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芙美さんとお勉強

 土曜日のランチタイムが終わった頃、芙美さんがお茶を飲みに来た。

 トシさんは、ご主人の病院へ行っているらしい。店を手伝っていたお母さんは、カウンターの中、やっぱり深々と頭を下げて芙美さんに挨拶をした。

「本当にトシさんには色々とお世話になって……」

「いえいえ……そんなご丁寧に……。あの、多分同世代ですよね?」

 その時、芙美さんはお母さんより一つ年上だと知った。老けて見えるとかじゃなくて、お母さんよりしっかりとした感じ。そう、キリっとしてる。

「あの、明日香に勉強を教えて下さるとか? すみません。私が教えられたらいいんですが」

「やだ、お母さん、今すぐって訳じゃないよ」

「いいわよ。今すぐだろうが、いつでもいいわよ」

 と、カウンターの端から店の一番隅の目立たない席に移動した。私は真田さんのファイルを持ってきて、芙美さんの前に座った。

「よ、よろしくお願いします」

 変に畏まって、ペコリと頭を下げた。

 誰かに勉強を教えてもらうなんて初めてだから、何だか緊張した。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 芙美さんは、ペコリと頭を下げた私の真似をした。

「明日香ちゃん、そんなに畏まらなくていいからね」

 そう言いながら、「ちょっと見せてね」とファイルを見た。

「私のじゃないですけど」

「ああ、友達の?」

 黙ってしまった。友達って思っていいのか、友達って思ってくれてるのかな?

「きちっと纏めてあるわね、感心……」

「そうなんです。すごく分かりやすく書いてあるんです。でも、私の理解力がイマイチなので、これでも分からない箇所があるんですけど……」

 どうしよ……ここまで書いてあるのに分かんないの? やっぱりバカじゃんって思われるかな。

「分からないって事はいいこと!」

「ひょっとして6年生より5年生から始めなくてはいけないかもしれないんです」

「大丈夫大丈夫!」

 特に数学……いや、算数が苦手なので、算数から教えてもらう事にした。芙美さんはとにかく話を聞いてくれる。どこがどう分からないのか、どんなに小さな事でも理解するまで説明してくれた。学校の補習が始まる前に、少しでもついていけるようにしなくては。


 店を閉めると、伯父さんが店の手伝いとかいいから勉強しろって言う。お母さんも店は自分が手伝うって言うけど、久しぶりに働くお母さんが張り切り過ぎてしまうのではないかと心配だった。

 二階の六畳間で、お母さんは先に眠っていた。やっぱり疲れたんだよね。

「ねぇ、トシさんも芙美さんもいい人ね」

「びっくりした! 起きてたの?」

「うとうとしたけど、明日香とちょっと話したくてね。待ってた」

 隣の布団に入って、お母さんと向かいあった。

「本当はね、トシさんとは、お母さんが運ばれた夜、病院で知り合ったの」

 あの日の夜の事を話した。

 変な話だけど、お母さんが救急車で運ばれていなかったらトシさんとも芙美さんとも出会わなかったんだな、とお母さんに言ったら、「じゃあ運ばれて良かったわ」と笑った。そんな冗談が言えるようになったのかな、とちょっと嬉しい気持ちになった。

「聞いていい? 高校に行く気になったから勉強してるんだよね?」

「分かんない。でも、クラスの子がね、気にかけてくれるから、応えたいなって」

「そう……」

「でも、学校って私にとっては、ほぼいい思い出がないから……」

「うん」

「お母さんが言ってたように、通信とか、勉強しようと思ったら選択肢があると思うし……」

「……明日香、何でも話してね。お母さんがこんなんだから言えない事もたくさんあると思うけど、でも……話してね。そうじゃなかったら、お母さん何のために生きてるのか分からなくなるわ……」

「……やめてよ。そんなふうに言わないで」

 私のためだけに生きてるなんて、やめてほしい。ちょっと重いし辛い。でも、今の私ってどうだろ? 多分、自分のことよりお母さんの事考えてるのかも。それってやっぱり重いし辛いのかな? でもね、一人では生きていけない。もしお母さんがいなくなったら私どうなるんだろ? 伯父さんを頼る? そんな訳にはいかない。だから、やっぱり頑張らなくちゃいけないんだ……。


 芙美さんには、週末に時間がある時に勉強を教えてもらう事になっていた。

「あの……ちょっとひとつ聞いてもいいですか?」

 ずっと芙美さんに聞きたい事があった。

「勉強のことではないんですけど……」

「何でもどうぞ」

「不登校だった時期があったって……」

「ああ、うちのお母さんから聞いたの?」

「はい……」

「ああ、もう随分昔の話だね。そうそう、行きたくなかったー学校!」

「でも、どうしてまた通えるようになったんですか? 私、芙美さんの強さが羨ましいと思ってて……」

「違うよ。それはね、私をいじめてたリーダー的な子が転校したって聞いたからよ。その子が転校したらみんな私をいじめなくなった、ただそれだけの事。だから強くなんかないのよ」

 そう言ってから、急に思い出し笑いをした。

「その頃ね、たまたま読んだ本にね、「嫌な奴を消しちゃうおまじない」とか書いてあって、もう私毎日そのおまじないやってたの! そしたらその子引っ越してね。まさか、って思った」

 そんな事ってあるのかな。まさか多分偶然? でも、本当におまじないが効くってこともあるのかな?

「でもね、いま思えば一心不乱にそんなおまじないを唱えてた自分って、相当追い詰められてたんだな、とか思うのよ」

「私もきっとそのおまじない、やっただろうな……もう一生懸命、毎日……」

「明日香ちゃんは今、あんなファイルを貸してくれる友達がいるんだから、いいじゃない」

「えっ?」

「私はね、いじめられて以来、人と深く関わるのが怖くて、友達がいなかったのよ。上辺だけ話す子はいたけど、でも心を許せる子はいなかった」

「……私も……まだ心は許せてません。怖いんです」

 同じ体験をしていた人にはこんなに素直に話せるんだ、って思いながら話す。でも、芙美さんみたいなしっかりとした人に私はなれるのかな……。

「そういえばね、卒業式の日に、私をいじめてた子たちが先生と一緒に謝りたいって言ってきたの」

「えっ……先生も一緒に?」

「もうね、空気がさぁ、「分かったわ。あなた達を許します。高校行ってもお互いに頑張ろう」とか言ってほしい雰囲気なの。私、その空気に負けてしまいそうな自分が嫌で、「許さない!」って言っちゃった」

「うわっ、何か凄い」

「でもね、家に帰ってから、ああ私のこういう所がいじめられた原因なのかなって悩んだり……でも私が自分を偽って、水に流すって言ってもそれは嘘だし……」

 芙美さんは頬杖をついて暫く黙った。

「結局さ、いじめてた方もいじめられてた方も、モヤモヤするわけよ。そりゃ私が許すって言ったら丸く収まったかもしれないけど……収めたくなかった」

 そうだ、私が転校する日、教室でみんなに挨拶をした後、下駄箱に向かう途中で、クラスで一番気の弱そうな子が追いかけて来て、私に、「ゴメンね。見て見ぬふりして」って言ってきた。私は何て言っていいのか分からなくて、そのまま振り向きもしなかった。でも後で、「いいよ」って言うべきだったのか、悩んだ。あの子にいじめられていた訳じゃないのに……。

「たまにね、あの頃いじめに耐えた自分がいるから今の自分がある、とか言う人に会うと、ああ、こういう人もいるんだって思うし、昔はいじめられていたけど、今は地元の飲み友達です、とか、仲良しになっちゃう人もいるしね」

 今のところ、私はどっちの人にもなれそうにない。

「まぁ明日香ちゃんは大丈夫よ。こうして勉強してるって事は、すごくポジティブなことだし、それは友達の存在が大きいからじゃない?」

 黙って頷いた。真田さんも西尾さんも好きだし、また話したい。だけど今の距離がいいのかもしれないって、まだそう思ってしまう。

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