838861~久々の新キャラが男である件について~
オーバーフローという現象がある。
いわゆる桁あふれ。
とりあえずSEになろうとしてその辺の書店で入門書買ってきたら、まず乗ってるぐらい基本的なバグだ。
いわゆるノイマン式コンピュータはオンかオフの状態を記憶素子に記憶させることでデータを蓄積している。
代表的なのが二進数。
オンを1、オフを0として記憶素子のスロットを用意してオンオフする事で数字を表現するのだ。
一桁なら1、二桁なら3、三桁なら7……とn桁ごとにn2ー1までの数を表現できる。
さて。
ならば、n桁の記憶素子にn2の数値をぶち込もうとするとどうなるのか?
それがいわゆる桁あふれである。
例を示そう。
三桁なら7までが表せる。
二進数表記では7は111。8は1000。
もし、111に1を足そうとすると先頭の1はあふれて消えてしまい下三桁しか残らない。
つまり000=0。
これがいわゆるオーバーフロー、桁あふれである。
長々と話してしまったが詳しいことは各自でググってくれ。
……俺も初めて聞いたときは「は?」ってなったもんだよ。
それはさておき。
なにがいいたいかというとーーかつて、某国民的RPGでこの桁あふれバグが起こってしまった事があるのだ。
詳細はググってくれ。
ただこの事件は「838861事件」とだけ言われている。
* * *
というわけで。
俺は白チップ片手に受付のお姉ちゃんに渋くキメる。
「ゴールドのチップを838861枚貰えるかい?」
「はい。ボーナススロットへの挑戦の方ですね? 白チップ一枚ですと一回になります」
つまりはオマージュと言う奴だ。
「ゴールドのチップを838861枚」という合い言葉を受付で言うことで最大十回はずれ無しのスロットに挑戦できるという隠し要素が存在するのだ。
古参のRPGプレイヤーなら思わずにやりとしてしまうところだ。
とはいえ。
チャンスは一回。
はずれ無しなので元金の白チップ一枚は保証されているとはいえ――ここで躓くと一気に苦しくなる。
なにせこの裏技は初回来店時のみの特典なのだ。
外れたからもう一度って訳にはいかない。
……まあ、ここで白チップ一枚積むごとにスロット回数が一回増えるのだが、元手が無いので一発引きである。
ごくり。
――俺は覚悟を決めてスロットバーに手を伸ばした。
* * *
ノブナガいわく――俺はこういうのの引きが良いらしい。
当人的にはそんなこと無いと思うのだが。
宝くじだって当たった事ないし。
「……まあまあ、か」
結局の所、当たったのはそこそこの奴だった。
銀チップ一枚が俺の手元にある。
白チップ百枚が銅チップ一枚。
銅チップ百枚が銀チップ一枚。
銀チップ百枚が金チップ一枚。
なのでざっと一万倍。
オマージュ元のバグ技を彷彿とさせる倍率である。
「さて、とりあえずルーレットでもやるか」
受付で銀チップ一枚を白チップ百枚に替えてもらって。
俺はルーレット台に向かった。
* * *
「――あんたがマサムネさんかい?」
「そうだけど、そっちは? ――あ、今度は赤で」
ちまちまとルーレットで稼いでいた俺に声をかけたのは見慣れない男だった。
見慣れないーー顔かたちはもとよりその装備も。
レア装備だけで固めている――というのとも違う。
例えて言うなら――正月の福袋、あれの中身だけでコーディネートしたような不自然さがある。
「おおっと、俺はエリオット。――『幸運の星』ともあろう者が随分ケチな賭をするじゃねえか」
「まあ、本命はこのあとだからな」
払い戻しの白チップ二枚を受け取り言葉を返す。
赤か黒かの二択――倍率二倍。
それに白チップ一枚を賭ける賭だ。ケチな賭けと言われても仕方ない。
「本命――そうか、あんたも黒猫のお姫様狙いか」
「あんたもってことはあんたも?」
「ああ――お手柔らかに頼むぜ。『幸運の星』」
「……。あ、今度も赤で」
「なら俺は黒で」
ルーレットは回る――止まったのは赤。
「流石の強運だな。『幸運の星』」
「……それやめない? ハズいんだけど」
「おおっと失敬」
「――赤で」
「なら、俺は黒だ」
ルーレットは回る――止まったのは黒。
「――結構、伝説なんだがな。マサムネ星の事は」
「伝説?」
「ギャンブラーだってあんな賭には乗らねえよ。砂浜の中から砂金を見つけるようなものだ」
「赤――いや、0に賭ける」
「……黒で」
ルーレットは回る――止まったのは0。
「ーーギャンブラーともあろう者が随分ケチな賭をするじゃねえか?」
「……参ったな」
苦笑してエリオットは長い髪をかきあげる。
そしてそのままポケットから出した紐でオールバックにくくる。
「――本気でいこうか」
「――譲ってくれないか?」
「……赤」
「黒」
ルーレットは回る――止まったのは赤。
「あの黒猫は俺の相棒だ。訳あって離れ離れになってはいるが」
「だから譲ってくれってか」
エリオットは払い戻しのチップをもてあそんで苦笑した。
「恵理ってのは俺の元嫁の名前でね。エリオットてのは恵理の夫って意味なのさ」
「そのまんまじゃねえか」
「違いない――黒で」
「赤」
ルーレットは回る――止まったのは黒。
「五百万――ギャンブルで借金こさえてね。ある日帰ったらいなかった」
「……ほう」
「依存症、って奴なんだろうな。俺はこれ無しじゃいられない」
例え何を失うんだとしても――気がついたらここに戻っているんだとエリオットは言う。
自嘲のようでもあった。
――自慢のようでもあった。
「結構ヤバい賭にも手を出してたし――しょうがないんだろうな」
「でも今は――」
「ああ、大分真人間になったよ。――すろら!!のおかげだ」
「……黒」
「赤で」
ルーレットは回る――止まったのは黒。
「月額課金だからな。気がついたら全財産持ってかれるって事がない」
「……」
「好きなときに好きなだけ賭が出来る。法に触れずに――六日ぶっ通しで。こんないいもん他にはねえぜ?」
「……赤」
「0で――だから」
エリオットはベットする――黄金に輝くチップを。
ルーレットは回る――止まったのは緑色。
たった一つの――0。
「感謝してるんだよ。例えここで終わるんだとしても」
VRとは。
ゲームとは。
本来そういうものだ。
戦争の代替としてチェスが生まれたように。
勇者物語の追体験としてRPGが生まれたように。
現実では出来ないことを――するためのものだ。
「だから――その最後の賭の相手が『幸運の星』だって言うんなら、俺は全力を出すよ」
それが礼儀ってものだろう。
エリオットはチップをかき集めながら言った。
「俺にとってはこの不壊城だけがすろら!!だ。この店の中だけが俺の戦場だ」
この服も。
この靴も。
ここで勝ち取ったもの。
「だったら最後まで全力で遊ぶ。――それが礼儀ってもんだろう」
「……違いない」
ふっと苦笑して俺は言う。
「野暮を言ったな」
「いや、構わんさ。それだけお姫様が大事って事だろう」
そう言ってエリオットは立ち上がる。
どこへとは聞かずに俺も立ち上がった。
そう。
ついに。
ツクモを賭けた大一番が始まる――!




