青い世界へようこそ
予告の1日前にあがってよかった
さっきまで泣いていたクロエだったが、今まで抱えてきた不安や悲しみ、孤独感といった負の感情を涙と一緒に流し尽くしたのか、すっきりと晴れ渡った表情を見せる。
もらった手ぬぐいで、まだ赤みの残る目をこすっているクロエにカケルは振り返りながら尋ねた。
「だいぶ落ち着いたか?」
不意に声をかけられ、ビクッとクロエはなる。カケルと目があうと、クロエはあからさまに目線をそらし、頬を赤くする。クロエの様子にカケルの方まで恥ずかしくなる。
「な、なんだよ?」
「その……。さっきの言葉が……」
「それがどうしたっていうんだ?」
「プロポーズみたいで、照れちゃいます」
言い切るとクロエはさらに頬を染める。しかし、それ以上に恥ずかしいのはカケルの方だった。
「な、何言ってんだよ。俺はだな、ただ仲間として……。別にそんな意味で……」
カケルは顔を真っ赤にして、前に向き直る。あの時はなんとも思わず言っていたが、今振り返ると死にたくなるほど恥ずかしい。
「俺の黒歴史決定だ……」とカケルは呟き、がっくりと肩を落とす。
しかし、クロエの言葉には続きがあった。
「でも、嬉しかったです」
カケルは思わず振り返った。クロエは笑顔でカケルに頷いた。
自分のした選択が将来自分を苦しめるかもしれない。大きな代償を伴う決断だったかもしれない。でも、後悔はしない。
クロエの言葉にカケルは自分の決断の正しさを見出した。
「カケルさま。あと、20分で着きます」
突然の甲高い声に笑っていたクロエが一瞬にして真顔になる。
「なんの声ですか?」
「ああ、風見鶏だよ」
カケルは片手に風見鶏を載せ、後ろに見えるようにした。
丸い体に、丸い頭。小さいクチバシがチャーミングポイントの風見鶏が首を傾げながらクロエを見る。
「あ! かわいい」
思わず漏れた声にクロエ自身がビックリする。脅したり、無理を承知で仲間になってもらったりと、カケルには迷惑をかけた手前、たかがかわいいものを見ただけで、はしゃぐのはどうかと思えた。クロエは風見鶏に触ろうと手を伸ばしたり、思い直して引っ込めたりを繰り返す。でも、衝動には勝てなかった。
「触ってもいいですか?」
「別にいいけど」
カケルが後ろに向け風見鶏を放ると空中で短い翼をパタパタさせながら、ゆっくりとクロエの膝の上に着地する。つぶらな瞳がクロエを見る。恐る恐る風見鶏の頭に手を伸ばす。金属でできた頭を一撫ですると風見鶏は嬉しそうに目を細める。
ロボットなのはわかるが、その仕草が本物の鳥以上にかわいらしく思え、クロエは風見鶏を撫で続けた。
「うわー、かわいい。フクロウかしら」
「フクロウではありません。私はカケルさまの飛行支援を行う人工知能、風見鶏システムです」
聞きなれない単語にクロエの手が止まる。
「風見鶏システム?」
クロエの疑問にカケルが答えた。
「日本船団の飛行支援システム。ヴァルギスでいうフライトサポーターだよ。さっきクロエのアゴに頭突きした奴。後部座席からは俺の足元が見えにくかったから気づかなかったんだろう」
「え⁈ 日本のフライトサポーターは動けるんですか? ロボットなんですか?」
「違うよ。こいつは俺が作ったんだ」
カケルは偉そうに親指で自分を指す。クロエはそんなカケルには気づかず、風見鶏に夢中だった。風見鶏を抱き上げ、自分の顔の前に持ってくる。
「私にぶつかったのはあなたなの? でも、かわいいから許す!」
その姿はぬいぐるみを買ってもらった子供のようだった。
無視されたカケルは拗ねて、クロエに釘を刺す。
「こいつは俺以外にはあまり懐かないんだ。だって飛行支援システムが自分の担当する飛行機乗り以外に接する機会があまりないからね。そういったプログラムはされていないんだ。そうだろ、風見鶏?」
しばらく静かになった。
「あれ⁈」
振り返ると風見鶏はクロエに身を任せ、好きなように撫でさせていた。
風見鶏は目を細めながら言う。
「カケルさま。私、風見鶏システムには学習機能が装備されています。ただいま、学習しました。クロエさまの膝の上の方が居心地が良いです」
「まあ、嬉しい」
カケルは開いた口が塞がらなかった。
がっくりとうなだれるカケルに、風見鶏を抱いたままのクロエが尋ねる。
「でも、どうしてわざわざ風見鶏をロボットにしたんですか? 私は歓迎ですけど、ただの支援用人工知能をロボットに積もうする人はなかなかいないでしょう?」
カケルはぶっきらぼうに前を見たまま答えた。
「なんとなくこいつが機体に閉じ込められているみたいで嫌だったんだよ。風見鶏システムは自分の相棒みたいなもんだ。自由に動きまわらせたかったんだ。それにーー」
カケルは遠くを見つめ、独り言みたいにつぶやく。
「寂しかった」
「え……。それってどういうこと?」
クロエの声にカケルははっとなり慌てて弁解する。
「いや、違うんだ。深い意味はない。ただ機内は俺1人だろ? 長いフライトだと寂しくなっちゃうなあ、みたいな」
「そうですか……」
腑に落ちない様子のクロエにカケルは外を指差す。
「ほら、クロエ。あれが船団だ」
クロエが窓に張り付く。彼女の視線の先には、魚影のように細長い船が群れをなして進んでいた。カケルは説明する。
「あれは日本船団九州艦隊。陸があった頃の地名を冠した居住区艦『福岡』『佐賀』『大分』『長崎』『熊本』『宮崎』『鹿児島』『沖縄』の8隻を中心に空母、護衛艦を含めた50隻以上で編成されている」
クロエは驚き過ぎて、風見鶏を落としそうになった。
「ありえない。あんな鉄塊が本当に水の上に浮くなんて」
「いやいや、空に船が浮く方がありえないと思うけど」
予想外の言葉にカケルは笑いが止まらない。笑われたクロエはほっぺを膨らませ怒る。
「私たちの浮遊艦には大きなプロペラがいくつもあるから、飛べるのは当たり前なんです! あんなに大きな鉄の塊が浮くなんておかしいです」
「いや、でも」
クロエの気迫に押され、たじろぐカケル。何か言おうと思ったが、クロエの表情を見て思い留まる。好奇心に満ちたその眼差しはキラキラと輝いていた。
カケルは目尻に溜まった涙を拭いながら風見鶏に言う。
「管制に繋いでくれ」
「わかりました」
風見鶏が小さなクチバシを開くと中から男性の管制官の声が聞こえる。
「こちら九州艦隊福岡」
突然、かわいらしかった風見鶏の声が、低い見知らぬ男の声に変わり、悲鳴をあげそうになったが、とっさに自分の口を抑え、思わず息まで止める。
「第8技術支援部隊所属、風見カケル特務少尉、着艦許可をいただきたい」
「了解した。空母 直方へ着艦してください」
「了解」
会話が終わるとクロエはホッと一息つく。それから文句を言う。
「カケルさん、いきなり通信なんて酷いです。いきなり風見鶏さんが男の人の声でしゃべるから、びっくりして息が止まるどころか、本当に息を止めてしまいました」
「ごめん、ごめん。クロエがあんまりにも船に夢中だったからさ」
今までの自分の行動を鑑み、クロエは顔を真っ赤にした。カケルはそれがおかしくてまた笑う。
「笑わないでください!」
カケルは「ごめん、ごめん」と謝罪しながら、毛布を渡した。
「これから着艦する船は学生が運営する空母だ。俺の知り合いもいるし、他の艦に比べて警備も甘い。とりあえず毛布でもかぶって隠れてて」
「学生?」
クロエは首を傾げた。カケルは手短に自分の経歴一通り話した。
「だからですか。軍人さんにしては若いと思ってました。でも、いくら警備が薄いといっても大丈夫なんですか?」
「大丈夫。元から誰にもばれずに行く気はない。協力してくれそうな奴には宛はある」
そう言うとカケルは風見鶏に命令する。
「直方の艦長に知らせてくれ。冴木と和白の爺さんを機体のメンテに呼んでくれと」
クロエはカケルに言われたとおりに毛布にうずくまる。毛布の中では自分の息遣いと心臓の鼓動がよく聞こえた。不安で緊張しているからでもあるが、それ以上に自分が行く新しい世界を思うとワクワクが止まらない。
(今から私は、あの大きな船の上に降りるんだ)
クロエのまぶたの裏にさっき浮かんだ艦隊の光景が浮かぶ。
降下した後、機体は着陸で激しく揺れる。揺れが収まるとカケルはクロエに言った。
「ようこそ、青い海へ」
零式は無事に直方に着艦した。
ご愛読ありがとうございました。
次回からはいよいよ乗船。新キャラも続々登場します。
物語の設定について少し補足します。
カケルとクロエは機内で平気そうに喋っていますが、普通の飛行機だとエンジンがうるさいと思います。しかし、実はこの世界の戦闘機は電気自動車並みの静かさです。マナというのは電気みたいなもので、エンジンはモーターみたいなものと考えてください。
この世界ではマナを使うことが前提なので、ロケットエンジンと言った類の技術はあまり発展していません。逆に人工知能やモーターのエネルギー効率などはこっちの世界よりも発展しています。
まあ、後々ジェット機やロケットとか出せたらいいなあとは思いますが。メッサーシュミットMe163、262とか、ハインケルHe162とか。
あと、もう1つ。カケルの零式にはフロートが付いてますが、下には車輪が付いていてある意味、水陸空両用?です。
次回は2月21日頃に投稿します。