オケラだってアメンボだってSEだって生きている
『これよりゲーム内時間で六日――144時間このゲームはログアウト不能になる。
諸君らはその期間に全てのボスを倒しゲームをクリアしなければならない。
制限時間内にクリアできなければ――死が訪れる。
それでは――健闘を祈る』
大空に浮かんだこのメッセージが全ての始まり。
その日その時――ステータス画面からログアウトボタンが消えた。
騒然とするプレーヤー。
しかし、俺らは飄々とうそぶく。
「おーおーそうかいそうかい。何が起こっているかはわからねえがとりあえずやることは一つだ――ボス狩りに行くぞ」
「イエッサっす」
「了解」
「ま、ゆるゆる行きましょか」
「みゃん!」
しかして俺らは何も知らず――何もわからず。
ただ、ボスを狩に行く。
セイメイ。
ドーザン。
ノブナガ。
マサムネ。
これはそう――俺たち四人のたった六日間の冒険の物語。
* * *
ログアウト不能。
一種の恐怖として語られるそれは――実の所ちょいちょい起きる。
仕方ないのである――人間だもの!
運営だってSEだって生きているのだ人間なのだ――ミスぐらいするのだ!!
――という運営側からの勝手な理論をさておいてもVRゲームと言うのはログアウト不能が起こりやすい。
正確に言うなら「問題になりやすい」。
非VRゲームユーザーでもこういった経験はあるだろう。
――ボタンを押しても反応しない。
――ボタンそのものが所定の位置にない。
――ボタンの反応が悪い。
――ボタンを押すとエラーになる。
それがVRゲームログアウトボタンで起こってしまった現象――それがいわゆる「ログアウト不能」である。
つまりはまあよくあるヒューマンエラーである。
業界ではこれを「不能る」という。例:「いやー、今日マジ不能ったかとおもったぜー」
その一方で。
最も問題になりやすいのが「ログアウト不能」である。
なにせ閉じ込められた感が半端ない。マジパねえ。
非VRゲームならログアウトができなくとも回線切ってアンインストールすれば済むがVRゲームではそうはいかない。
ログアウトが再開されるまで――文字通り閉じ込められる。
これに監禁罪が適応されるか否かの法律的論議に関しては専門家に聞いてくれ。
技術畑のアラサーに分かる事じゃねえ。
それでもわかることがあるとするなら――民事的には莫大な損害賠償を請求されることがありうるってことぐらいか。
ログアウト不能。
それはユーザーにとっても運営にとっても悪夢である。
* * *
「まー、だからあれだよ。慌てず騒がず落ち着いてボスでも狩ってりゃ良いんだよ」
「おー流石マサムネ現役SE。技術畑」
「六日ゆうてもリアルやったら六時間やしなあ」
「うんじゃまあ、とりあえずゴーだ。特攻して来いセイメイ」
「うーす。ラジャりまー」
――さて。
ここでこのゲーム「すろら!!」の戦闘システムについて説明しよう。
題材はわが親愛なる元後輩セイメイである。
HNセイメイ。
刀使いの軽戦士――ジョブ制のゲームならサムライとでも言うのだろう。「すろら!!」にジョブはないが。
対するボスは――猛き龍人の王にして誇り高き武士。龍王「倶利伽羅」
フィールドは倶利伽羅の治める平原龍人ヶ原。
なんかこういかにもなはじまりの平原を想像してくれ。それだ。
セイメイは叫ぶ。
「わが名はセイメイ!! 誇り高き龍人の王倶利伽羅に物申す!!」
まず。
バトルはプレイヤーがフィールドに入り名乗りを上げることで始まる。
名乗り。コールと呼ばれるその段階
つまりフィールドチャットだ。
ステータス画面からチャット設定をフィールドにセットしたら声を上げろ。
それで、フィールドのどこにボスが居ようが声が届く。
そう。
「すろら!!」ではボスの元に行くのでない。
ボスを呼び出して戦うのだ。
さあ、早速やって来たぞ。
着流しの浴衣を彩るは黒地に赤の倶利伽羅文様。朱塗りの刀の二本差し。好戦的に笑う赤毛のイケメン。
龍王倶利伽羅(侍バージョン)。
「何用か!!」
「一手ご指南願奉る!!」
倶利伽羅はにいっと口角を吊り上げた。
「――何を賭ける。汝この戦いに何を賭ける?」
「月雫」
すっとセイメイが懐(実際にはイベントリ)から取り出したのは握り拳ほどの淡く光り輝く石。
月雫。
月光が凝って出来たと言われる宝玉。刃の切れ味を増す力があるという。
「――ほう。これは見事な……」
「――倶利伽羅王に申しあげる。我が勝利しその暁には――御身破りし証として『村正の業物』お譲り願いたい!!」
「村正、とな」
倶利伽羅はしばし瞑目する。
「――心得た」
目が開いた時奴が言ったのがその一言。
以上が「すろら!!」のバトルシステムの目玉――ベットと呼ばれる段階だ。
ベット。
つまりはドロップ品の決定とデスペナルティの決定だ。
「すろら!!」のバトルはどちらかがHP0になるまで続く。
その時に相手方に渡るアイテムをここで決定するのだ。
じゃ、ごみアイテム渡してレアドロップ貰えばいーじゃんとか思ったそこの君。
それは流石に甘いぜ?
提示したものが釣り合わなければ当然ボスはバトルを断ってくる。
相手の需要と傾向から最適なベットを割り出すのが良きすろら!!ユーザーだ。
このシステムはいわゆる『雑魚狩り規制』の一環だ。
詳しいことはググって貰う他ねえが『VR加速化環境下における思考作業に関する報告書』により雑魚狩りなんかの単純作業はお役所に嫌われる風潮がある。
単純作業の繰り返しはVR状況下では脳への負担が大きいんだと。
知っての通りVRMMOを製造・運営・販売・頒布するものは政府直々に「特定電子的遊具管理者」に認定してもらわなければならない。
そして、新規のタイトルを立ち上げる際には都道府県に申し出、都道府県知事の許可を貰わねばならない。
ゲームシステムだの世界観だのがころころ変わる割に新作タイトルでねえなと思ってる君。
それは基本お役所対策だ。現実なんてそんなもんさ。
さて、そんな裏事情はさておき。
倶利伽羅は二刀を構える。
セイメイは居合の構え。
さあ、バトルスタートだ。
* * *
決着は一瞬だった。
踏み込んできた倶利伽羅の首をセイメイの刃が通り抜ける。
完璧なクリティカルヒット。
「――見事なり」
倶利伽羅がそう言ったのと同時――倶利伽羅の体が透け始める。
透明状態。HPが0になった時に起こる状態異常だ。
このゲームに死は無い。
HPとは一種のバロメータであり――生命力そのものではない。
「――進呈しよう。受け取れ」
虚空より現れ投げ渡されたのは――一本の刀。
黒漆に金彩で龍の書かれたその刀は確かに倶利伽羅のレアドロップの一つ――「村正の業物」
「有難く――頂戴いたします」
片膝をつき頭を下げるセイメイ。
そう相手はNPCといえども龍神の王だ。礼儀を忘れてはいけない。
「――励めよ」
下げた頭にこつりと当る布袋。転がり落ちるそれをセイメイは慌てて受け止めて――
「――人の身としては見事であった。だが、まだ足りん。我を本気にさせるまで――努々研鑽怠るでないぞ」
「――はは」
半透明の倶利伽羅はそう言って踵を返すとそのまま龍形に転じて空へ舞いあがる。
紅の鱗がキラキラと陽光に照り映えて――その輝きを残して倶利伽羅は見えなくなった。
「ふいー、終わった……って!! どうしたんすかマサムネ先輩!! 毛玉だらけになってますよ!」
「みゃう♪」
「あー荒野系非戦闘員はこんなもんだ」
「セイメイは荒野系戦闘員だっけ?」
「そーす。……うわーマジお供えもん出来てるよ」
「非戦闘員系の生命線だからな」
「みゃ♪ みゃ♪」
「すろら!!」には四つのプレイスタイルがある。
非戦闘員と戦闘員。
市街中心と原野中心。
組み合わせで2×2=4。
非戦闘員がフィールドで何すんだ? と思うかもしれない。
だが、「すろら!!」のモンスターは全て人語を解す。
言葉を話せないモンスター――例えば今俺に群がっているミュミュとか――も聞き取りには不自由ない。
要するに交渉が可能なのだ。
「すろら!!」にはそういうモンスター相手の非戦闘系クエストも数多く用意されておりそれらを専門的にこなすプレイヤーがいるのである。
まあ、つまり俺の事だが。
C系は極めるとモンスターやNPCの方からアイテムを持ってきてくれる。
通称お供えもの。
ドロップ品ばかりがアイテムではないのだよ。
「……ん?」
「どーした。ドーザン」
「……いや、今掲示板見ていたのだが」
「なんか気になる情報でもあったすか? ドーザン先輩」
「ああ……なんでも」
そこで、ドーザンは言葉を切る。迷うように、躊躇うように。
それは一瞬の事ですぐにドーザンは口を開いた。
「なんでも、このゲーム――ログアウトできるらしい」
「「「は?」」」
三重の疑問符がフィールドに鳴り響いた。