縁側でそうめんチャンプル
「うち来ない?」
「えっ? ……うちって?」
「ここからね、10分程歩くと私の家」
行くなんて言っていないのにトシさんは、先に歩き始めた。
私の家とは反対方向だった。
「トシさん、私帰るから」
そんな私の言葉も聞いてない感じでどんどん歩いて行くから、仕方なくついて行った。
10分程とか言ってたのに、15分以上は歩いたと思う。
トシさんの家の辺りは、新しい家と昔から住んでいる家が混ざっているような所で、道で子供連れの若いお母さんに会うと、子供の名前を親しそうに呼び、挨拶をしていた。
「ここ数年で田んぼが無くなって、新しい建売住宅が建ってね、若いご夫婦が増えて活気づいてるの、この辺」
さっき泣いていたのは嘘の様に、いつものトシさんになっていた。
「着いたわ」
トシさんの家は古い瓦屋根の和風の家だった。門を入ると通路にお花が植えてあった。鍵を開けて、引き戸の玄関ドアを開け、「どうぞ」と私を招いた。
茶の間は、昔おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた部屋を思い出させた。薄型テレビが部屋の角にあって、サイドボードの中に湯呑茶わんなどが並んでいる。木目のテーブルの上にはリモコンがふたつ。
「暑いでしょ?」
と壁に掛けられたリモコンをピッと押した。
「座ってて、お茶でも……あっ、お腹空いてる? 何かつくろうかしら」
「いいえ、大丈夫です」
「遠慮はしないしない。どうせ、そうめんくらいしかないしね」
と台所の方へと入っていった。
私は初めてきた家の茶の間に、ひとりいるのが心地悪くて、台所を覗いた。
「手伝います……」
トシさんはエプロンをして、大き目の鍋を棚から降ろすと、鍋に水を入れて素早くコンロの火を付けた。
「何かないかしら……」
ひとり言をいいながら、戸棚の中をあれこれ見ていた。
「私、何をしたら?」
「ああ、別にいいのよ。でもやってくれるなら、そうめんが茹で上がったら洗ってちょうだい」
「はい」
トシさんは戸棚からツナ缶を出し、「そうめんチャンプルにしようかな……」なんて言いながら裏口から出て行った。そして、まもなくわけぎ2、3本と紫蘇の葉3、4枚と……。
「家庭菜園やってるのよ」
「あっ!」
トシさんの手にプチトマトが5、6個あるのを見てしまった。好き嫌いはそんなにないけど、トマトがちょっと苦手だった。
火にかけた鍋の蓋がガタガタと動き出したので、トシさんは素早く蓋を開けて、そうめんをパラパラっと入れた。
そして1分ほどで、シンクにスタンバイしたザルにそうめんを流した。
「よろしく、熱いから気を付けて洗ってね」
私は水を流しながら、そうめんをしっかりと洗った。
「ありがとう。もうあっという間にできるから、茶の間で待ってて」
と、洗ったそうめんの水をしっかりと切り、そうめんの中に、ツナ缶の油を入れた。
「こうすると、麺がひっつかないのよ」
茶の間の方へ行こうとしたけど、やっぱり気になって、トシさんを見ていた。
フライパンにゴマ油を入れて、ツナを軽く炒めると、その後そうめんを入れて、顆粒のだし、醤油をサラッといれて、素早く混ぜて、パラパラッと刻んだわけぎと紫蘇の葉を入れて、出来上がり。
テーブルに皿を2枚並べて、盛り付けた。そして、仕上げにカツオ節をふんわりと乗せた。プチトマトは、小さなザルに入れ、「良かった食べてね」とだけ言って、そうめんのお皿と一緒にお盆に乗せた。
茶の間のテーブルに運んだけど、私が何となく、「縁側ってなんかいいですね……」なんて言ったから、急遽、縁側で並んで食べる事になった。
「私ね、家を建てるなら、絶対に縁側がある家にしたかったの」
「そうなんですか。なんかいいですよね、日当たりがすごくいいし」
なぜか急にトシさんが笑った。
「何ですか?」
「超いいし! とか言わないのね。ほら、日当たりが超いいとか、めっちゃいいとか? あっ、すげーとか?」
「ああ……言うかもしれないけど……でも、すげーはあんまり……」
「まだ畏まっちゃってる感じね」
「そういう訳じゃ……」
確かに、まだ知り合って間もないし、目上の人だし、気を遣ってはいる。でも、一緒にいて嫌じゃない。教室の隅で寝たふりをしているよりもずっと心地いい。
「ああ、やっぱり今日は、ちょっと暑いわね」
「はい」
そんな話をポツリポツリとしながら、そうめんチャンプルを食べた。
「ごめんね。本当は野菜をもっと入れて作るの。玉ねぎとかニラとか。でも冷蔵庫に何もなくて」
「美味しいです!」
とてもシンプルでサラッと食べられる。ツナの風味がして、わけぎと紫蘇の葉とカツオ節が効いてる。あんなに簡単に作ったなんて思えない程クセになる感じ。
「うちでは普通に麺つゆで食べるので、こんな風に食べたことがないです」
「気に入ってくれた? 良かったー。若い人にはこんな風に作った方がいいと思ってね」
「……ありがとうございます」
縁側から庭を見る。そんなに広くはないけど、芝生がちょっと伸びてて、隅の方にさっき言ってた家庭菜園のコーナーがあった。
「芝生、伸びて来たわね」
「やりましょうか? お礼がしたいんで……」
「お礼なんていいの! 芝生はいつも主人がやってるから、退院したらやってもらうわ」
「でも、骨折したんじゃ……」
「いいのいいの、いいリハビリになって一石二鳥よ」
そう言うと、フフフと笑った。
「明日香ちゃんはね、いつも気を遣いすぎるよね」
「そうですか……」
「いいのよ。もっとふてぶてしくしてたら」
「ふてぶてしいって?」
「あっ、それは違うか?」
そう言って笑った後、真剣な顔をして、真っ直ぐに私を見た。
「明日香ちゃんはえらいね。いつも頑張ってる」
「そ、そんな事ないです……えらくもないし、そんなに頑張ってもいません」
「じゃあ、えらくなくても、頑張ってなくても、明日香ちゃんには幸せになってほしいな」
ドキッとした。
「何でそんなふうに思ってくれるんですか? 最近知り合ったばかりなのに……」
ちょっとムキになった感じで言ったら、トシさんはやっぱりフフフと笑った。
「私はね、なーんかね、明日香ちゃんが好きなのよ。ただそれだけ」
やっぱりドキッとした。何だろ……この気持ち。
「暑いね。中入ろう」
トシさんは食べかけのそうめんチャンプルの皿を手に、茶の間へ入って行った。
私は「好きだから」と言われたのがちょっと恥ずかしくて、縁側に座ったまま、そうめんチャンプルを食べ続けた。
「あっ、やっぱり野良ネコの糞があったわ!」
と急にトシさんが庭の隅を指差した。
「えっ? 糞?」
そういえば、前にタクシーで送ってもらった時に、運転手さんとそんな事を話していたような?
「あーあ、出涸らしのコーヒー撒いたのに効かなかったのね」
そう呟いた後、「ごめんなさい。食事中にネコの糞の話なんて」と言ってお茶目に舌を出した。




