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白馬の騎士様は迷宮の階段に気をつけてね

作者: 歩海ハヤセ

プロローグ


 勇者は迷宮の最後の部屋にたどり着いた。雑魚を相手に長い戦いだった。

 うす暗い階段を一歩ずつ、確かめるように降りていく。


 最後の地下室でドラゴンは静かに待っていた。

 プレートアーマーに身を包んだ勇者は剣をかまえた。少しずつ間合いを詰めながら、ドラゴンにせまっていく。

 勇者の気迫に負けたように異形の生き物はゆっくりと後に退いていった。そのまま、迷宮の壁に押しつめられた。

 ドラゴンの鱗は赤い金属のような光を放っている。勇者は剣を振り上げた。一気に振り下ろし、硬い鱗ごと両断するつもりだった。

 そのとき

「ねえ、勇者様、勇者さまぁ……」

 ドラゴンが気弱そうに呼びかけた。

 気勢をそがれた勇者は足を止めた。

「斬らないで、ね、ねってば。ほんと、あたし、まだ子供なの。これから大人になって恋したり、人生ってこういうもんなんだって……感動したり、いろいろやりたいことがあるの。それなのに命を奪われるなんて、ひどいと思いません?」

 ドラゴンは赤い尻尾の先を胸まで持ってきて、両手で抱えた。うつむきながら、すねたように硫黄くさいため息をついた。

「はあ……理解されないって、とってもさみしい」

 ドラゴンは壁ぎわに立って、横目で勇者を見た。すがるような目つき。

「ね、あたし、ラッキードラゴンの能力も持っているの。勇者様にサービスしてあげてもいいの。だって、あたしたち仇同士ってわけでもないしー。それにね、別に悪いことしたわけじゃないのに、ドラゴンていうだけで何で退治されなきゃならないのって疑問に思うわけ」

 ドラゴンの理屈に勇者は、うなづきかけた。

「だからね、あたしね、勇者様にすてきなお姫様とめぐり合わせるように手配することもできるの。ね。いいと思わない。ナイスアイデアでしょ。ちょっと我慢すれば、すぐ王様よ。もう、やりたい放題。あっ、でも年貢を高くするとかじゃなくて、村の人みんなに優しくするの。そしたら新しい王様、ばんざいってなるけど、どう?」

 勇者はためらった。目の前にいるのは鰐みたいなドラゴンだが、よく見ると猫のような金色の瞳は、とてもやさしく輝いている。

 そういえば、地下へ入るせまい入り口には

『乙女ドラゴンの迷宮へ、ようこそ』

 と書かれた木の札が下がっていたっけ。

 勇者は迷った。この年若いドラゴンの命を奪う権利が自分にあるのだろうか? 村に悪さをしなければ、見逃してあげても良いだろう。

 勇者は剣を下げて、話し合いのため右手で鎧の面覆いを上げた。

 素顔を見たドラゴンが急に横柄な口調になった。

「あー、ごめんなさい勇者、あたしね、面食いなの」

 ドラゴンは息を吸い込んだ。そして、硫黄の炎を口から吐き出した。勇者はあわてて剣を構えたが、炎を防ぐことなどできない。勇者は炭になり、鎧が一塊の金属になるまで、焼きつくされた。



序章


 戦士は迷宮のせまい入り口に立った。その横に看板がある。

『流れ星の片思いは忘れな草のダンジョンよ』

 鼻で笑った戦士は手にしていたフレイルを横殴りにはらった。花模様でかわゆく飾られた看板が、こなごなに砕け散った。戦士は髭だらけの顔に笑みを浮かべた。

 ドラゴンを退治すれば、俺も男になれる。


 鎖帷子を着込み、その上に毛皮の服をまとった戦士は、やっと通れる入り口から地下の宮殿へ進んでいった。たくましい筋肉と自慢のフレイルでスライムと戦い、スケルトンをばらばらにして、ピクシーを地獄の果てに追い払った。

 最後の部屋でドラゴンは、ちょっとおしゃれなテーブルのまえにすわって待っていた。

「ようこそ、お待ちしておりました。あなたこそ本当の戦士ですぅ。ああ、ひどい汗ですね、のどが渇いたでしょう。お茶でもいかが。このまえ、やっと、お気に入りのリーフが手に入ったの。待ってて、今、お湯を沸かしてティーポットを暖めて、そうそうミルクはどうします? 甘いものは苦手? でもお砂糖を入れないとお紅茶の味が……」

 戦士は、吼えた。

「黙れ」

「あーら、なによ。そんな言い方ってないんじゃない。ここはとっても寂しいとこなのに、ひさしぶりにお客様がきたから、素直に喜んだだけなのに。

 五年ぶりのお客様なのに、最初の言葉がそれ? 大体ね、男の子は女の子にはやさしくするものですぅぅぅぅ。あんたみたいな一本眉なんか、嫌われやすいのよ、それなのに大声を出すなんて本気で嫌われちゃうぞー、っと」

 戦士は両手でフレイルを構えた。その武器は棒の先から、人間の頭ほどの鉄球が二つ、下がっていた。棘つきで、冷たい光を放ちながら。

 じりじりとドラゴンに迫っていく。迷宮のドラゴンを部屋の隅に追い詰めた。

 戦士は勝利への手ごたえを感じた。名工の手で鍛えられたフレイルは、ドラゴンの骨を砕き、棘は内臓に致命傷を与えるだろう。

「覚悟しろ」

「なによ、なによ。本気なの? 訴えてやるから。女の子に乱暴するなんて最低。覚えてなさい……でも、もしかして、デートしたこともないの? うん、そう見たいね。女の子の扱い方も知らないんでしょ。そうよ。絶対、そうね。ねえ、もしかしたら、ずっと彼女がいなかったとか? 女の子にすっごい劣等感、あっ、わかった、だから、そのファション。なんかダッさいわー」

 戦士はフレイルを振った。怒りのあまり、力が入りすぎた。ドラゴンはあっさりとかわした。フレイルは扱いにくい武器だ。戦士がくずれた体勢を立てなおそうとしていると

「えー本気なの?」 

 ドラゴンは、ほっ、と炎の息を吐いた。戦士は後ろに跳んで避けた。そのすきに、ドラゴンは深く息を吸い込んだ。相手に向けて、一気に硫黄の炎を口から吐きだすと、戦士が黒こげの炭になり、鎖帷子が石の床に落ちるまで、焼きつくした。

「ごめんなさい戦士。あたしね、毛深い男はきらいなの……我慢してみたけど、やっぱりちかよられると寒気がしちゃう」



終章


 魔法使いは迷宮の入り口に立った。一人がやっと通れるようなせまい岩穴だった。

 その横に立て札みたいな看板がある。

『自分磨きのレディドラゴンとキャリアアップの迷宮』

 鼻で笑った魔法使いは、黒い帽子の下で目を光らせて口の中で呪文をつぶやいた。魔法をかけられた看板は生きているように身をよじった。次の瞬間、ぽん、という音がした。

『スイーツ、乙』

 看板が書き換えられていた。

 魔法使いは得意げな笑みを浮かべた。多くの挑戦者を退けてきたドラゴンを退治すれば、私の勇名も上がるだろう。


 黒衣に身をつつんだ魔法使いは、せまい入り口を潜り抜け、地下の宮殿で自慢の魔法を使いまくった。ワームを蹴散らかし、オーガを倒して、ケルベロスを再起不能にしてやった。

 最後の部屋で、ドラゴンは待っていた。

「ねえ、あなた年収は?」

 いきなり、動揺するような質問をされたが、熟達の魔法使いは最後の魔力を使うために心を鎮めた。フリーズの呪文を唱える。

「ねえ、何、口の中でぶつぶつ言って? 言いたいことがあるならはっきりしてよ。根暗ねー。ちょっと期待していたのに、なにそれ。少し知識があるからって大きな顔しないでほしいんだけど……

 だいたいね、年収が答えられないってことは、少ないってことでしょう。自信があればはっきりいえるはず。べつにお医者とか弁護士とか高望みはしないけど、家を建てて子供を育てるつもりなら、それ相応の収入がないと。ほんと、高望みはしてないけど、やっぱり女は家庭に入ってね、お稽古事もやりたいし……でも、結局はお金なのよねー、でも高望みなんかしないんだけど……」

 ドラゴンの愚痴を聞きながら、魔法使いは呪文を唱え終わった。

 驚嘆に値するすばらしい集中力だった。

 魔法使いは両手を突き出し、冷気の塊を赤いドラゴンへ投げつけた。最強の魔法だった。青春をすてて厳しい修行をつみかさね、やっと身につけた究極の技。 

 相手は硫黄の炎を口から吐き出して、受け止めた。

 部屋の中央で、二つの塊がぶつかり合う。

 少しずつ、だがはっきりと、冷気が押されてきた。魔法使いは歯を食いしばって最後の力を振り絞り、魔法でできた極寒の塊を支えた。

 粘り強く耐えていた魔法使いに向かって、ドラゴンは本気を出した。一瞬で勝負がついた。魔法使いは、信じられない、といった表情のまま、自分の魔法で硬く凍りついた。

 氷になった体を、硫黄の炎で炙られた。魔法使いにはたっぷり苦しむ時間が与えられた。




エピローグ


 ドラゴンは金色と桜色できれいに飾られた寝室にいた。お気に入りの手鏡を見つめて、もの思いにふけっていた。

 ああ、もう少し肌がきれいで鼻が高かったら…………このニキビ、どうにかならないかしら? でもホント、いい男っていないわー。みんな炭になるだけで……

 妹は砂漠のほうへ旅をしてがんばっているけど、元気かな?

 白馬に乗った騎士様なんて、この辺には来ないのよね。

 王子様なんて高望みは、ぜったいにしてないんけど……


 そうだっ! 入り口の看板を書き換えてみようかしら?







長編からのこぼれねたを、ひとひねりしてみました

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