青い世界の出会い
腹ペコオオカミです。一度投げ出した作品に、ユーザー名も変えて、心機一転もう一度再挑戦しようと思います。最後まで完走できるように頑張ります。
あと、2年前にこの作品を読んで下さった皆さん、前回は大変すみませんでした。
暖かく見守ってくれたら幸いです。アドバイス、感想等いただけたら嬉しいです。
風見カケルは翼の上に寝転び、空を見上げていた。洋上を吹き抜ける風が彼の額をそっと撫でる。
海面で飛行機を支えるフロートにぶつかる波音と機体が軋む音しか聞こえない。空と海に挟まれた世界で、彼の五感は次第に研ぎ澄まされていった。それと同時に絶え間無く上下する波が体の感覚を奪う。
彼の心の中では幾つもの思いが渦巻いている。思春期特有の妄想やギスギスした感情。自分のこれまでの人生を振り返り湧きでるもの。嬉しいこと、悲しいこと様々だ。しかし、空を見る彼の瞳には曇りがない。
この若き飛行機乗りにとって空は広すぎるのだ。海と競り合うようにどこまでも広がる空を前にすればそれらの思いはちっぽけに思える。水の入ったコップにインクを垂らすみたく、色が拡がり、混ざり合い、そして元の無色透明に戻る。決して消えることはないが感じることはない。
あらゆるしがらみから解放してくれる、そんな空が彼は好きだった。
「なあ、あの雲って。後、どれだけ手を伸ばせば届くんだ?」
目の前に浮かぶ入道雲に手を伸ばしながら、カケルは指の隙間からこぼれる光に目を細める。
質問を受けた彼の相棒である風見鶏はコックピットからひょっこりと顔を出し、彼の耳元まで来る。そして、通りのいい甲高い声で答えた。
「1300メートル程です。後、お言葉ですが、雲は掴めません」
機械相手に喋りかけているのだから、正確な答えしか返ってこないのに、カケルはその答えに気分を害した。
「違う、違う」
「何が違うんですか? 私の人工知能にインプットされてる情報にはそうあります」
カケルは起き上がり、鏡餅みたいに2つの球体でできた、梟のような形をしたロボットを呆れながら眺める。
「俺が聞きたいのはそういう正確な答えじゃないよ」
「じゃあ、どのように答えれば良いのですか?」
「さあな。でも、これだけは覚えておけ。人間には数値や文字では表せないもんがあるんだ」
「了解しました。記憶メモリーにそう記録します」
無機質の声に再び呆れながら、カケルは再び寝そべる。不規則で規則的な波の上下に、彼のまぶたは重くなった。眠りそうになった時、風見鶏が声をかける。
「カケル様、お電話です。相手は姫路鈴香様です」
彼は自分の時計を見て、慌てる。
「やべえ。休憩しすぎた」
慌ただしく体を起こしながら、風見鶏に回線を繋ぐように指示した。
「おい。今、お前はどこで何をしている?」
風見鶏の目から映し出された立体ホログラムの女性がカケルを怒鳴りつける。この凛とした姿勢の長い黒髪を持った彼女こそが姫路鈴香だ。
「そ、それは……」
彼女の気迫に押され言葉を詰まらせるカケルに、姫路はさらに詰め寄る。
「もういい。だいたいわかっている。また、洋上で楽しく日向ぼっこでもしてるんだろう」
「わかっているなら、いいじゃないか、姫」
「姫言うな。それに全然良くない。第一どうしていつもあれ程言っているのにGNDの電源を落とすんだ?」
彼女の言っているGNDとは目的地の距離と方向を計測する装置だ。
この世界では物を動かすのにマナと呼ばれる魔力が使われている。人間の体内で生成されたり、地球上にある龍脈から吹き出ている。そして、それらのマナは十人十色で、人や龍脈によって少し異なる。例えばカケルの暮らす船団と乗っている飛行機のマナは違う。飛行機には少しばかり彼のマナが混じっているからだ。
このマナの性質差を利用しているのがGNDだ。正式名称はGlobal Navigation Device。この装置は風見鶏の中に埋め込まれており、ラジオの放送のようにマナを広範囲に飛ばすことで、船団はカケルの位置を特定する。また、カケルも船団からのマナを受信することで、帰る場所を見失わずに済むのだ。
「だって、つけっぱなしで休んだら、そのことばれてぜってぇ姫怒るだろう」
彼の言葉は姫の怒りに油を注いだ。
「当たり前だろうが。長く飛べば飛ぶほど、敵に捕捉されるかもしれないんだぞ」
いつもだったら、カケルは姫の前では防戦一方だが、相手がホログラムであるので、強気に言い返す。
「でもさ。こっちの身も考えて欲しいもんだ。だいたい、12時間飛び続けるなんてあり得ないだろう。少しぐらい休憩したっていいよな。休まずに飛び続ける方が危ないよ。それに俺、まだ17の学生だぜ」
「それもそうだが……」
まともな意見に姫は思わず頭を抱える。一方、カケルはその事には気付かず、怒られはしないだろうか、と冷や冷やしていた。姫が軽くため息を付くとカケルは思わず体を縮みこませる。
「わかったよ。上にかけあって長時間の作戦を控えるようにかけあってやろう」
カケルは安堵のため息を付くとすぐに「ありがとうな」と感謝を述べた。すると、姫はの表情はみるみる赤くなる。
「別に、当たり前のことだ。私の仲間が困っているのに見過ごせるわけがないだろう」
姫の怒りを沈められたと思ったカケルは笑いながら回線を切ろうとそっと風見鶏に手を伸ばした。しかし、彼の不自然な動きに気づいた姫はすかさず釘を刺す。
「切るなよ。話はまだ終わっていない」
「はい……」
伸ばした手を無造作に飛行服の上に羽織ったジャケットのポケットに突っ込む。
「でだ。仕事の改善はどうにかしてやるからGNDだけは切るなよ」
「はーい」
気の抜けた彼の返事は姫の神経を逆撫でる
「はいじゃない。お前が1時間近くロストしたから、こっちは撃墜されたんじゃないかと冷や冷やしたんだぞ。一体どれほど心配したか」
最初は怒鳴り声をあげていた姫だが、次第に呆れ果て、ため息混じりの声になっていた。そして、こう付け加える。
「さあ、誓え。これ以降は絶対にGNDを切りません、と」
「はい、はい。誓います。誓えばいいんでしょう」
「それで良し。早く無事に帰って来なさい」
姫がウインクをすると、ホログラムは消えた。カケルの体にどっと疲れが押し寄せた。
彼にとって姫は決して悪い存在ではない。それどころか感謝している。
姫路鈴香はカケルの1個上の18歳。そして船団長姫路源也の1人娘だ。それゆえに船団内の雑務を手伝わされている。主にカケルを含めた飛行機乗りたちの管理を担当している。カケルがため息を付きたくなるほど、彼女は世話焼きが好きだ。しかし、その裏を返せば飛行機乗りたちや、それ以外の船団の仲間たちのことを第一に考えている。そんな彼女に敬意を表して船団に暮らす人々は「姫」と呼んでいる。もちろん彼もその1人だ。
「さてと帰りますか」
そう独り言を呟いてカケルは立ち上がる。揺れる機体の上を猫のように歩き、コックピットへ向かう。
防弾ガラスを後ろに引き、中に入ろうとした時、空から耳の奥を震わせる低音が轟いた。小刻みに響く音の正体をカケルは知っている。
周りを見渡すと、左斜め前、10kmほど先に黒い影が見えた。
「……」
しばらく呆然と眺めた後、カケルは慌ててコックピットに乗り込み風見鶏に尋ねる。
「どうしてレーダーが反応してないんだ」
「GNDを切ったからです。この新型GNDはレーダーと一体型です」
「そうだった……」
自分の過ちに頭を抱えるも、カケルはすぐに気を取り直す。
「風の方角は?」
「北西に9mの風です」
カケルの席の後ろに設けられた席に座る風見鶏は冷静に答えた。
カケルは皮の手袋をはめ、操縦桿にかけてあった飛行帽を深々とかぶる。そして、座席の下にしまわれていた双眼鏡を取り出し覗くと目の前に見慣れた双発機が3機。
ヴァルギス帝国の戦闘機FF-38ライトニングーー
この世界は大きく分けて2つある。1つは船団を作り、海に暮らすアトラ同盟。幾つもの船団が国として独立し、同盟を作っている。そして、もう1つはヴァルギス一族が統治するヴァルギス帝国。こちらは大きな船を幾つも空に浮かべ、空で暮らしている。
元々世界には幾つもの国があった。しかし、今から58年前に勃発した第三次世界大戦に伴い、著しい量のマナが放出された。そして、それによって発生した時空の歪み、オーバードライブがこの世界から陸を消し去ってしまう。残された人類は2つに分かれた。
それがアトラ同盟とヴァルギス帝国なのだ。
しばらくの間はいい関係を保っていた2国だが、20年前、ヴァルギスが同盟の所有する龍脈の1つに奇襲をかけ、一つの船団を滅ぼした。これに端を発して現在まで続く戦争が始まった。
1度戦争で滅びかけた世界が再び戦争を始める。時の歴史学者たちは平和の祈りをこめ、これが最後の戦争になるよう願い、ラスト・ウォーと名付けた。
奇襲を命じた第2代ヴァルギス帝国、皇帝カルロス=ヴァルギスはこう理由を述べている。
「我が国家には龍脈がない。それゆえに増える国民の暮らしを保証できるだけのマナがない。我々は国民のため、そしてこの国の未来のため戦うことを決意した」
人が生み出すマナしかないヴァルギスは慢性的なエネルギー不足に悩まされていた。しかし、同盟は己の利益のため、輸出していたマナの値段を上げた。つまり、この戦争は起こるべきして起きたと言える。
奇襲によりヴァルギスは瞬く間に主要な同盟の龍脈、海底鉱山を奪取するのに成功した。また、この陸地のない世界での戦いは空戦でしかなく、空の国ヴァルギスに敵うアトラの機体は1つもなかった。
完全にヴァルギス側の優勢で始まった戦争だが、同盟側の必死の抵抗もあり、年月を重ねていった。そして、次第に資源が安定して手に入る同盟が物量で押し返し始める。両国のパワーバランスは等しくなり、20年以上続く戦争へと泥沼化していった。現在は突発的な局地戦を繰り返している。
カケルは同盟の人間だ。17歳の彼は日本国士官学校福岡支部に通う2年生でありながら、その高い技量を買われ、特務少尉として、異例の2年生にして戦争に参加している。
彼は愛機である零式戦闘飛行艇弐型改のエンジンを点火した。ゆっくりと回り出したプロペラは瞬きをするたびに早くなる。操縦桿を右左に倒す動きに合わせて動く暗緑色の翼に黄色く線引きされた補助翼を確かめ、彼は飛びたった。
目の前の敵機は真っ直ぐカケルの方へ向けて飛んでいた。1対3ではカケルに勝ち目はない。しかし、逃げることもできない。
敵機のライトニングと彼の乗る零式では速度が違う。零式はせいぜい560km/hほどだが、ライトニングは630km/h。背中を見せて逃げれば瞬く間に迫られ、後ろを取られてしまう。彼はそれぐらいなら一戦交えて、隙を見て逃げた方がいいと判断した。それにライトニングは高高度仕様の機体。主に上空のヴァルギスの浮遊船の護衛をしているため、ここまで高度が低いとカタログスペックほどの性能は出ない。むしろ、低空での戦闘は零式が有利だ。
距離をつめる双方。カケルは機銃の安全装置を外した。その時、彼は目の前で起こる衝撃の光景に目を奪われた。
「どういうことだ?」
先頭を飛んでいた機体が後ろの2機に攻撃を受けていた。幾つもの閃光が先頭の機体めがけて飛んでいく。
これはチャンスだ。カケルは内心でガッツポーズをする。さしずめ、あの攻撃を受けている機体は脱走兵かなんかだろう。彼はそう思い機首を反転させその場から離れようとする。
彼の予想が当たっていれば、敵機は脱走兵を追うのに必死で気づいていないはずだ。
ところがカケルは操縦桿を倒すのをやめた。目の前で攻撃を受けている機体からは黒い煙が上がっている。彼はその傷ついた機体が悲鳴をあげているようで無視できなくなっていたのだ。
ため息を付いてから、彼は機首を戻す。
「あの機体に送れ。こちらは風見カケル特務少尉。これよりお前を助けてやる、てな。ちゃんと英語に訳しとけよ」
命令を受け取った風見鶏は「了解」と答えた。カケルはもう一度操縦桿を握り直し、スロットルを全開にする。敵機との距離はみるみるのうちに近づいていった。
攻撃を受けていた機体は限界に達しており、カケルのメッセージを受け取るとすぐに頼んだと言わんばかりに、海面に着水する。追っていた2機は零式の存在に気づき、着水した機体を無視して迫ってくる。
そして彼の目の前で二手に分かれる。1機はこのまま零式に迫り、もう1機は大きく迂回した。
彼らのこの行動の意図はこうだ。このまま真っ直ぐ行けば零式は目の前のライトニングと撃ち合う。カケルが撃ち合いを制しても、両者ともに堕ちず生き残ったとしても、その時には零式の後ろに迂回したもう一機のライトニングがぴったりと張り付き、打ち落とすことができる。
カケルはこのまま何も手を打たなければ死しかない。そこで彼は一つの賭けに出た。
操縦桿を前に倒す。すると機体は海面にすれすれまで高度を落とす。目の前のライトニングも合わせて高度を下げた。
そのままスロットルを全開にする。今にも千切れてしまいそうな翼を気にせず、カケルは照準に集中する。2機の間は1kmにも満たなくなっていた。
脈を打つたびにカケルの額に浮かび上がる汗、緊張で熱を帯びる手袋。
1、2、3、4
心の中で数える。そして、
5
照準の中央に捉えたライトニングに向けてカケルは引き金を引いた。
小刻みに機体を動かし、すぐそばを駆け抜けて行く閃光を眺めた。マナを弾丸のような形にし、打ち出す弾は青白く輝く。防弾ガラスをかするように飛ぶ弾丸が当たらないよう祈りながら、彼は引き金を引き続けた。
数十秒も経つと、嵐が過ぎ去ったように静かになる。ライトニングは零式の頭上を越えていった。
ここで1機堕としておきたかったカケルだがこっちがやられずに済んで良かったと安堵のため息をつく。しかし、本番はこれからだ。
カケルは零式を左に傾けた。すると左のフロートが海面に触れる。激しく揺れる中、そのまま彼は左のフットバーを思いっきり踏んだ。それに連動して尾翼が左に曲がる。すると、左だけ受ける水の抵抗も加わり、その場で回転するように機体が一気に左へと回り出した。
「痛っ」
強い遠心力にカケルは頭を防弾ガラスにぶつけた。しかし、彼はガンガンする頭を持ち上げ、操縦桿を上げた。この旋回は一気に速度を落とす。もしかしたらスピード不足で機体が上がらないかもしれない。彼はそう不安に思いながらも信じた。この零式を。
「上がれー」
そう強くカケルは叫んだ。すると、水の抵抗で揺れていた機体が、静かになった。彼が窓の外を覗いてみると機体の高度は上がっていた。
「よっしゃー」
右手を高々と突き上げた彼に操縦桿を握る左手は震えていた。失敗するかもしれない不安、死ぬかもしれない恐怖が一気に体から抜け出し、難題を達成した高揚感が彼を包んだ。
そして、カケルは照準内に先ほど撃ち合ったライトニングを入れる。目の前の敵機は撃ち落とされまいと回避運動を取るが、焼け石に水だ。
カケルは頭を空っぽにし、引き金を引いた。哀れなライトニングは背後から撃たれ爆音と共に砕け散る。空中に漂う煙を突き抜け零式は前へと進んだ。
相棒を失ったもう1機のライトニングは怒り狂ってスピードを上げた。騎士の決闘のように向かい合った2騎は急速に間を詰める。
そして両者一斉に機銃を放つ。流星のごとく儚く輝く銃弾は短い距離を互いに渡り合った。カケルは背面飛行し、目の前の敵機をかわす。
眼下に、ヴァルギスの紋章である双頭の龍が描かれたライトニングの翼の裏が見えた。しかし、通り過ぎて後ろを振り返ればそこには誰もいない。
彼は勝ったのだ。
カケルは目をつぶった。黙祷とは本来、死者のことを思い出しながら目をつぶるものだ。しかし、彼は倒した相手の顔を知らない。死者のことを思って目をつぶったのではない。現実から目をそらすためだ。自分が人を殺したという現実から。
そして、彼は小さく呟いた。
「すまん」
カケルは先ほど攻撃を受けていた脱走兵の機体へと向かう。すぐ近くに飛行機を止め、沈みかけのライトニングの翼に飛び降りた。そのままコックピットまで歩く。しかし、反応がなかった。
防弾ガラスを開けると敵兵が頭から血を流し、前のめりに倒れていた。着水の衝撃で頭を強打し、気絶していた。
慌ててカケルは彼を引きずり出し、翼の上に寝かせた。そして、一旦機体へと戻り、救急キットを取り出す。治療すべく彼がつけていた飛行帽を脱がせた。するとそこには、
「女?」
彼ではなく、彼女であった。目の前には長い金髪で、カケルと同じぐらいの歳の女性がいた。別に女性の飛行機乗りがいてもおかしくはない。それでも驚きを隠せずにいた。
しかし、彼はすぐにすべきことを思い出し、手当てをする。しっかりと持ち物検査をしたいところだが、相手は同い年の少女。むやみやたらに服を脱がすのも気が引けて、カケルはポケットの中と少女の着るヴァルギス空軍に支給されるジャケットの裏を確認するにとどめた。
風見鶏が座っていた一回り小さい後部座席に少女を座らせ、風見鶏を自分の膝に乗せ、彼は再び飛んだ。
青く澄み切っていた空は、いつの間にか雲に覆われている。この海域では雨が降りそうだった。
色々と説明が多い文章となってしまいました。分かりにくかったらすみません。物語について、わからないこと、疑問がありましたらご遠慮なくお尋ねください。
この作品はアニメ「翠星のガルガンティア」を見たときに、こんな世界観いいなあ、と思って書きはじめました。よかったらお近くのTU◯A○Aで借りてみてください。(T○T○YAのまわし者かよ笑)
ちなみに文月の家の近くには○UTAY○はありません。一回ぐらい行ってみたい……。