を楽しんでいましたが、そのうち眼を疑う映像が飛び込んできました。その星には地球の人類にそっくりの生物がたくさんいたのです。明らかにこの星を支配しているのはこの生物です。初めは自分達とまったく同じ人類だと思いました。しかし、良く見ると顔が少し違います。地球人と比べると鼻の穴が大きく、しかも、一つしかありません。鼻の中にも舌のようなものがあります。会話をする時は口は閉じたままで、鼻から息を吐き、鼻にある舌によって発音をしているようです。口は食物を摂る時にしか使いません。口にも舌はあります。どうやらこの生物は鼻は気管を介して肺だけにつながり、口は食道を介して胃とだけにつながっているようです。映像を2ケ月間見ていてわかったのは、彼らは地球人に比べると、声は明瞭で、心肺機能はわずかに効率が良く、寿命はやや永いということです。探査機は2ケ月間でこの惑星のありとあらゆるところを飛び回り、いろいろな映像を送ってきました。この探査機の存在は惑星の生物には認識されていないようで、彼らの知覚では捉えられないように何か特別な対策が施されているみたいです。出動から2ケ月後に探査機は母船に戻って来ました。再び宇宙船はロケット・エンジンでワープ航法のプラット・ホームに進入し、そこからワープ航法に移行しました。

 10日間のトンネルの中の暗黒空間の旅行を終えると、また違った天空の景色が見えてきました。近くに2番目の目的の星があるようです。宇宙船は近くの恒星に接近していき、その惑星の一つに探査機を出動させました。伊藤飛行士の個室のテレビ画面には再びその惑星の地上の様子が映し出されました。この星の動植物の外見は地球のものとも1つ目の星のものともまったく違いますが、基本的な環境は地球とよく似ています。文明の程度は地球と同じぐらいだろうと思われました。そして驚くべきことに、この星にも地球人とそっくりの生物がいました。しかし、良く見てみると頭の前の方がかなり突出しています。どうやら、脳の前頭葉がかなり発達しているようです。それ以外には地球人と身体的な構造に違いはありません。テレビで見る限りでは彼らは地球人に比べて、社会生活や精神生活において芸術的な要素の占める割合が大きく、金銭欲や物欲を満たすことよりも内面的な満足を求め、ユーモアをよく解し、絶えず笑い、その反面几帳面で規則を厳守し、協調性に富むようでした。この星で最も繁栄しているのはこの人間に似た生物でした。探査機は母船に戻って来るまでの2ケ月間、様々な映像を送ってきました。

 3つ目の星にも同様の方法で到達しました。その星にも探査機が派遣され、地上の状況が放送されました。そこの環境も1つ目、2つ目の星と類似していました。高度な文明が存在しています。そして、この星にもやはり地球人そっくりの生物がたくさん住んでいました。彼らは後頭部が異常に隆起しています。小脳がたいへん発達しているようです。地球人との外見の違いはそれだけです。彼らは運動能力が極めて高く、手先の器用さが際立っています。加えて頭の回転が物凄く早いです。周囲の状況を把握するのも瞬時に的確に行うことができ、運動と思考にパターン的受信、パターン的発信を多用しているようで、生活全般の活動に極めてよく習熟しているという印象です。3番目の星でもこの人間に似た生物が一番繁栄していました。この星の画像も2ケ月間放送されました。

 最後の4つ目の星の光景も今までの3つの星とよく似ており、高度な文明が存在しています。ここにも地球人とそっくりの生物がいました。この生物は裸の姿を良く観察しても外見は地球人とまったく違いがありません。しばらく生活を観察していてようやく地球人との違いに気が付きました。彼らは一日中活動していて睡眠をとらないのです。地球人に比べると、彼らは記憶力が少し弱いようで数日前の事も忘れてしまっています。それを自分達でも自覚しており、紙と筆記用具を持ち歩いていて、事ある毎に簡単なメモを取っています。また、社会的には礼節が高度に保たれているとは言い難く、時として粗野な振る舞いが目につきます。仕事の完成度も低く、物事をきちんと仕上げるという気持ちにやや欠けるきらいが見られます。しかし、性格は陽気で、人生を楽しむという気概に満ちており、家族や仲間を大切にし、お互いに愛し合い、助け合っています。4番目の星にもこの人間に似た生物以上に繁栄しているものはいませんでした。この星の映像放送も2ケ月間続きました。

 これでサイフ星人の言っていた4つの星を巡る任務はすべて完了です。これから太陽系に戻って伊藤飛行士を地球に送り届けてくれるはずです。伊藤飛行士は、サイフ星人に本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。地球から遠く離れた宇宙空間で遭難した自分を救助し、故郷に送り届けてくれることに対しては勿論ですが、任務で訪れた4つの星の状態をすべて画像で見せてくれたことに人類の一員として最大の感謝を捧げたいと思っていました。サイフ星人の宇宙船は高度な文明を持つ4つ星を巡って来ましたが、そのすべての星で最も繁栄しているのは人類とほとんど同じ生物でした。伊藤飛行士はどんな星でも高等生物を育むことのできる環境があれば最終的には人間が出現し、人間がその星の支配者となることをその目で確認しました。人間は宇宙で最も高度な知能を持つ生物の普遍的な種であり、進化の過程はいずれ最後には人間を輩出して完結するのです。おそらく宇宙のいたるところに最も高度に進化した生物として人間がいるのでしょう。宇宙のどこに行っても最高に高等な生物は人間にそっくりなのでしょう。この宇宙では人間は進化の法則によって約束された最終的完成形なのです。おそらくサイフ星人も人間にそっくりの姿をしているに違いありません。人間は宇宙の片隅に住む特異な単一種ではなかったのです。地球の科学がもっと発展して恒星間旅行が可能となれば、宇宙中の人間属と交流し、連帯することができるのです。人類の歴史において、宇宙は人間で満ちているというこの事実以上に、歓迎すべきで、希望に満ちており、人類を励まし、人類の自尊心を満足させる知見は今まであったでしょうか。伊藤飛行士は地球に帰ったら真っ先にこの事実を世界中の人に知らせて喜びを分かち合わねばならないと思いました。そして、海王星を出発した直後の宇宙船の故障という偶然に感謝しました。伊藤飛行士が持ち帰ることになる朗報は冥王星の調査で得られたと思われる成果とは比較にならない大収穫です。

 この時、巨大宇宙船の航行を担当しているサイフ星人の宇宙飛行士は、サイフ星の地上の宇宙生物研究本部に向けて任務の進捗状況の報告を行っていました。

「サイフ星エイプの5亜種、A1、A2、A3、A4、A5の定期定点観察調査をA1星からA5星にてすべて完了した。取得されたデータの質はすべてトリプルA。研究者、飛行士全員の健康状況は極めて良好、宇宙船の機器に異常なし。ただし、A1星の調査後にA1亜種の1個体がA1星のある恒星系から脱走しつつあるのを発見した。他の亜種と交雑してコンタミネーションを生じる恐れがあるため、A1亜種の乗る宇宙船の電気系統の機能を高度透過性電磁波ビーム砲で停止させ、これを本船に捕獲した。捕獲したA1亜種は長時間近接観察研究の対象としたので、帰還後そのデータも提出する予定。本船はA1亜種をA1星に戻すため、同星を経由してからサイフ星に帰還する。帰還時期は追ってまた連絡する。本船は10タイムス後にワープ航路に進入し、その後180タイムスの間は通信不能となる。以上、通信終わる。」

「副飛行士長、今、少しお話ししてもよろしいでしょうか。A1亜種について面白い知見があったもので。」

「ああ、構わんよ。今、サイフ星の研究本部への経過報告を完了したところだ。」

「我々は、捕まえたA1亜種にA2からA5の星の状況を映像で見せてどういう反応を示すかを観察することにより、彼の知的能力を判定する研究をしていたのです。」

「結果はどうかね?」

「やっぱり、知能は低いですね。いくつかの個別の事実をすべて説明できる一つの真実を論理的に推察していく能力が決定的に欠けています。」

「具体的には?」

「A1星では、A1亜種、彼らは自分達をホモ・サピエンスと呼んでいるようですが、そのホモ・サピエンスの直接の祖先にあたるヒト属の原人の化石が未だに発見されていません。A1星では考古学がかなり高度に発達しているのにもかかわらずです。このことと、少しずつ違うホモ・サピエンス類似の生物が宇宙の各所に存在すること、それらを順番にサイフ星人が巡ってデータを取っていること、サイフ星人はこれらの亜種より明らかに知能が優れていること、これらを論理的に突き詰めて考えていくと、まともな頭脳ならA1亜種がA1星に繁栄している本当の理由に辿りつけるはずなのですがね。」

「彼はどう考えたのだ?」

「ホモ・サピエンスは宇宙で最も高度な知能を持つ生物の普遍的な種であり、進化の法則で約束された最終的完成型だと確信して涙ぐんでいましたよ。」

「はっ、はっ、はっ。まあ、さすがにそれはどう考えても論理的に有り得ない。高度な科学力を持つサイフ星人の存在に少しでも思いを巡らせればそういう結論にはならないだろう。しかし、それほど彼をバカにしなくても良いのかもしれない。もしかしたら、彼には薄々分っているのかもしれない。深層心理が真実を認めるのを拒んでいるのかもしれないのだ。彼は宇宙飛行士だから、A1亜種の最も優れた個体の一つだろう?プライドが真実を無意識のうちに拒んでいるのかもしれないのだ。Aとはサイフ星原産のエイプのことで、サイフ星人の100分の1しか遺伝子を持たないために遺伝子組み換えの研究対象として手頃で扱いやすく、その上寿命が短くて継代変化の観察が容易なのでよく使われている実験用生物だったな。A系列亜種とは我々サイフ星人自身の遺伝子組み換えの参考資料とするためにAの遺伝子を少しずつ異なるように組み換えて条件を振ったサンプル群だろう?いくらなんでも自分達、すなわちホモ・サピエンスという生物種が実は研究のために条件を振られたサンプルだということは認めたくないに違いない。」


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