泣いた、悪いねこ。
ある街に、嫌われもののとらねこがいました。
そのねこは食べ物を盗み、こどもを驚かせ、人間の家に入っては中を荒らすため、街の人々はそのねこが大嫌いでした。彼らはそのねこを、“悪いねこ”と呼んでいました。
ある日、街では大きなお祭りがひらかれました。ねこは食べ物が欲しくて、お祭りの雑踏のなかへと足を踏み入れました。人間の目を盗んでは屋台の近くをふらつき、おいしそうなものをキョロキョロと探します。
ふと、一匹のさかながねこの目に留まりました。たぷたぷのみずに満たされた袋に入っている、赤い綺麗なさかなです。その屋台にはたくさん、きらきら光るさかながいましたが、ねこには赤いさかなが一番美しく見えました。
ねこは、そのさかなに恋をしたのです。
「やあ、さかなさん、君はとても綺麗だね」
ねこはどきどきしながら、さかなに声をかけます。
「あら、ねこさん、ありがとう。ねこさんは、わたしを食べるのかしら?」
さかなは心配そうにいいました。
とんでもない、とねこは声をあげました。
「きみを食べるもんか。きみのことが好きなんだ」
「ありがとう、ねこさん。でもね、わたしは売りものなの。売れなければこの袋のなかでいつか死ぬのよ。この袋から出られないの」
「なんだって!?」
ねこの叫び声を聞いて、屋台の人がねこの存在に気がつきました。
「おい!悪いねこめ、うちの商品を食べるつもりか!」
ねこは驚き、飛び上がりました。咄嗟に赤いさかなのはいった袋をくわえ、急いで走り出しました。後ろから屋台の人間が追いかけてきたため、ねこは必死に逃げます。
「この、泥棒ねこ!!」
人間は怒って石を投げてきました。
ねこは後ろも振り返らず、走ります。
走って、走って、走って。
ねこは人気のない山まで来ました。
「ここまでくれば、だいじょうぶ」
くわえていた袋を地面に降ろし、ねこは大きな瞳に愛しい彼女をうつしました。
ところが、赤いさかなはポロポロと涙をこぼし始めました。
「どうしたんだい!?」
ねこはびっくりして問いかけます。
さかなは言います。
「さっき、投げられた石が袋に当たったの。袋は破けてしまっていて、みずが減ってきてるわ。わたし、みずがないと死んでしまうの」
ねこが振り返ってみると、走ってきた道にはみずが溢れた跡がありました。さかながはいっていた袋も、水を失ったせいか小さくなっています。
「ああ、待ってて、ぼくがすぐみずを探すよ」
ねこは袋をくわえ、また、走り出しました。
山をかけまわり、さかなが泳げるようなみずのあるところを必死に探します。しかし、最近はあめが降っておらず、山にはみずたまりひとつありませんでした。
走って、走って、走って。
ねこの体力が尽きかけるのと同時に、袋のみずもなくなりました。
「ごめんよ、ごめんよ」
ねこは大声で泣きました。
「ぼくは、悪いねこなんだ。ぼくはなにもできない、きみを、大好きなきみを助けることもできないんだ」
「泣かないで、ねこさん。あなたは悪いねこなんかじゃないわ。わたしを連れ出そうとしてくれたんだもの」
「でも、ぼくはなにもできない。きみがすきだ、きみに死んでほしくない」
「ねこさん、どうか泣かないで」
「きみをあいしてるんだ」
ねこは大粒のなみだをぼろぼろこぼしました。さかながいくらなだめても、ねこが泣き止むことはありませんでした。
次第に、ねこのまわりになみだのみず溜まりができはじめました。それにも気づかず、ねこは泣き続けます。
泣いて、泣いて、泣いて。
ねこのなみだが枯れる頃には、なんと、ねこの前におおきな池ができていました。
さかなは袋から飛び出て、池に飛び込みました。
「ありがとう、ねこさん!あなたのお陰でわたしは助かったわ!」
「これは、ぼくが作ったのかい?」
「そうよ、あなたがわたしのために泣いてくれたから、わたしは助けられたの」
さかなは大喜びで池を泳ぎます。
「ぼくは悪いねこなのに?」
「いいえ、あなたは良いねこよ。誰かのために、こんなになみだを流せるあなたが悪いねこのはずはないわ。あなたは優しいねこ、素敵なねこよ」
ある街に、みなに好かれるとらねこがいました。
そのねこは盗みをする動物を叱り、こどもを笑わせ、人間に優しくするため、街の人々はそのねこが大好きでした。彼らはそのねこを、“良いねこ”と呼んでいました。
そのねこは毎日、山にいます。食べ物が必要なときなどは山から降りてきますが、大抵は山にいます。自分の食べ物のほかに、少しのパンを持っては山に帰っていくのです。
ある人はいいます。
「あのねこはね、山にいる、恋人と幸せに暮らしているんだよ」