winwinのシステム~実家の洗濯機の名前は横山さん~
「わははー、良くやったぞ! ツクモ!」
「にゃう♪」
くしゃくしゃと頭を撫でてやるとツクモは喉をならして喜んだ。
ああもう、ツクモたんマジ天使。
「おお、あのマサムネ先輩がネコと戯れながら笑顔っすよ……理系なのに」
「だからお前の理系観はどっかおかしい」
「せやけどホンマ小さいのにお利口さんやなあ」
「みゃん♪」
ピンっと尻尾立てて誇らしげなツクモが可愛い。
思わずほんわかした空気が流れる。
「……俺も育てようかなあ」
「かわええねえ」
「うむ」
「……そんなに美味い話があると思うか?」
そう。
ツクモは可愛い。頭も良い。複数の魔法を使い分け、メッセンジャーやおつかいもこなしてくれる便利機能つきだ。
が、しかし。
相当弱い。育ててもあまり強くならない。スキルの覚えも悪い。育てるのが大変。と四拍子揃ってるのだ。
「そらま、戦闘用じゃないけんねえ……」
「これで強かったら確実にバランスブレイカーだしな」
「みゅ~……」
しょんぼりするツクモ。ぺたんと畳まれた耳と所在なさげに丸まったしっぽが愛らしい。
「よしよし、ツクモは悪くないぞ。ツクモは頑張ってる。ちゃんと分かってるからな」
「みゃん!」
俺の手に頭スリスリして甘えてくる。めちゃ可愛い。
「……はー、こりゃマサムネ先輩が悩殺されるのも分かるっすねえ」
「ああ、このAIに興味があってな。なかなか面白い構造をしてるだろ?」
びしり。
瞬間。
空気が凍結した。
「い、いや、あんだけ相棒だのなんだの言っといてAIとか……」
「こんだけ可愛がっといて構造がどうこうとか……」
「理系や……理系がおる」
失礼な。
「源氏物語だってモナリザだって還元すりゃあ一と零だろうがよ。ツクモだって心も何もない電気信号の塊だけど可愛いだろ?」
「……うわあ。俺、卒論源氏物語だったんすよ」
「それはむしろお前が紫式部に謝れ」
「ひどくないっすか!?」
なんだってんだ?
確かにツクモは心も何もない一と零の塊だがそれと相棒であることは矛盾しないだろ?
そう言うとみんななんか変な顔をする。
だから、なんなんだよ。
「そう言えばマサムネは自転車にも名前を付けるという話を聞いたことがある……」
「ああ、シャーロックのことか?」
「……マジかいな」
「理系ってすげえ……」
理系関係ない。
これはウチのオカンがしてたことだ。
冷蔵庫は須藤さん、テレビは前山さん、掃除機は藤崎さんだった。
高校はいるまではこれが普通だと思ってたんだよなあ……。
が、まあそんなこと暴露してもしょうがない。
「うだうだ言ってねえでとっとと買い物行くぞ」
「ああ……まあ……そうしよか」
「……了解」
「イエッサっす……」
なんでみんな疲れてるんだよ!?
* * *
MMORPGでは定番だが店売りのアイテムというのはさして強くない。
まあ、伝説級の武器がその辺の雑貨屋でワゴンセールされてたら興ざめだろう。
しかし、この交易都市マルクトは掘り出し物が多いことで有名だった。
そしてヴォルフ戦で貰えるのはなんとこの都市内で使える割引チケット(正確にはヴォルフ金貨。都市内の店に見せると割り引きして貰える)なのだ。
正直、これは悪くないシステムだと思う。
武で名をあげたい者にとっては狼王子の布告は渡りに船だろうし、武芸者が黙っても寄ってくるってなら確実に商人はやってくる。
勝者への報償を商人側に押しつければ王家の懐はいたまないし、商人側だって滅多に売れない大物をさばくチャンスだ。
リョーマは結構こういうところきっちりデザインするたちだったからな……。
『NPCにだって心はあるんだよ』
それはアイツの持論で――俺はいつでも反論していた。
NPCなんてデータの塊にすぎないって。
それはどこまで行っても平行線だったけど――紛れもなく輝ける青春の一ページ。
それはさておきお買い物である。
目指すはマルクトの中心――最大最古の武具防具店ザウト武具防具店である。
重厚なレンガ造りの建物はなんと驚きの六階建てである。
城を除けばこのあたりで一番デカい建物だ。
「……お、ミュミュ用の首輪がある。回復上昇、回復上昇……っと。おお、これ滅多にねえんだけどなあ」
金色の飾りの付いた赤い首輪。
重量も問題ないし上昇率も申し分ない。
念のためツクモに見せると嬉しそうに「みゃあ♪」と鳴いた。
こいつは掘り出し物だぜ。
「うおっ木の実売ってますよ! 回避ください回避!」
「買い取りはお願いできますのん? 機構回路が百個ぐらいあるんやけど」
「ふむ、巨人殺しか……貰おう」
めいめいに買い物を楽しむ俺たちに売り子達も売り込みに余念がない。
「魔法メインでも使える軽量型ソフトレザー『サーペントの鱗』はいかがですか?」
「魔法命中アップの腕輪『サラマンダーの涙』が今なら三割引です!!」
「武器お買い上げに限り、月雫の付与加工半額です!!」
ふむむ……。
欲しい物はあるのだが……ステータスが足りない。
なにせ、調教者というスタイル上入手した木の実は大部分をツクモに割り振らなくてはいけねえ。
そういうところミュミュは燃費が悪い。
ま、そういうところも含めて可愛いんだが。
とはいえ、正直もう名無しのロッドは卒業したいんだが……。
「ん……? 石英の杖?」
目にとまったのは安っぽい杖だった。
白木の棒を切ったまんま。先端部分にくすんだ石英がはまっている。
手に取ってみると見かけ通り軽い手応え。
ステータスは魔攻と魔命に五ずつ。
今のロッドが三ずつだからちょっとはマシとはいえかなり低い部類に入る。
回復効果にプラス十の特殊効果が特色と言えば特色か。
軽い手応えが気に入ってくるくると振り回していた俺に売り子が困った顔して近寄ってくる。
「お客様……失礼ですがそれは売り物ではありませんので」
「……これが?」
「販促用のオマケのような物でして……こちらの虹色水晶の杖をお買い上げの方にプレゼントしている物なのです」
「……ああ!! 二刀流!!」
スキル「二刀流」。
両手に武器を装備して二回攻撃を行うスキル。
魔法使い系だと右手で攻撃して左手で回復……といったことが出来る。
ただ、両手に効果の高い重い武器を装備してしまうとコストが重すぎるため、片手に強力な主武器を装備し余った方の手に軽い副武器を装備するのが基本だ。
石英の杖は副武器用の杖なのだろう。特殊効果から察するに虹色水晶の杖で攻撃して石英の杖で回復って感じか……ふむ。
虹色水晶の杖の値札を見てみる。八万か……結構良い値段するな。
「じゃあ、虹色水晶の杖買います。それとこの首輪ください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
勿論、石英の杖目当てである。
虹色水晶の方はステータス制限で装備出来ないし。
まあ、そのうち使えるようになるだろ。
「お待たせしました」
「どうも」
三つの包みを受け取って四万分の金貨とヴォルフ金貨を渡す。
ほら戦闘前に自分にベットしてただろ? その金だよ。五千×八倍=四万。
「マサムネも買い物終わったん?」
「おう。セイメイとドーザンは?」
「セイメイは木の実買いあさって、ドーザンはなんや物騒な大剣買うとったね」
「……好きだねえ」
「アイデンティティやねえ……」
ドーザンはデカい武器が好きだ。
『どんな敵でもすりつぶしてやれば、死ぬ』とはドーザンの名言。
「……お前は何買ったんだ?」
「詮索は野暮やよ」
ノブナガは買い物が上手い。プレイヤースキル的な物もあるし、スキル的な物もある。「値引き」とか「目利き」とかそういうスキル持ってたはず。
関西弁は伊達ではないのだ。
「マサムネ先輩! ノブナガ先輩! お待たせしたっす!」
「待たせたな」
「ほんならもう行こか」
「ああ」
こうして――俺らは交易都市マルクトを後にした。