塔に閉じ込められたお姫様は…
むかしむかしあるところに、それはそれはキレイなお姫様がいました。
あまりにもお姫様がキレイだったので、求婚者が多くの国から連日押しかけました。
その中には隣国の王族などとても高貴な方々も大勢居たため、誰を選んでも争いになりそうで王様もお后様も困ってしまいました。
そこで、宰相がある提案をいたしました。お姫様を地の果ての塔に閉じ込め、お姫様を救い出した者が結婚を許されるようにすればいい、と。
かくしてその案は実行され、多くの求婚者たちがお姫様を求めて旅立ちました。しかし、ほとんどの者が途中で引き返してしまいました。
そんな時、白馬に乗った見目麗しい王子様が現れて……
「んなもんいるか!!」
そこまでおとぎ話を読んだ私は、思わずその本を全力投球してしまった。私の怒りと微妙な羞恥心を叩きつけられた可哀想な本は、カバーが外れてひしゃげてしまった。……ちょっとやりすぎたかな。
でもさ、いくらおとぎ話はフィクションだとはいえ、あんまりだと思うの。だっておとぎ話の元ネタである私、エリア姫は、まだ塔に閉じ込められているのだから。
事の発端は百年前、当時の三つの大国の王子様が私に求婚してきたことだった。
私の国は、言っちゃなんだが、吹けば飛ぶような小国である。それでも私は一人娘だったのでお婿さんをもらって国を継ぐ気満々だった。それなのに降って湧いたこの縁談話は、断るにも断れず、さりとてどれか一つを選んでも角が立つので、どうにもできなかった。ぶっちゃけ、ありがた迷惑だ。
どうしたもんかとお父様もお母様も頭を捻っていたのだが、そんな時に宰相さんがある提案をしてきたのだ。王子様たちに試練を出して、それを最初にクリアした方と姫が結婚するのはどうですか、という案だ。
はぁ?私はゲームの景品かよっ!と私は怒ったのだが、お父様はそれナイス!とばかりに食いついた。そしてあれよあれよと話は進み、私は『最果ての塔』といういかにもな名前の塔で王子様を待つことに決まった。三大国に断られることを期待していたのだが、三大国は意外にもその提案を快諾したらしい。そんなところは寛容じゃなくていいのに。
で、『最果ての塔』までの道のりに試練が仕込まれることになったのだが、二人は宮廷魔術師まで巻き込んで徹夜で会議を開いて試練を決めた。そこまで聞いて薄々嫌な予感はしたのだが、仕込む試練はヒドイものだった。まぁ、深夜のテンションと悪ノリの産物と言えば分かるだろう。試練は無駄に長く、また残虐非道なもので、王子をクリアさせる気は皆無だった。いくら結婚を諦めさせる気満々だからってさぁ、大国の王子様を危険に曝すようなことをしたらアウトじゃない?そこのところどうなの?といろいろ聞きたいことがあったが、こんなことを聞いたら私に結婚する気があるように思われてしまう。私もできるなら大国になど嫁ぎたくないので、疑問はぐっとこらえて流れに身を任せた。
そしていよいよ試練開始当日。私は『最果ての塔』に宮廷魔術師と一緒に来た。従者も侍女も連れてきてはいない。こんな変な試練につきあわせるのは可哀想だから、ってさ。あれ、私はいいのか…?
塔はドラゴンに守らせるので、ここは安全だと彼は説明した。……ラスボスはドラゴンか。王子様も気の毒に。
彼は最後に塔全体に結界を張った。この中に入れば私は年を取らないのだそうだ。おい、いったい何年かける気だよ。
いろんな不満や疑問をぶつけたくて魔術師に話しかけようとすると、ご用があれば手紙を書いてこの魔方陣に置いてください、と言い残して彼は城へと帰って行った。逃げたな。
こうして私の長い幽閉生活が始まった。
最初はすっごく楽しかった。一人で暮らすのは寂しいかと思ってたけどそうでもなかった。いちいち小さなマナー違反を注意されることもないし、苦手な芸事を我慢してやることもないし、お父様をはじめとする皆々様の理不尽に付き合わされることもなかった。あ、もう付き合ってるか……。
この塔には私とドラゴンしかいないから家事はなんでもやらなきゃいけないけれど、それすらも新鮮で楽しかった。生活してるのは塔の最上階だけだしね。
食べ物だって三日に一度は魔方陣で送ってきてくれるし、服だの本だの必要なものがあったら紙に書いて魔法陣に乗せれば送ってきてくれた。もう、ホント極楽。王子様たち、あと半年くらいは粘ってくださいねー、と自分勝手なお祈りもしてたくらいだ。
それがいけなかったのかもしれない。
お父様と宰相さんの予想では王子様たちは2、3ヶ月で全員諦めてくれると思っていた。所詮、温室育ちのおぼっちゃまたちだからね。計画ではその後ほとぼりが冷めた頃に私を城へと呼び戻し、将来有望そうなお婿さんと私をさっさと結婚させる、というものだった。
私はその計画を聞いた時に、何か杜撰過ぎない?もうちょっとしっかりした計画を立てろよ!と思ってたんだけど、お父様は大変いい加減なところがお有りなので(国主としていいのか?それで)、大丈夫、大丈夫、と笑っていなされた。
ところが、次々と予定外の出来事が起こってしまったのだ。まず、一人目の王子様は試練の話が出た時点で求婚を諦めた。予想以上に軟弱者である。でも、こっちとしては好都合なので良かった良かったと胸をなで下ろした。
二人目も旅に出てから三ヶ月で予想通りに諦めてくれたのだが、三人目がいけなかった。彼は、どうやら粘着質な愛情の持ち主だったらしく、私とは直接会ったこともないのに姿絵を糧に試練に挑んでは失敗し、また挑むということを十五年も続けてくださった。まぁ、十五年目に従者の女の子とくっついて求婚を辞めたんだけどね。
……あのさぁ、結局諦めるんだったら十五年も粘るんじゃない!!!コノヤローッ!!!!お前が粘りに粘った十五年の間に宰相がクーデターを起こしちゃったんだぞ!!私、本当に幽閉になっちゃったんだぞ、ゴルァァァ!!!
おっと、地が出てしまった。とにかく、私がいなかった十五年の間に、ずっとお父様の理不尽に付き合わされてきた宰相がついにキレてクーデターを起こした。その結果お父様とお母様は強制的に離宮で隠居生活をさせられ、私は王位継承権の放棄の代わりに今までどおり生活を支援してもらうということで落ち着いた。……クーデターの時、全員無抵抗で宰相側に降伏したんだからね。どんだけ人気ないんだよ、お父様。
本当に幽閉されちゃったときは、いつか塔から出てってやる!!と思ってたんだけど、ここでの生活は居心地がよすぎた。元からインドア派だから多少の窮屈はへっちゃらだったし、他人と言葉を交わせないのは苦痛だったけど、両親や幼馴染(宰相の息子)との手紙で寂しさは和らげられた。唯一後悔したのは両親の死に目に会えなかったことだけど、幼馴染のおかげで葬儀には立ち会えた。
というわけで、百年もひきこもちゃったんですよねー。ははは。
そんなこんなで百年もゆるゆると生活をしていたのだけど、それが突然変わったのはある日のことだった。
その日は急にアップルパイが食べたくなって昼食の後にアフタヌーンティー用に作っていると、いきなり最上階の扉が開かれる音がしたのだ。ノックなしで。
ずいぶんと無礼な配達人(食べ物や必要なものを三日おきに王宮から届けてくれる人)だなぁ、とムカッとしつつもエプロンで手を拭きながら向うと、そこには珍妙な人がいた。
薄汚れた少年が立っていたのだ。見慣れない旅装はボロボロだけど提げている剣は立派で、背は私より少し高いくらいだけれど、顔が幼いので少年に見える。髪も肌も土埃に汚れているけれど、目は綺麗な空色だった。……どう見ても配達人には見えない。
「あのー、どちら様ですか? 配達人の方じゃないですよね?」
呼びかけても応えは返ってこない。まるで珍妙な何かを目にしたかのように、目を見開いたままこっちを見て、口をパクパクさせるだけである。おい、私は珍獣じゃないぞ。とりあえずその口を閉じろ。
「もしもし?」
「……貴女がかのエリア姫であらせられるのか?」
「え? ああ、はい。そうですけど、あなたは一体どちら様で?」
「申し遅れました。我が名はディートリヒト・デル・ルンデンベルク。大変遅くなりましたが、貴女をお迎えに参りました。是非私と……」
バタンッ
相手が話し終わる前にドアを閉めてしまいました。非常に失礼な行いだけどしょうがない。私のひきこもり生活は誰にも邪魔はさせない!(キリッ)
そういえば、あの人はルンデンベルクとか名乗ってたけど、何か聞き覚えが。ルンデンベルク、ルンデンベルク……。
ああっ!!思い出した! あの粘着王子のところの王族の苗字じゃないか! てことは、あの人は粘着王子の子孫なのか!? 俄かに嫌な予感がしてきたよ。あの粘着質が遺伝してないといいんだけど……。
一年後。
はは、予想は嫌な方に当たっちゃったよ……。
あの人は自力でこの塔までたどり着いたらしいけど、私に締め出されたあとに魔法陣に気がついて、帰りは魔法陣に乗って私の国の王宮にたどり着いた。しかし、その後自国に帰らずに王宮に住み着いて、なんと配達人になってしまったのだ。
門前払いしてやったのにめげる気は全くないらしい。さすがあの粘着王子の血を引いているだけはある。
配達人になった粘着王子二世は、三日に一度、必要な物資を私に届けるついでに分厚い手紙を押し付けてくる。あの粘着王子の孫だけあって、小奇麗にした粘着王子二世はかなり美形なのにもったいない。本当に残念なイケメンである。
私は返事を返す気も義理もないので、物資と手紙を受け取ったらはい、サヨナラだ。いつもドアを閉めるたびにすがりつくようにこっちを見る粘着王子二世の顔も見慣れたものだ。
手紙を読むのはただの暇つぶしだ。最初はそう思って読み始めたんだけど、手紙には、祖父が持っていた絵姿を見て憧れていたこと。塔まで辿り着くのは大変だったけど、トラップや仕掛けがほとんど老朽化してたり、塔を守るドラゴンが昼寝してたりで何とかくぐり抜けられたこと。実際に会ったら絵なんかよりもずっと綺麗で惚れ直してしまったことなどなどが連綿と書き綴られていた。愛情は重いが、手紙の冒険譚は面白いので、いつしか手紙が届くのが待ち遠しくなっていた。それに、その重すぎるラブレターの中に私が髪を切ったことや、アレンジしたドレスのことに触れてくれるのが、人恋しいせいか嬉しいと思うようになった。私はただ手紙のことを他意を交えずにそんなふうに思ってただけだけれど。
それを口にしてはいけなかったのだ。
ある日、いつも通りに物資と手紙を届けに来た粘着王子二世に、罪悪感から手紙の感想をほんのちょこーっと言ったのだ。
そうした途端、感激した粘着王子に抱き潰されて意識を落とされ、あれよあれよという間に王宮に連行され、ありえないほど早く結婚の支度がなされ、粘着王子二世に嫁がされてしまいましたとさ。
全然めでたしじゃねーよっ!!!