青い世界へようこそ2
三日坊主ならぬ、3話坊主を超えました。
直方は軽空母であった。20機ほど搭載でき、前方と後方にエレベーターがそれぞれある。旧型のため、実戦には用いられず、主に学生たちの実習の場として使われていた。
甲板の下では飛行機の調整や、若い整備士のたまごたちが老練な整備士の元で手ほどきを受けていた。
カケルの零式に近づく青年と老人がいた。カケルは防弾ガラスを開け、挨拶する。
「冴木、和白の爺さん」
冴木と呼ばれた青年はカケルとは同い年だが、164しかない低身長と童顔のせいで少し若く見られる。
一方、和白と呼ばれた男は冴木とは打って変わって、大柄だった。今年で65歳になり、短く刈り上げられた頭髪は白くなっていたが、日焼けした顔は精悍さを保ち、こちらも見た目より若く見える。整備士のたまごである冴木はこの和白の元で技術を磨いていた。
零式に寄るなり、フロートの部分を見て和白は自分の目を疑った。目の錯覚と思いたかったが、何度目を擦っても目の前の光景は変わらない。
冴木はまじまじと零式のフロートを眺め、呆れたように言う。
「僕、初めて見ましたよ。零式の脚部がねじれるなんて」
本来は2本のフロートが平行に取り付けられているが、カケルの零式の左側のフロートがわずかに外側を向いていた。老朽化した脚部が折れたり、曲がったりすることはよくある。しかし、カケルの機体はそうではない。
和白はねじれたフロートの先端部に駆け寄る。見たところ、凹んだり、塗装が剥がれたりしている場所はない。
冴木もフロートの先端を見ながら和白に尋ねた。
「一体どんな操縦をしたらこうなるんでしょうか?」
「さあな。あやつに聞かんと判らんが。まあ、大体の予想はついとる」
カケルは素知らぬふりをしながら、零式の動作確認をしていた。和白はキッとカケルを睨みつけ言う。
「カケル、お前さんはいつから曲芸飛行をするようになった?」
カケルは一瞬体をこわばらせ、とぼけた。
「和白の爺さんが何を言っているのかよくわからないな」
「何をふざけたことを。お前さんがわざわざ、わしらをここへ呼び出したのはこれのせいじゃろ。これだけ曲がってりゃ、離着陸の際に違和感があって、いくらアホなお前さんでも気づく」
カケルは照れた。
「いや〜、バレてたか。ちょっと、全速力で海に片足突っ込んじゃって」
和白はやっぱりそうだったかと言わんばかりにわざとらしくため息をつく。
冴木はフロートを見たまま感心していた。
「なりほど。片方のフロートを水に浸けたまま飛行するとこうなるのか」
冴木の言葉に和白は付け加える。
「いいや。あやつは片足突っ込んで、ターンしたんじゃ。昔、曲芸飛行してた奴の機体で同じような曲がり方を見たことがある」
「さすがは日本船団でも、5本指に入る名整備士。俺はこんな整備士に機体を見てもらえて幸せだな」
カケルは拍手をするフリをするが、和白は相変わらず呆れた声で、
「褒めても、なんも出んぞ」
「テヘヘ」
「テヘヘじゃないわい。まったく、親子揃って無茶な操縦ばかりしおる」
和白と冴木はねじれたフロート一式を取り替えるべく、部品を取りに行く。カケルへの怒りが冴木に向かっているのか、和白の彼に出す指示を出す声は穏やかではない。
(冴木、ごめんな)
カケルは冴木の後ろ姿を拝むと、気持ちを切り替え、辺りを見渡す。近くに風見鶏以外に誰もいない。
「風見鶏。クロエの事は誰にも話すなよ」
「わかりました」
カケルは次に毛布にくるまるクロエに声をかける。
「クロエ、行くぞ」
2人は風見鶏を残して、そっと機体から降りる。金髪は目立つので飛行帽を被らせ、ヴァルギスのジャケットは脱がせ、紋章が見えないように丸めて、クロエに持たせた。近くに使われていない倉庫があるのを知っているカケルはそこまで手引きする。途中、整備士や船員に出くわしたが、そのほとんどがカケルとは顔見知りで、まさか彼が連れているのが帝国の人間だとは思わない。全員がカケルに軽く挨拶して、スルーした。
倉庫の中は薄暗く、時が止まったように静かだった。防弾ガラスや折れた銃身などが埃を被り、誰にも使われることなくひっそりと佇む。
クロエが咳込む。
「埃っぽいけど我慢してくれ」
カケルの声にクロエは頷く。
(ひとまず、第一関門は終了)
カケルは一息つく。フロートが曲がっている事は、和白が言う通り、クロエを乗せて飛ぶときには気が付いていた。自分の機体の整備を担当している冴木と和白なら必ず部品を交換しに、機体から離れることは予想はついていた。だから、クロエを誰にも気づかれず乗船させること簡単な話だった。しかし、問題は次だった。
クロエはカケルに尋ねた。
「さっき、話していた協力を頼む人って、カケルさんが喋っていたあの2人じゃないんですか?」
「ああ。でも、さすがにいきなり話すには無理がある。時を見計らって説得する。だから、しばらくはここに隠れてくれ」
「わかりました」
クロエをこのまま倉庫に隠す訳にはいかない。誰かしらの協力が必要だ。和白は直方の整備士長を務めており、船員たちからの人望も厚く、艦内では艦長に続く事実上のトップ2だ。和白さえ説得できれば、直方でクロエをかくまえる。ただ、それは容易なことではない。それに説得に成功したところで、その後の展望がまったくない。
課題は山積みで、カケルはあれこれと考えながら急ぎ足で零式の元に戻る。冴木と和白はジャッキで機体を持ち上げ、フロートの付け替え作業を行っていた。風見鶏はその周りをうろちょろしている。
そろり、そろりと機体に近づくと、和白がフロートを外しながらカケルに言う。
「カケル、全くお前はどこに行ってた。お前が壊したんだからさっさと手伝え」
「はい、はい」
カケルも零式に収納されている工具箱を取り出し、和白の元へ行く。カケルが近くに来ると和白は一瞬作業の手を止めた。再び作業を開始したかと思うと、和白は手を休めずに言う。
「なあ、カケル。お前何か隠しているだろう」
カケルはギクリとし、慌てて風見鶏の方を見る。しかし、すぐに自分の行動を悔いた。これでは自ら隠し事をしていることを公表しているのとなんら変わらない。
「風見鶏に聞いたけど何も喋らんかったよ。他人にはあまり懐かないとは言え、怪しいぐらいにきっぱりと回答を拒否されたが」
風見鶏は見つめたまま喋らないカケルに首を傾げた。本人としてしっかりとご主人様の命令を守ったつもりなのに、カケルの表情は硬く、風見鶏は情報処理に戸惑う。
いつか打ち明けるつもりだったが、こうもいきなりばれて、カケルの心臓は破裂しそうになる。喋らないカケルをほっとき、和白は表情一つ変えずに続ける。
「さっき計器を見たが、マナの減りが異常じゃ。いくら、新型GPDの性能テストで2千キロ弱飛んだって、あそこまでは減らん。お前以外に誰か乗っていたとしか思えん。まあ、冴木の奴は気づかずにいるが」
冴木は呑気そうに脚部とフロートを繋ぐ溶接準備に取り掛かっていた。
カケルは頭を抱えた。クロエを潜入させることばかり考えていて、そこまで気が回らなかった。やっぱり、和白は5本指に入る名整備士だと改めて感じた。
「お前さんは確かにアホじゃが、同盟、いや、姫路のところの娘を困らせることはしまい。乗せてたのは、スパイとかじゃなくて、帰る途中に漂流者でも拾ったのじゃろ。わしに隠しているということは、帝国の者か?」
(しょうがない。いつかバラすつもりだったし)
カケルは黙って頷き、機体の下から出て立ち上がり、振り向かずに歩き出す。
「和白の爺さん。あと、冴木も。これから何が起きても黙っていてくれるならついて来てくれ」
「大丈夫さ。わしはお前さんの父親が死んでからずっとカケル、お前さんを世話してきた。わしにしちゃ、出来の悪い息子だ。何をしたって、驚かん」
状況が上手く飲み込めない冴木だが、和白は行ってしまったので、しょうがなくついて行く。
3分後、艦内に和白の驚き、呆れた声が響いた。
ご愛読ありがとうございます。
なんだか和白さんのカケルに対する苦労が垣間見える回となりました。そして、次回も和白さんの苦労は続きます。
今回も設定の補足をしたいと思います。長いので、興味がある方だけどうぞ。
今まで零式とライトニングの二機が出てきましたが、それぞれに適した高度があると言いました。この理由は実は現実世界の理由とは少し違います。実際は高度における空気の薄さが、エンジンの燃費を悪くしたりして、運動性が変わります。しかし、前回も書いた通りに、この世界のエンジンはモーターみたいなもので、燃費は関係ありません。運動性が変わる原因はモーターみたいなエンジンが発する熱です。モーターを長時間回すとすごい熱を発しますが、同じことが、しかもデカイ分このエンジンでも異常な高温を発します。そのため、冷却装置が機体に装備されてます。ですが、高高度はかなり寒いため、帝国の、しかも護衛機であまり下に降りない機体には、機体の軽量化のためにつけられていません。代わりに外気を中に取り込み、冷やす簡単な機能があります。そんな機体が低空まで下がればモーターは熱くなり、運動性が落ちます。逆に低高度仕様の零式などは、寒い高高度では冷却装置が効きすぎてモーターの故障の原因にもなったりします。ヴァルギスの機体は寒冷地仕様みたいな感じです。現実の世界以上に、この世界の機体は高度にはうるさいと思います。
来週は忙しいので更新できるかわかりません。出来たらしますが、気長に待っていただけたら幸いです。再来週からはちゃんとしますのでご安心を。
感想等をいただけたら嬉しいです。