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日の出の誓い

作者: 雨香
掲載日:2026/01/03

明けましておめでとうございます!

もう新年になって3日となりましたが初日の出に関する短編を一つ投稿しました!

 冬の匂いは、夜明け前がいちばん濃い。吐く息が白く、星がまだ空に残っている時間帯、陽音はるおは毎年同じ道を歩いてきた。海へ続く坂道。街灯の切れ目で一度振り返るのが癖で、そのたびに翔真しょうまが手袋をはめ直しながら追いついてくる。二人で初日の出を見る――それは、いつの間にか言葉にしなくても約束になっていた。


 小学校の低学年のころ、二人はただ寒さが面白くて、眠気に勝てたことが誇らしくて、夜明けを待っていた。中学生になると、進路や部活の話をしながら、将来の輪郭をぼんやりと重ねた。高校生になってからは、互いの不安を冗談に包んで、日の出の光に紛らせた。毎年、同じ時間、同じ場所、同じ視線。変わらないものがあると信じるための儀式だった。


 だが、今年は違った。


 大晦日の夜、陽音は海の気配ではなく、家の中の生活音に包まれていた。弟が生まれたばかりで、母は産後の疲れが抜けず、父は仕事で帰りが遅い。陽音は、初めて触れる小さな命の重みを、抱き方ひとつにも緊張しながら受け止めていた。ミルクの時間、寝かしつけ、洗濯物。年が明ける瞬間も、テレビの音量を絞ったリビングで、弟の寝息を確かめながら迎えた。


 「今年は、行けない」


 翔真にそう伝えたのは、二日前の夕方だった。海沿いの自販機の前、缶ココアを二本買って、一本を差し出しながら。翔真は一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに頷いた。


 「そっか。弟、生まれたんだもんな」


 軽く言ってくれたのが、逆に胸に刺さった。陽音は笑って見せたが、ココアの甘さが喉に引っかかる。


 「ごめん」


 「謝ることじゃないだろ」


 翔真はそう言って、空になった缶を握り潰した。その音がやけに大きく響いた。


 年明け前夜、陽音は眠れなかった。弟の呼吸音に耳を澄ませながら、窓の外の闇を見つめる。海は見えないが、方角だけは分かる。毎年、同じ時間に、同じ場所で、翔真と並んでいたはずの自分が、今はここにいる。その事実が、誇らしくもあり、寂しくもあった。


 スマートフォンが震えた。


 《起きてる?》


 画面には翔真の名前。陽音は一瞬ためらってから、指を滑らせた。


 《起きてる。弟、今は寝てる》


 少し間があって、着信が鳴った。ビデオ通話。陽音は音量を最小にして、リビングに移動する。画面が切り替わると、暗い海と、翔真の息遣いが映った。


 「寒そうだな」


 「当たり前だろ」


 翔真は笑って、カメラを少し動かした。波打ち際が白く泡立ち、東の空がわずかに薄らいでいる。


 「来れないって聞いたときさ」


 翔真は画面越しに、海を見たまま続けた。


 「今年は終わりだって思った。二人で見る初日の出が」


 陽音は何も言えなかった。胸の奥で、同じ思いが揺れていたからだ。


 「でも、考えた。終わりにする必要なんてないって」


 翔真はカメラを自分の顔に戻し、まっすぐに言った。


 「絶対見せてやる。ここに来れなくても、今年の最初の光」


 その言葉に、陽音の喉が詰まった。画面の向こうで、空がゆっくりと色を変えていく。群青が薄れ、橙が滲み、雲の縁が燃え始める。


 「ほら」


 翔真がカメラを掲げる。水平線の向こうから、光が顔を出した。太陽だ。いつもより小さく、でも確かに、世界を変える力を持っている。


 陽音は息を呑んだ。画面越しでも、胸が熱くなる。毎年、同じように見てきたはずなのに、今年の光は違って見えた。家の中で、弟の寝息を背に、友の手を借りて見る初日の出。


 「見えた」


 陽音の声は震えていた。


 「だろ」


 翔真は満足そうに笑った。


 太陽が完全に姿を現すまで、二人は言葉を交わさなかった。ただ、同じ光を見ているという感覚が、画面を越えて伝わってくる。波の音、風の音、遠くで鳴る初詣の鈴。すべてが、今年の始まりを告げていた。


 「なあ、陽音」


 「うん」


 「来年も、再来年も、たとえ一緒に来れなくてもさ」


 翔真は少し照れたように、視線を外した。


 「こうやって、見ようぜ。初日の出」


 陽音は頷いた。画面の向こうでは、太陽がすでに高くなり始めている。


 「約束だ」


 その言葉を口にした瞬間、背後で小さな声がした。弟が目を覚ましたのだ。陽音は振り返り、そっと抱き上げる。小さな手が、陽音の指を掴む。


 「弟?」


 翔真が画面越しに覗き込む。


 「うん。今年から、こいつも仲間入りだ」


 「そっか。じゃあ、三人で見る初日の出だな」


 陽音は笑った。画面の向こうと、腕の中。二つの温もりが、胸に重なる。


 通話を切ったあと、陽音は窓を開けた。冬の空気が流れ込み、遠くの空が明るい。海は見えない。それでも、確かに、今年の最初の光はここにあった。


 変わるものがある。変わらないものもある。大切なのは、どちらも受け入れて、繋ぎ続けることだと、陽音は初めて知った。


 弟の額に、朝の光が当たる。陽音は小さく誓った。


 ――来年も、その先も。この光を、誰かと分け合える自分でいよう。


 東の空は、もう完全に朝だった。

作者の一言

今年の活動の抱負は「読んでくれる人の心に残る作品を作る」です!

なのでコメントなどで「ここはこうした方が~」や「ここの~良いところ!」などをしていただけるととても助かります!

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