西尾さんの名前
「明日香見掛けたから、ソッコー優子にラインした! ねぇ、早かったじゃん」
優子は本当に急いできたみたいで、額にびっしりと汗を掻いていた。そうだった……この子もユウコなんだ。字は違うけど、西尾さんと同じユウコ。いつも真田さんがユズって呼ぶからユズって名前だと思ってたけど、柚子だって最近知った。
「明日香、久しぶりだね」
私に気付くと、やっぱり仲の良かった友達にするような微笑みを向けた。
「そうそう、聞いた? マリナさぁ、スカウトされたんだよ。高校入ったら事務所の寮に入るんだって!」
「別にスカウトなんて初めてじゃないし」
「そうそう、今までは断ってたんだよね? 親が反対したからね」
そうだ。優子はいつだって、マリナの機嫌を取るように話してた。生まれた病院が一緒で、それから母親同士も仲がいいとか。
「今さぁ、明日香にキレられてたとこ。ほら、小学生の頃のコト」
「何年前? もう昔のことじゃん!」
「今思えばさ、私たちも子供っぽい事したよね」
2人で、まるで30年前の事みたいに話す。
「ねぇ明日香、将来マリナがスターになったら、週刊誌とかに言わないでよー! 私、いじめられてましたーみたいなコト!」
「それは困るなーアイドルはイメージが大切だからー」
そう言うと、思いっきり笑った。何がそんなに可笑しいの?
「じゃ、帰るね」ってそのまま帰ればよかったけど、どうしても何か言いたかった。
「何かさ、ずっとマリナと仲がよくていいよね。いっそのこと、マネージャーとか付き人にしてもらったら? そういうの似合うと思う」
「それ、悪くないかも」なんて、マリナは笑ってたけど、優子の顔はみるみるうちに引き攣って行った。本当は、マリナの子分みたいな自分がどこかで嫌な筈。でも、マリナに憧れみたいな気持ちもある。中学の頃、振舞いがマリナみたいだった。マリナの真似がしたくて私の事いじめてたのかもしれない。
本当にもう帰ろう……。
もうどうでもいいじゃん……自分に言い聞かせた。そのまま、背中を向けて歩き始めたら、優子が追いかけて来た。
「そうそう、聞きたいことあったんだ!」
無視して行こうとしたけど、私の耳元で少し笑いながら言った。
「倉本と付き合ってんの?」
私は驚いて一歩後ろへ引いた。
「マリナ、前話したでしょ? 倉本と明日香のこと!」
「ああ、そうだった! うちらの中学でも話題だったよ」
2人で更に、人を馬鹿にしたような顔で笑った。何か言いたかったけど、何も出てこなかった。
「ダメじゃん。優子やり過ぎだよ」
「だって、明日香が倉本のこと好きだって聞いたからさぁ。応援しただけ!」
最悪。
ただ、逃げるように駅へ向かった。
どうしてまたこんな気持ちにさせられるんだろ……。倉本くんの事は、もう忘れてしまいたい事だったのに……。そう、忘れるんだ!
まっすぐお店へ帰ろうと思ったけど、気が付いたら、他の電車に乗り換えていた。
そして、私の足は西尾さんのお寺へ向かっていた。
多分、今日はみんなで勉強をする日ではないと思う。いきなりやって来て、会いに来たなんて言えない。でも、無性にあの屈託のない笑顔が見たくなった。
お寺の中へそっと入ってみた。
その時、どこからともなく西尾さんの笑った声と真田さんの怒ったような声がする。
「信じらんない! また切り過ぎだよ」
ケープをしたまま真田さんが裏の方から出て来た。
「そんなことない! パリジェンヌ風でおしゃれだって」
真田さんを追いかけて西尾さんが走ってきた。手にはハサミを持って。
私はどんな顔をしたらいいのか分からず、黙ったまま二人をただ、交互に見た。
「ちょっとー、この頭ヘンでしょ?」
少年っぽい髪形の真田さんが泣きそうな顔をしていた。
「そ、そんなことないよ。ボーイッシュで可愛いと思う」
「ホント?」
「ほら、大丈夫だって。志保は頭の形がキレイだからさぁ、ショートが似合うんだよ」
確かに、前のセミロングよりもいいかも。
「ねぇ、小谷さんも切ってみない? せっかく来たんだし」
何か用? とか聞かないの?
「えっ? そ、そうだね」
そう言うと、裏の中庭へ連れて行かれた。
中庭には、自分の部屋から持ってきたであろう姿見と、パイプ椅子があった。そこへ座り、真田さんからケープを取り、私にそのケープを付けて、「よし!」と、霧吹きで私の髪を濡らした。
真田さんは、少し心配そうに見ていた。
真剣な表情で、西尾さんはハサミを走らせた。
美容院へは、お父さんの納骨の前にお母さんと行った。悲しくて学校以外どこへも外へは行けなかった頃、気分転換にサッパリしようって、一緒に出掛けた。お母さんは顎のラインまで切って、私は、耳が丁度隠れるくらいのショートヘアにした。でもそれ以来、美容院へは2人とも行っていない。だからお母さんは貞子みたいだし、私は前髪を自分で切っていた。
「どうかな?」
前に自分で切った不揃いの前髪が綺麗に整い、顎より少し上のボブヘアは、新鮮だった。
「いいじゃん! 小谷さん似合ってるよ」
真田さんが嬉しそうに、なぜか手を叩いた。
「小谷さんの髪はサラサラストレートヘアだからねぇ」
満足そうに西尾さんは私の髪を触った。
「ありがと……何かうれしい」
あれ? なぜか、すごく笑えてきた。どうしたんだろ。
真田さんと西尾さんがびっくりして慌てた。泣きたいはずなのに、どうしたんだろ、笑える。
「ゴメン、笑えるくらい変?」
「ほら、ユズ! あんた強引だったから!」
「違うよ。本当に嬉しいの」
やだ、もうこれからは自分の感情や本音とか、誰かに話したりするのはやめようって思ってたのに。だって、友達なんていらないって思ってたから。
さっき、マリナと優子に向かって、言いたいことを言ってスッキリする筈だった。でも逆に、一番思い出したくない事を言われた。ああ、やっぱり私って、ダメだ……。泣くの通り越して笑っちゃうよ。
「あのね、聞いてくれる?」
それから自然に、転校して来るまでの事、今日の出来事を二人に話し始めた。
「高学年はずっとね、学校へ行くのが嫌だったなぁ……でもね、中学ではなくなるって思ってたの、いじめがね。今日会った子がさぁ、他の中学に行くから、もう大丈夫かなって……でも、無理だった。今日会った子に、いつも引っ付いてた子がいてね、その子と同じクラスになったの。で、また小学校の頃と変わらずいじめられた……あっ、私だってね、いじめられっぱなしって訳じゃなかったの。先生に相談もしたし親にも言ったし、でも、うまくいかなかった……自分の事も色々考えたよ……どっか嫌われるとこあるのかなって……でも……」
「嫌いなら面と向かって言えばいいじゃん! みんなでいじめるなんておかしいよ」
「ユズ、小谷さんの話、途中だよ」
「ゴメン、つい……」
真田さんは黙って聞いてくれて、西尾さんはたまに怒りながら話を聞いてくれた。
「でもね、転校したくなかった。休みながらでも通って、ちゃんと乗り越えたかった……負けるような気がしたし……だけどね……」
この先話す事は、先生にもお父さんにもお母さんにも話せなかった事だった。




