厨房で卵サンド
学校での休み時間は殆ど寝ている、フリ。誰とも話す子いないし、ていうか、話したくないし。だからみんなの話が、聞こうとしなくても聞こえてくる。
「マジで? 期末って1組の須藤さんが1位? って事は、うちの村木は2位になっちゃった?」
この声は西尾さん? 真田さんと仲良しでよく喋ってる。大体がテレビのバラエティ番組やドラマの話。今日は珍しくクラスの子の噂話か。
「違う違う。村木のヤツ、2位どころか10位以内にも入ってないみたい」
真田さんは凄く小声で西尾さんに囁くように言った。後ろの席なので辛うじて私には聞こえてしまう。
「そうそう、そんな事よりさぁ、今日持ち物検査あったじゃん! 私、ユズから借りてた漫画持ってて没収されたんだよね」
「マジで? ま、後で返してくれるとは思うけど……」
「ごめんね。でも、超面白かったよ。3巻ってある?」
「あるよ。また志保が家に来た時貸してあげるよ。あっ、小谷さんって漫画好き?」
何? 急に……寝てるフリ、バレてるのかも。仕方ないから顔を上げた。
「……漫画は、好きだけど……」
「なら今度貸してあげるよ!」
「……ありがと……でもいいよ。今はあんまり読まないし」
「そっか……。私たくさん持ってるからいつでも言ってね」
「うん……」
急にどうしたんだろう。超ドキドキした。漫画を借りたりしたら、明日香に貸したら汚れて返ってきた、とか。返したのに借りパクしたとか言われて……そうなったら怖い。どこに罠があるか分からないんだから……。
「あっ、そうだ、夏休みになったら、家で勉強しない? 志保は毎年来てるんだけど、私んちお寺だから、本堂で近所の小学生とかとワイワイやりながら勉強するんだけど……」
どうしたんだろ。先生に私と親しくしろとか言われてる? でもうちの担任はそんな事言うタイプじゃないか。
「……ありがと……でもいいよ」
タイミングよく次の数学の先生が教室に入ってきて、喋っていた生徒たちが席に戻った。西尾さんも「そっか」って言った後、「じゃあまた誘うね」と笑って席に戻った。大丈夫かな、感じ悪くなかったかな……西尾さんも真田さんもサバサバした子だし、陰で何か言ったりしないよね。でも、サバサバを装ってて実はネチネチしてる子もいたしな……「小谷さんって嫌な感じじゃない?」とかから始まって無視されたり。あ、今の私って無視すらされないか。
家に帰ると、お母さんが何やら暗かった。想像はついた。
「高校……行かないって……」
伯父さんから聞いたようだった。今のお母さんに、そんな事言うのはどうかなって分かってる筈なのに、どうして話しちゃうかな、もう伯父さん!
「お母さんが悪いね、こんな風だし……でもね、高校へは行ってほしいな」
今日は薄っすら化粧をしていた。髪もいつもより整えていたし、よく見たら洋服も近所に買い物に行ったりするときのワンピースを着ていた。
「大丈夫よ。最近は調子がいいし、少しずつ仕事をしようと考えててね。だから、明日香は働くとか言わないでよ」
「違うの。お母さんがとか、家庭の事情とかじゃなくて……私がそうしたいの。もう学校とか行きたくないんだ……」
「まさか、今の学校でも……」
「いじめはないよ。でも、正直言って学校は面白くない。勉強も嫌いだし、だから早く働きたいの」
どう言っても多分お母さんは、全部自分が悪いって思ってる。そんな気持ちにさせたら駄目だって分かってるから、お母さんが納得するような事を話さないといけない。
「わ、私ね、やりたい事あるんだ。手に職つけたいの。職人さんとか興味があって」
はっきり言って、不器用な私がその職業にはつける筈ない。お母さんを安心させたいのと、その場しのぎの何かがどんどん出てきて、自分でも呆れた。
「ずっとね、学校へ行くよりも実践で勝負したいって思っててね。世の中にはそういう人がいるでしょ? だから私は私の考え方でやっていくから、心配しないで」
そんな事を言っても無理だった。当然お母さんは納得しない。でも、高校へは行きたくないし。
母は前に勤めてたコンビニでまた働けないかって電話を掛けていたらしく、話してる最中に電話があった。今は人手が足りてるからまた今度、という断りの電話だった。
「また話そうね。ちょっと横になる」
お母さんは無表情で隣の寝室へ入って行った。
当然、次の日に伯父さんの所へ行った。学校の行事で半ドンだったので、昼過ぎには店に着いた。
お客さんはテーブル席に2、3人いただけで空いていたけど、伯父さんは厨房でお皿やコップを忙しそうに洗っていた。
「話しちゃいけなかったか?」
面倒くさそうに言うから、私はちょっとイライラした。
「ゆっくりとタイミングみて話そうと思ってたんだよ!」
「いつ話しても一緒だろ?」
「一緒じゃない……だってお母さん、最近調子がよくなってたのに、伯父さんが高校の事しゃべっちゃうから!」
「それは悪かった」
「悪かったじゃないよ!」
イライラが収まらなかった。
「お腹空いてないか?」
「空いてな……」
「い」という前にお腹がグーっと鳴った。最悪のタイミング。
伯父さんは洗い物をやめた。
「もう帰るね」
「明日香、冷蔵庫から牛乳出して。後、パンを2枚トーストして……あっ、フライパンも用意しておいて。卵焼きを焼くフライパンな」
そう色々指示しながら、ボールに卵を2個割り、溶き始めた。
たくさん並んだ調味料の中から塩と砂糖を取り、パラパラと入れて、私が渡した牛乳を加えた。
「フライパンに火、入れといて」
私は壁に掛けてある四角いフライパンを取り、ガスコンロのスイッチを押した。
フライパンに火が通ったらバターを入れ、伯父さんが手慣れた感じで、卵を流し入れる。すぐに卵が踊るようにふつふつとなったら、淵の卵を真ん中に素早く寄せる。寄せると、また卵が淵に流れ出す。その卵をまた真ん中に寄せて……。スクランブルエッグっぽくなった卵をひっくり返して形を整えると、少し厚めの卵焼きができた。
「粒マスタード平気か?」
「うん」
オーブントースターで、軽く焼いたパンには、粒マスタード入りのマヨネーズをたっぷりと塗った。その上に焼いた卵をふんわりとのせて、パンを被せた。
伯父さんが、パンに包丁を入れると、サクッと音がした。
「ちょっとお行儀が悪いけど、ここで食べようか」
と、厨房にあった丸椅子を持ってきて私を座らせた。
「じゃあ……頂きます」
食べると、トーストしたパンの香りがして、中の卵はふわっと柔らかくて、粒マスタードの味が後から口の中を回る。
「美味しい!」
さっきまでのイライラはどこへ行ったのか。
「じゃあ、俺も食べるか」
伯父さんも立ったまま一口食べた。
「前に、お母さんに作ってくれたのとは違うよね」
「ああ、これは明日香が好きそうかなって思って作った」
「どうして?」
「前、テレビで、明日香みたいな若い子たちが、こんな感じのを美味しそうに食べてたからさぁ。今度作ってやろうって思ってたんだ」
「へぇ、そうなんだ……」
素っ気なくしたけど、ホントは少し泣きそうになった。言葉が出て来なくて、そのまま伯父さんとふたり、卵サンドを黙々と食べた。
厨房の壁には、おじいちゃんとおばあちゃんの古い写真が掛けられている。お店のエプロンをして、ふたり並んで笑っている。多分40代くらい? この店を始めた頃に撮ったんだろう。その写真をじっと見ながら……。
「おじいちゃんは、どうしてこのお店を始めたんだろ」
沈黙に耐えられず、思わず聞いた。
「えっ? ああ、ただ単純にサラリーマンよりもサービス業が向いてるからって」
「それだけ?」
「当然、料理も得意だったし……最初は、おばあちゃんは反対してたんだよ。生活一変しちゃうだろ? でも、いざ始めたら、おじいちゃんよりも楽しそうに働いてたなぁ」
そう話しながら、壁の写真を見つめた。
「伯父さんは?」
「えっ? ……まぁ色々あってこの店を継いだだけだよ」
そうだ。離婚してからこの店を手伝い始めて、おじいちゃんとおばあちゃんが閉めるはずだった店を引き継いだんだっけ。私は伯父さんの事はよく知らないけど、そんなに愛想もよくないし、好きでお店をやっているとは思えなかった。
「なぁ明日香、前に、この店の二階に越してきたらどうだって言ったろ?」
「うん……」
「越して来るのは無理でも、せめて夏休みの間だけでも住まないか?」
「夏休みの間?」
「俺もいるし、進学の事は夏休みの間、ちゃんと話し合ってさ」
「……う、うん」
素直に伯父さんに従おうと思った。
実のところ、少し安心した。去年はお父さんが倒れてずっと意識が戻らなくて、ほぼ夏休みは病院にいた。あの頃を思い出して、またお母さんの気持ちがどうにかなるんじゃないかと思うと不安だった。ここにいたら少し……いや、かなりストレスが減るだろう。
「お店、ちゃんと手伝うね」
「変な気ぃ使うな。忙しい時だけ頼むな」
「うん……」
「もっと食べるなら作るぞ」
「……うん、食べたい……」
カラーンと音がした。お客さんがきたようだ。
「じゃあ、また後でな」
「洗い物しとくね」
「だから気ぃ使わなくていいって」
と少し笑って、厨房を出て行った。




