墓地で肉じゃが
私に肉じゃがを温めてくれた後で、お母さんはまた新たに肉じゃがを作り始めた。今度は豚小間で。
私は温めてくれた肉じゃがを食べながら、キッチンに立つお母さんを見ていた。
雪平鍋にキャノーラ油を入れて、豚小間を炒める。その後に、じゃがいも、人参、玉ねぎを入れて……。
予め、茹でておいたザルの中の糸こんにゃくの水を、さっと切っているお母さんに質問した。
「糸こんにゃくって茹でるの? 私、全部一気に入れて煮込むと思ってたから、前に作った時もそうしちゃった」
「こんにゃくは臭みを消すために下茹でするのよ。それに味も染み込みやすくなるし」
そう言いながら、水、砂糖、酒、みりん、顆粒だしを目分量で入れた。
「スプーンで測らないんだ」
「大体分かるのよ。下手に測るとダメなの、私の場合はね」
沸々してきたら灰汁を取って、その後に茹でた糸こんにゃくを加えて落し蓋をした。弱火にした後、私の向かいに腰かけて、「私も食べるね」と温めてくれた肉じゃがを一口食べた。
「お母さんも肉じゃがは豚よりも牛の方が好きかも……だからこれからは牛小間にしようか?」
この日のおかずは、肉じゃがしか作っていなかったようなので、私とお母さんはひたすら肉じゃがを食べた。
「うーん嬉しいけど、でも、経済的に考えたら豚小間じゃない?」
「まぁね……それならたまーに、牛小間で」
二人で、材料に火が通るのを黙って待った。
「そろそろいいかな……」
蓋を開け、材料に火が通ったのを確認すると、サッとしょう油を入れて再び蓋をした。
「ねぇ、しょう油は何で最後?」
「風味がよくなるのよ。味も決まるしね」
「そうなんだ。前に作った時、適当に調味料一気に入れて煮ただけだったんだよね」
「お母さんのレシピも適当よ。作り方は家庭によっていろいろ違うからね」
5、6分程煮込んだ後、出来上がった肉じゃがの鍋を2人で覗き込んだ。凄く美味しそうだった。きっとお父さん喜ぶよ。
「あっ、忘れてた」
お母さんは仕上げのインゲンを慌てて茹で始めた。
次の日、朝早く起きてお父さんのお墓に出かけた。電車で1時間、バスで30分。
電車の中は、座れるくらいなのでそんなに混んではいなかった。2人掛けの席に、お母さんと並んで座り、お母さんは景色を眺めていた。
「お父さんの納骨の時はタクシーでお墓に行ったから、この電車に乗るのは久しぶりだね」
「そうね」
段々自然の多い風景が見えて、ああ、この電車に乗ってお墓に行ったのは、一昨年のお盆だったっけ……お父さんとお母さんと三人で。
あの頃は前の中学で悩みを抱えていて、私は暗かった。おじいちゃんとおばあちゃんのお墓の前で、手を合わせて願った。「助けて」って……。ホントは亡くなった人にお願いごとはしてはいけないらしい。お願い事は神社なんだって。でも私は、いるかどうかも分からない神さまに願うより、会った事ないけど、血が繋がっている、おじいちゃんやおばあちゃんの方が、私を助けてくれるかもしれないって、本気で思ってた。
「おじいちゃんは66歳で、おばあちゃんは45歳で死んじゃったんだよね」
「そう。おばあちゃんはガンで、おじいちゃんは昔から肺が悪くてね」
「短命の家系なのかな?」
「さぁ……でもお父さんのおじいちゃんは元気で90歳まで生きたらしいから、そうでもないんじゃないの」
初めてお墓参りに行った日、お墓に刻まれた年齢が気になっていた。その頃私はまだ小さかったから、おじいちゃんやおばあちゃんが40代や60代で死んじゃったことを深く考えたりしなかった。でも、お父さんが死んじゃってから、なんだろ……やっぱり神さまっているの? って思った。
「ねぇ明日香、聞いてほしい事があるの」
お母さんは、まだ腫れているショボショボした目で、私をしっかりと見た。
「何?」
「昨日、急いで物件探したから中途半端なとこに越してきて……なんて言ってたけど、それは違うわ」
「だけど、本当に急いで探してたじゃない」
「急いでたけどね、でもお父さんは明日香が高校に入る頃、あの町で家を買おうって言ってたのよ」
「うそ……そんな話、初めて聞いた」
今住んでいるマンションから、歩いて十分ほどの場所に、新築の家が何戸か建つ予定の場所がある。お父さんは将来、そこで暮らしたいと思っていたらしい。
「あそこはね、お父さんが大学時代、アルバイトしてた工場があった場所なんだって」
「あんなとこに工場があったの?」
今はコンビニや歯医者さん、携帯電話ショップが並んでいる。
「その頃まだあの辺は、家もマンションもなかったみたいだけど、何か長閑で、子供の頃、少しの間だけ住んでた町によく似てるんだって」
よくお父さんが言ってた。おじいちゃんの仕事の都合で、転勤が多かったから、子供の頃は転校ばっかりだったって。
「どうして、お父さん話してくれなかったのかな……」
「もし、明日香が気に入らなかったら、また他を探すつもりだったの。お父さんが気に入ってるって聞いたら、明日香が嫌でも我慢するでしょ?」
「……そんな事ないけど……」
でも今は、お父さんはいない。お父さんがいなきゃ、どんないい町でも意味ないよ。
「だからね、自分が悪いって言わないでほしいの。明日香がそんな風に思ってるなんて、お母さん凄く悲しい」
「それはお互い様だよ」
お母さんとちょっとだけ笑い合って、窓の外の風景を眺めた。
「龍水霊園前」に向かうバスの中、お母さんも私も段々無口になっていた。
小谷家のお墓は、バスを降りてから15分ほど歩いた第七墓地にある。その日は、最高気温が35度で、辿り着くまで結構汗を掻いた。持って来たハンカチがビチョビチョになったから、タオルを持ってくればよかったね、なんて話しながらお墓に到着した。
お母さんと私は、納骨してから、ずっとここには来ていなかった。おじいちゃんの名前とおばあちゃんの名前の横、お父さんの「孝之」の名前を見るのが辛過ぎて……無理だった。
「私ね、ホントはまだ納骨してほしくなかったんだ……まだお墓に入ってほしくなくて……」
「お母さんもだよ」
「でも、ちゃんと納骨しないと、成仏できないから、ちゃんとしようってお母さん言ったよね」
「うん……でも無理してた」
「……そうだよね……」
「明日香と、強く生きて行こうって思ったのに……でも……全然ダメだったね」
お母さんは自信なさげに俯いた。でもその時、風がサラッと吹いて心地よかった。お父さんはここにいるのかな? でも、何かの歌では、お墓にはいないっていってるよね……。でもお父さんを想う時、お墓にも、家にも、学校にも、傍にいるのかもしれないね。
「さぁ明日香、お参りをする前に、掃除をさせてもらおうか」
「うん!」
久しぶりに来たので、先ずお墓の掃除をした。草も生えていて、結構ぼうぼうだったので毟った。そして、お花を供えて、お線香をあげた。
「お父さん、一緒に食べよう。あっ、おじいちゃんもおばあちゃんも!」
とタッパーに入った肉じゃがを、お父さんがいつも使っていた食器に盛り付けた。
「今日のは、美味しく出来たと思いますよ、どうぞ……」
お母さんはやっぱり少し泣いて……。でも、前とは違う涙だと思う。
お父さん、これからまた、ダメな時があると思う。私もお母さんも……でも、何とかやってくから……見守っててね。
またサラッと風が吹いて、汗を掻いた頬に優しく触れた。




