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明日香のあした

 いつもと変わらない日、の筈だった。相変わらず誰とも口をきかず、下駄箱で靴を履き替えていた。靴にはゴミが入っていたので捨てて、そのまま帰ろうとしたら、いつものメンバー4、5人がやって来た。その中には、低学年の頃に仲が良かった子もいた。

 私の前に立ち、通せないように塞ぎ、そのまま下駄箱に身体を押さえつけられた。逃げようとしたけど、動けなかった。

 その後、男子がやっぱり4、5人くらいで倉本くんを連れて来た。


「倉本くんは、小学2年の頃、転校してきた子で、よく教室でゲームの攻略本とか読んでるような子だったの。私、4年の頃、何となく倉本くんって面白い子だね、頭もいいし、いいね、とか言ったの。その事、覚えてた子がからかって、倉本くんを連れて来て……」

 その続きが出て来なくて、暫く黙ってしまった。真田さんと西尾さんはそのまま、私が話すまで待っていてくれた。


「……キスされたの」


 ハッキリと言った。真田さんと西尾さんは「えっ!」と同時にリアクションした。

「みんなの見ている前で、倉本くんも凄く嫌がってたけど、誰かに貸してた攻略本を隠されたとか言ってた……それを返して欲しい一心で、私にキスしたの……攻略本を返してもらったらそのまま帰ってったし……みんな笑ってた。スズメみたいに唇が触れただけだったけど、みんな凄く盛り上がってた……それで……」


 やっぱりその先が出てこなくて、暫く黙ってしまった。


「……でね、その時、誰かが言ったの。次はもっと刺激的な事をやってもらおう! 写真や動画も撮ろうって。私、その時凄く怖くなった……」

 その時、急に西尾さんが泣いた。

「もう! 何でもっと早く転校してこなかったの!」

「でも、頑張りたかったんだよね? 何となくわかるよ」

 西尾さんと真田さんは、必死に私を慰めてくれた。

「今日の私は、あの二人を傷つけてやろうと思ったの。嫌なこと言ってね。でも、逆に自分が惨めな気持ちになって……カッコ悪いね、バカだよ……ね……」


 その時、なぜか西尾さんが私の右頬に、いきなりキスをした。

「えっ!」

 驚いて固まった私に、「キスの浄霊だよ」と言った。

 すると、「じゃあ、私も!」と真田さんは私の左頬にキスをした。

 何だか不思議な雰囲気になった。

「新しい扉が開いたかも……」

 なんて冗談ぽく笑った私に、「それはヤバイ」って西尾さんと真田さんも同時に笑った。

 誰にも話せない。話したくない。恥ずかしかったし、辛かった。でも、今日ここで話す事ができた。

 私はどこかホッとして……。

「聞いてくれて、ありがとう」

「なんでお礼なんて? ねぇ志保」

「そうだよ。こっちこそ話してくれて嬉しかったよ」

 泣きそうになったけど、笑顔でいようと必死で口角を上げた。

「あ、そうだ! 2人に……」

 伯父さんのスマホケースを買う時、雑貨屋さんで見たビーズの髪留めと動物の形の文具雑貨を、西尾さん、真田さん、それぞれに渡した。本当は買うのを迷った。まだ、2人の事を知らないから……。

「マジでぇ! めっちゃ可愛い!」

「ユズ、前にこんなの欲しいって言ってたよね? よかったじゃん」

 西尾さんは即効、髪留めを付けてくれた。嬉しそうな顔を見て安心した。

「私ね、このクリップ集めてるんだよー! パンダとキリン、で、イヌとネコ、ありがとう!」

「でも志保、イヌ持ってなかったっけ?」

「あれは柴犬。でも小谷さんから貰ったのはレトリーバーだし」

「あれって柴犬なの? 秋田犬だと思ってたー」

「あっ、秋田犬もあったよ。どっちにしようか迷ったんだけど」

 自然に言葉が出て来た。その時、3人でずっとこうしていられたらいいなって思えた自分が、すっごくすっごく嬉しかった。もうこんな気持ちになれるなんて思っていなかったから。

 その後、西尾さんのお母さんがジュースとお菓子を運んできてくれて、中庭でずっと好きな音楽とか映画とか、今一番面白いと思うお笑い芸人さんとか……とにかく他愛もないおしゃべりが止まらなかった。


 時間を忘れて話しているうち、すっかり帰るのが遅くなってしまった。

 昼過ぎに出て来たけど、もうとっくに7時を回ってしまい。お母さん、心配してるかも……そんな事を思って急いで戻ったら、閉店の時間にはまだ早い筈なのに、なぜか『close』の札が掛かっていた。

 ドアをそっと開けると、数人の大人たちの笑い声がする。

「ただいま……」

 カウンター内にお母さんと伯父さんがいて、前にトシさんと芙美さんが座っていた。

 私が帰って来たのに気が付くと、4人で一斉に「おかえりなさい」と、いつもよりテンションが高めだった。

「伯父さん、お店閉めるの早くない?」

 とカウンターを見ると、ビールとちょっとしたおつまみっぽい揚げ物やチーズが並んでいた。

「ああ、ちょっと今日は早めに閉めたんだ。 俳句の会の皆さんが帰ってから、殆どお客が来なくてさ」

 伯父さんはすっかり酔っている感じで顔が赤かった。

「それで丁度トシさんと芙美さんが来てくれたから、もう閉めようって事になってね」

 お母さんはお酒自体飲めるけど、今は薬を服用してるからお酒は飲めないはず。だからグラスに入っているのは多分、ウーロン茶だよね。でも酔ってるみたいに楽しそうに笑ってる。

「明日香ちゃんも座って!」

 芙美さんは普段と変わらないけど、声がいつもより高い感じがした。

「私の隣にほらほら!」

 トシさんが私に手招きをした。やっぱり酔ってる感じ?

 私はちょっと引き気味でトシさんの隣の席に座った。

「明日香、帰りが遅いから心配してたのよ」

「そうそう、受験生が気を抜いちゃダメよ! 後で数学やる?」

「何言ってんのよ芙美! 酔っ払ってんじゃないの」

「明日香、酔っててもいいから教えてもらえ!」

 うわっ、ちょっと面倒くさい感じがしたから、着替えて来るとか言って上へ逃げよう。

「じゃ、じゃあ私、着替えて来るね」

 と席を立って、二階へ上がる階段へと向かった。

「あれ? 明日香、髪切って来たの?」

 お母さんそう言うと、伯父さんと芙美さんとトシさんが、さっきまで気が付かなかったのに、私の髪型を褒め始めた。

「ああ、可愛くなったな」

「なんか、おねえさんっぽくなったんじゃない?」

「明日香ちゃんは顔が小さいからどんな髪型も似合うわね」

 ちょっと恥ずかしくなった。西尾さんのカットには満足しているけど、可愛いとかおねえさんっぽくなったとか思わないし、顔も小さい訳じゃないし……。

「そうだ、カット代ってあったの?」

 伯父さんのプレゼントを買うお金以外それ程お金を持って行かなかったと思い、お母さんが心配そうに聞いてきた。

「あっ……と、友達の家に寄ったら、友達がね、切ってくれたの」

 そう答えたら、なんだか急に顔が赤くなるのを感じて、階段を一気にダダダッと駆け上がった。「友達」って単語が、くすぐったかった。

 その後お店の方から、酔っ払いの大人たちがやたら「かんぱーい」と、何やら盛り上がっていた。

 着替えて暫くして、お店の方へ下りて行こうとしたけど、このまま上にいようかな……大人同士で楽しそうだし……。でも、「明日香ちゃん……」と階段の方から声がした。

 ひょいと覗き込むと、階段の途中でトシさんが手招きをしていた。

「晩ごはんまだでしょ? マスターがカレー食べようって」

 そうだ、晩ごはん食べてなかったんだっけ。真田さんと西尾さんとお菓子をたくさん食べたせいか、それほど空腹を感じていなかった。


「明日香の帰りが遅いから、帰ってくるまでちょっとビールを……なんてことになって、結構飲んじゃったよ」

 なんて笑いながら、伯父さんは厨房でカレーを盛り付けていた。

「待っててくれたの?」

「そうよ。トシさんと芙美さんも明日香が帰ったら一緒に食べようって。ほら明日香、運んで」

 お母さんから渡されたカレーをカウンターに並べると、芙美さんが「美味しそう! いい匂い」と嬉しそうに手を叩いた。

 私はトシさんの隣に座って、その隣にお母さん、伯父さんが並んで座って、「いただきます」と一緒にカレーを食べ始めた。

 ここで、私が帰って来るまで待っていてくれたの? 遅くなってごめんなさい……とか言おうとしたけど……。


「うわっ! このカレーめっちゃ美味しい!」

 なぜか、そんな言葉が出たのは、勿論カレーが美味しかったからだけど……。

「そうね、めっちゃ美味しいね」

 とトシさんが私の真似をして笑って、芙美さん、お母さん、伯父さんも「めっちゃ美味しい」とちょっとふざけたみたいに笑った。

 私はその時、温かい気持ちに包まれた。


 その日の夜、隣でお母さんはぐっすり眠っていたけど、私はなぜか眠れなかった。

 明日、家に戻る前に今日買って来たちょっと早めの誕生日プレゼントを、伯父さんに渡そうと思っていた。

 私はそっと静かに階段を下りて、伯父さんがいつも仕込みをしている厨房の調理台にプレゼントを置いた。一応、サプライズってやつだよ。直接渡すのちょっと照れるし。

 このまま眠くなるまでここにいようかな。そう思いながら、お店の窓際の席に座った。

夜中の店内は暗いけど、この席は月明りでほんのちょっと明るい。

 誰も歩いていない歩道を眺めていると、店の前の大きな桜の木が気になった。春になると店の窓からこの桜が見えるから、その頃お店がちょっと流行るって伯父さんが言ってたっけ。


 春か……。


 桜とか気にした事ないけど、私はちょっとだけ想像した。

 例えば、お店を貸し切りにして、トシさん、芙美さん、トシさんの旦那さん、樹利亜さん、真田さん、西尾さん、修くんを招待してお花見をやる。


 その時、私が全てお料理を作る。

 ビュッフェにして……。


 ミルクキャラメルを舐めながら……。

 まず、伯父さんが作ってくれたふんわりとした卵サンド。

 トシさんが作ってくれたツナと紫蘇とわけぎのそーめんチャンプル。

 お母さんが作ってくれた牛小間の肉じゃが。

 スイーツは真田さんと西尾さんと一緒に食べたコンビニのケーキを並べて。

 あっ、今日食べたカレーもいいけど、作るのは無理かな。

 でもお花見にしては地味なメニューだから、やっぱり伯父さんに何か作ってもらった方がいいかも。


「ふあぁ……」


 欠伸が出たからそろそろ寝ようかな……明日の為に。

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