思い出の味
伯父さんの店に行くと、早速伯父さんと2人で、20人分のサンドイッチを作り始めた。
おねえさんから貰った桃は、作業が終わったら食べようと、伯父さんが冷蔵庫へ入れた。
「そうだ、後で久々に桃のパフェを作ってやろうか」
「久々?」
「覚えてないか……明日香が幼稚園くらいだったっけ、昔、まだおじいちゃんがこの店をやってる頃、季節限定メニューで桃のパフェがあったんだよ。その桃のパフェを明日香が美味しそうに食べてて」
「……そうだっけ?」
ああ、うっすらと覚えているのは、クリームソーダ、チョコレートパフェ、プリン、アイスクリーム……小さい頃、おじいちゃんやおばあちゃんが作ってくれた。
この店に来て、どこかでホッとする感じは、その時の記憶のせいかもしれない。
「お母さんの具合はどうだ?」
「うん、今日ね、来たがってたんだよ。でも……」
パンに辛子マヨネーズを塗りながら、昨日の肉じゃがの話をした。
「そうか、煮崩れした肉じゃがか……そういう事ってあるのかもな……何かなぁ、分かるような気がするよ」
伯父さんは、離婚して家を出て行く日、修くんと一緒に食べたプリンが忘れられないと言う。
「子供が好きな、甘―いプリンでさ、スーパーで未だにあのプリンを見ると、胸が苦しくなるよ」
そうだ、食べ物って結構記憶に残るものなんだ。でもそれは幸せな思い出だけじゃなくて、悲しい思い出や苦い思い出やいろいろあるんだね。
サンドイッチを作りながら、もしかしてこのサンドイッチが、縁起でもないけど、誰かの最後に食べたものになったとしたら? そう思うと丁寧に作らなくちゃって思う。
あの日以来、学校での私は、一部の子たちから陰で何をしているのか分からない、そんな怪しいイメージが付いてしまった。たまに、他のクラスの悪ぶっている子たちに、ガンを飛ばされたりする。当然見ない振り。
放課後に帰り道で、他のクラスの女子ふたりに絡まれた。前髪ぱっつんと巻き髪ツインテールの女子だった。
「ねぇ、あんたさぁ、いろんな薬持ってるって本当?」
前髪ぱっつんが私の前を塞いだ。
「いいえ……持ってないです……」
「私、最近眠れないんだよね。なんとかしてくれない?」
巻き髪ツインテールが、飴玉を舐めながら、私の耳元で囁くように言った。その時、飴玉が桃味だったらしく、ふわっと桃の香りがした。
「無理です……」
「えー、ちょうだいよー」
ふたりでニヤニヤしながら、私をからかうような態度で迫ってきた。怖い……。
その場から、逃げる様に立ち去った。後ろから、ハハハ……っと思いっきり笑った声が聞こえて来た。
走りながら、何だか悲しくなった。それと同時に、これをきっかけにまたいじめられる? 不安な気持ちだったけど、巻き髪ツインテールが舐めていた飴玉の香りが、昨日伯父さんの店で食べた桃のパフェを思い出させた。
よく冷えた桃はとても甘くて、そのまま食べてもよかったけど、バニラアイスと一緒に食べたら、より一層美味しかった。伯父さんも、季節限定パフェを復活させようか、と言っていて、私は大賛成で、ぜったいお客が増えるよ、なんてちょっとはしゃいで話していた。そんな事を思い出しながら、通学路を歩いた。気が付いたら、少しだけ不安な気持ちが飛んでいて、私は何とか元気に家に着いた。
「ただいま!」
と玄関ドアを開けると、お母さんが私を待っていたかの様にやって来た。
「おかえり……ちょっと話があるの」
どこか深刻な顔をしていた。
ダイニングテーブルを挟み、いつもの席に座り、お母さんはふたつのコップに麦茶を注いだ。
ああ、大体想像はついた。
「お母さんね、担任の先生に電話をしたの。やっぱり進路の事が気になって」
「……うん」
「何で黙ってたの?」
「お母さん、心配すると思って」
「するわよ。でも……母親の私が何も知らなくて、見ず知らずの人が学校へ行くなんて……」
「トシさんの事、話した事あるでしょ?」
「それでも、お母さんが行かないと……」
お母さんがショックを受けるのは当然の事だった。
「さっきお店に電話したら、明日香は私の為を思って言わなかったんだから、怒らないでくれって……」
「いつか、ちゃんと話そうって思ってたよ」
「いつか?」
大袈裟な言い方かもしれないけど、お母さんはこの世の終わりの様な、凄く絶望したような顔をした。
「ちゃんとしないと……」
そう言って席を立った。
「その……村木くんのお宅に連絡して、謝りにいかなきゃ」
「何で謝るの?」
「お母さんは明日香のこと信じてるわよ。それに、そもそもお母さんが悪いの」
「悪くないよ!」
「だって、あなたに薬を管理してもらわなくちゃいけないような、こんな暮らしをしてるお母さんが原因なんだから」
「もう、そんな事言わないでよ」
「でもね……」
「とにかく! 今回は私のカバンから村木くんが薬を盗んだってだけで……」
「盗むって……」
「だって、持ち物検査の時、私の後ろにいたんだよ。あの日は体育の授業があって教室を離れてた隙にたぶん……」
「いつ盗まれたとかじゃなくて、今はその村木くんの所に謝りに行かなくちゃ……」
「だから、何を謝るのよ! 私何も悪くないじゃん!」
理由はどうあれ、親として謝らなくてはいけない、そう思うのは分かる。でも、私はお母さんが頭を下げに行かなくちゃいけない事は何もしていない。また、お母さんは自分を責めだす。こんな私が悪い。原因はこうだから私が悪い。
そう、私もたまに思う。前の学校の担任に言われた事がある、「いじめられるのには自分にも覚えがある筈だ。100パーセント、向こうが悪い訳じゃない」と。でも、ずっと考えてきた。転校する時も友達だと思ってた子に聞いた。でも「分かんない」って言われた。その言葉がずっと頭を駆け巡る。駆け巡った言葉は、もう頭の中で納まりきれずにあふれ出した。
「もうさ、私だって辛いんだよ……お母さんはいつも自分の事いろいろ責めるけど、私だって……もう……」
言っちゃ駄目だよ。そこまでにしとかなくちゃ! でも止まらなかった。どんどん噛まずに言葉が溢れだした。
「私、お父さんが死んじゃった時ね、私の責任だって思ったの。きっとお母さんもそう思ってるんじゃないかって!」
「そんなわけないじゃない……」
と言うお母さんの言葉を遮った。
「だってここに引っ越してきて、お父さんの職場が遠くなったじゃん。急いで物件探したから中途半端なとこに越してきて、お父さんは30分早く起きなくちゃいけなくなった。仕事も忙しくなってたから、だから疲れがたまって急に倒れて。だから、転校したいなんて言ってごめんね。私が悪いの! お母さんじゃなくて私が悪いの!」
「それは違うよ、明日香!」
「そうなの! ずっと心のどこかでそう思ってた!」
自然に泣けてきた。涙と一緒に、言葉がどんどんどんどん……。
「辛いの……学校も楽しくない、だから高校も行きたくない! 働くって言ったけど、何していいか分かんない! 本音を言うと、今は何もしたくない! 考えたくない! 何もかも嫌なの!」
お母さんも泣き出して、「ごめんね、ごめんね」と言って私を抱きしめた。
「煩い! ごめんねはもういい!」
お母さんの手を泣きながら振りほどいた。でもお母さんは、私がどんなに振りほどいても、何度も私を抱きしめようとした。
暫く、ただ、ふたりで泣いた。
どんだけ泣いたのか、時間が分からない。でも、気が付いたらすっかり暗くなっていた。
お母さんはまだ洗濯物を取り込んでいなかったみたいで、ベランダではバスタオルが揺れているのが見えた。私は洗濯物を取り込んで、畳もうと思ったけど、イヤになってそのまま床に放り投げた。
「なんか……疲れたな」
そう呟く。泣くのって体力がいる。すごく疲れる。
お母さんは泣き疲れてソファに寝ていた。
お腹が「ぐう」と鳴った。ああ、あれだけ泣くとやっぱりお腹が空くみたいだ。何かあるかな? カップラーメンもなくて、冷凍庫にはスパゲッティもなかった。面倒だけど、何か買いに行こう。でも、喉が渇いたから冷蔵庫から麦茶を出した。その時、冷蔵庫に雪平鍋があるのが見えた。ドキッとした。
雪平鍋を冷蔵庫から出して、そっと蓋を開けた。そこには、肉じゃがが入っていた。
「あっ!」
思わず声が出てしまった。
我が家の肉じゃがの肉は、豚小間か切り落とし肉だ。牛肉の時もあるけど、お父さんは豚小間派だった。でもこの肉じゃがは、牛小間だった。
温めて食べたかったけど、お腹が空いているのもあり、早く食べたかった。私は床に座ったまま、一年ぶりにお母さんの肉じゃがを素手で食べた。
よく冷えた肉じゃがは、意外と美味しかった。口の中で噛んだじゃがいもが優しく崩れ、最初に甘さを感じ、その後の醤油の味がご飯を欲しくさせる。
「温めようか」
振り返ると、目をパンパンに腫らしたお母さんが立っていた。
「……作ってくれたの? 辛いのに……」
「だって……明日香、食べたいって言ってたでしょ?」
「牛小間……なんだね」
「明日香の為に作ったんだよ。だって明日香は牛小間の方が好きじゃなかった?」
私はそのまま肉じゃがを食べ続けた。
「いいのに……自然に作れる日まで……私待つのに」
「ダメだよ。お母さん甘やかしたらどんどんダメになるから……」
私が無理をさせたのかな……。心配だけど、さっき、自分の気持ちをぶつけてすっきりした? 違うな……自分の気持ちに気付いて楽になったんだ。
「そうだ、お父さんのとこに持ってこうよ」
「えっ?」
お母さんは首を傾げた。




