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夏の終わりに……

 夏休みが半分ほど過ぎた頃、バスで会った救命救急センターの看護師のおねえさんが、店に来てくれた。社交辞令ではなかったんだ。

 私はお母さんに、耳鼻咽喉科で受付をしていたお姉さんが、救命救急センターの看護師さんだった事を説明した。

 お母さんはカウンターの中で、その節はお世話になりました。なんて挨拶をしていた。隣でつられるように伯父さんも挨拶をした。

「顔色がいいですね。安心しました」

 と言いながら、カウンターの隅で勉強をしている私の隣に座った。

「勉強してるの?」

「はい、夏休みは補習ばかりです」

「頑張ってね。応援してる!」

 とメニューを見ると、プリンアラモードを注文した。

 おねえさんは、前に会った時よりも疲れた顔をしていた。そして、小さく欠伸をした後、肩を回した。

「お仕事、忙しいですか?」

 とお母さんが尋ねると、ちょっと焦った顔をした。

「あっ、顔に疲れがでてます?」

 即効、バックからコンパクトを出し、角度を変えて顔をチェックし始めた。女子力高めかも。

「大丈夫ですよー看護師さん綺麗ですよ」

「嫌だ、そんなことないです!」

「お綺麗ですよ」

 と伯父さんが、出来上がったプリンアラモードを置くと、とても嬉しそうな顔をした。気のせいかもしれないけど、プリンに添えられてるクリーム、いつもよりちょっと多くない?

「いただきまーず!」

 おねえさんは、子供のようなテンションでプリンを食べ始めた。

「ああ、幸せ! いろいろ吹っ飛ぶ!」

「そんなに美味しそうに食べてくれると、作り甲斐があります」

「甘いもの、大好きなんです」

「この辺にお住まいで?」

「いいえ。今日は明日香ちゃんに会いに来たんです」

「えっ? どうして?」

「どうしてって、もう! 会いに行くっていったじゃん」

「そうだけど……」

「だって、耳鼻咽喉科で会ってて、救命でも会って。それでバスでバッタリ会ったら、何か気になって……」

 実は私も気になっていた。

「来て正解! プリンも美味しいし」

 お店が気に入ったらしく、また来るからと、お店のコーヒーチケットを買ってくれた。

「山田樹利亜さん」

 コーヒーチケットに名前を書き、お店にキープ。華やかな名前だと伯父さんが言うと、苗字が地味だから、親が名前だけでも華やかにしようって思ったんだって、と少し照れたような顔をした。


 補習の最終日、前に受けたテストの結果が出た。私は夏休みの間、自分で言うのもなんだけど、よく頑張ったと思う。ホント必死で勉強した。補習を受けた生徒、ひとりひとり呼ばれて、数学の先生がアドバイスをしてくれた。

「小谷明日香」

 私の番だった。

「よく頑張ったな。まだまだ理解できていないところがあるけど、この調子で二学期がんばってな」

「はい……ありがとうございました」

 と答案をみると、本当に前の期末テストよりもずーっといい結果だった。前がひどすぎたから、今がよく見えるだけなんだけど……。でも、やったらやった分だけ、いい結果に繋がった。

 西尾さんは、ちょっとだけしか上がらなかったとがっかりしていた。

「私、あんまり集中してなかったし、さぼってたしね……でもさ、小谷さん凄いじゃん。だいぶ上がったよね? 本当に一緒の高校いけるかな? 私の志望校よりもいいとこ行くんじゃないの? 置いて行かないでよー」

 西尾さんは、私が一緒の高校へ行くと信じていた。私は一言もそんなことを言っていないのに。

「そうだ、今日うちのお寺で一緒に勉強しない? 志保も来るんだよ」

 悩んだ。

「おいでよーねぇー」

 と、甘えたように私の腕を引っ張った。ドキッとした。

 成績が上がった喜びと、西尾さんの勢いで私はお寺に寄った。


 本堂で、5、6人の小学生の子たちとワイワイやりながら、まるで寺子屋の様に真田さんが勉強を教えていた。

「来たんだー!」

「志保志保―!小谷さんね、また成績超上がったんだよ」

「そうなんだー良かったじゃん!」

「やっぱり真田さんのファイルのお陰だよ。ありがとう」

「だから違うって。全部小谷さんのチカラだって」

 前よりすんなりと話せた。

「あのさぁ、ちょっといいかな?」

 いきなり、西尾さんが遠慮がちな口調になった。

「なに?」

「最近前髪、切ったでしょ? 自分で」

「えっ、ちょっと前に切ったけど。ああ、失敗したの分かる?」

 実はずっと美容院へは行っていない。前髪が伸びたら自分で切っていた。最近肩まで伸びた髪は一つに纏めている。

「ちょっと切らしてほしいんだけど」

「ああ始まったー今度にしたら? 今日は勉強しないと!」

 真田さんが呆れた顔で西尾さんを見た。

「西尾さん、髪を切りたいの? 私の?」

「うん。私ね、美容師になるのが夢なの」

 西尾さんはいつも長い髪を、器用にお団子にしたり編み込んだりしていた。たまに真田さんの髪の毛も切ったりするらしい。

「一度ね、すっごく短くされちゃってさぁ」

「あの時はゴメン、でも春休みだったからいいじゃん」

「春休みなんてあっという間でしょ。暫くピンで誤魔化して生活してたわよ」

 どうやら高学年から、真田さんは西尾さんの実験台になっているらしい。

 横で真田さんが「嫌なら断りなよ」と笑っていた。

「坊主の娘が美容師になりたいなんて笑えるよね」

「そんなことないよ。夢があるって羨ましいっていうか……」

「小谷さんはないの? あっ、私もないけどさぁ」

「志保は動物のお医者さんになるんじゃないの?」

「うーん……よく考えたら、命を預かる仕事じゃん。私に出来るのかな。最近自信ないわ」

「大丈夫。もしもの事があったらうちのお寺、動物の供養もやってるし」

「うわっ、なにそれ、笑えない!」

 真田さんと西尾さんは本当に仲がいい。どちらかが、もしいじめに合ったら、きっと助けるにちがいない。私にとってそんな友達はいなかった。

 真田さんと西尾さんがじゃれ合っていると、小学生の男の子が「勉強しないの?」と冷たい視線をふたりに向けた。真田さんは素早く「じゃ、さっきの続きね」なんて言いながら男の子の隣に座った。私は西尾さんに促されて空いている所に座った。

 長い机に、みんなで並んで一時間程の勉強を終えた頃、西尾さんがアイスクリームをそれぞれの席に配った。みんなこのおやつタイムが楽しみみたいで、「待ってました!」と盛り上がっていた。

 西尾さんのストロベリー、真田さんのチョコミント、私の抹茶のアイスクリームを、それぞれ回して食べながら、今年の夏休みはどこにも行かなかったから、来年どこか行きたいね、なんて真田さんと西尾さんが話していた。来年はどうなってるんだろ……。でも、もし卒業して、ふたりに会わなくなっても、それでもいい。この瞬間がとても楽しかったから……。

 この日、私は決めた。

 必死で勉強して、自分がちょっと無理だと思う高校を受験しようと。

 

 お母さんに報告したら、わりと淡々と「あ、そう」と言った。凄く喜んでくれると思ってたから拍子抜けした。

「お母さんはね、明日香が選ぶ方を信じるだけだから」

「じゃあ、私がなにもしないで引きこもったら?」

「そ、それは……ちょっと困るけどね」

 その時、伯父さんが帰って来た。

 伯父さんは15年ぶりに修くんに会う為に出かけていた。朝から緊張して、何度もトイレに行っていたから、お母さんが心配していた。

「早かったわね、おにいちゃん」

「うん。何かさ、何話したらいいのか分からなくて……ただ飯食って帰って来た」

「それでいいの?」

「そうだよ、伯父さん。今日は遅く帰って来ると思ってたのに」

「……また会おうって約束はしてきたけど……」

 また会う約束をしてきた割りに、何か元気がなかった。

「舞衣子が……再婚するって……言ってた」

「舞衣子って誰?」

「ああ、元奥さんよ」

 あれ? どうしたんだろ。伯父さん、めっちゃガッカリしてる?

「おにいちゃん……もしかしてまだ未練が?」

「ま、まさか、そ、そんな事ないよ……」

 伯父さんの目は死んでいた。

「多分、その報告もしたかったから会おうって言ってきたのかもな」

「でも、また会うんでしょ? 再婚したら会っちゃいけないって言われた訳じゃないんでしょ?」

「うん……」

「それならいいじゃない、で、修くんは? 今、高校生でしょ? 背とか抜かされてたんじゃない?」

 お母さんが必死で元気づけていた。

「ああ一緒に写真撮ってきたんだよ、見るか?」

 スマホで撮ったツーショットを、お母さんと私に見せてくれた。

「まぁ、修くん、カッコイイわねー」

「伯父さんに似てるね」

「やっぱりそう思うか……」

 離れて暮らしていても親子って似るんだ。当たり前か。

「来年は大学生だ」

 元奥さんが再婚するのはショックだったのかもしれないけど、写真で修くんと写っている伯父さんは、凄く幸せそうだった。

「よかったね、伯父さん!」

「ありがとう、明日香」

 その時、高校へ行くと報告したら伯父さんも喜んでくれた。

 ああもう少しで夏休みが終わる。この店の二階に住むのも終わる。何かさみしいなぁ。

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