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9,「腐食の王女と聖なるパン」~三百年ものの腐敗物を強制洗浄したら、ただの腹ペコ駄犬になってしまいました~

 転移陣を使って退避した先――『第3資材保管庫(兼ランドリールーム)』。わたくしは乱れた呼吸を整えながら、自身の足元を見下ろしました。

「……はぁ、はぁ。最悪ですわ」

 純白のタイツに、点々と跳ねた黒い泥。それはただの汚れではなく、わたくしの精神メンタルを削り取る呪いの刻印。このままでは、スペックの半分も出せません。掃除用具を握る手が震えてしまいますもの。

「グリム。……アレを準備してくださる?」

「お気遣いなく。すでに湯は沸いております」

 執事のグリムは、燕尾服の埃を払いながら、流れるような動作で部屋の奥にある巨大なカプセル――【緊急除染ユニット(簡易バスルーム)】のスイッチを入れました。さすがは宮廷筆頭執事。わたくしが何を求めているか、言わずとも理解しています。

「お嬢様。戦況は一刻を争います。ここは高濃度の聖水による『3分間・急速洗浄コース』でよろしいですかな?」

「ええ、構いませんわ。……今のわたくしに必要なのは、癒やしではなく覚醒リセットですから」

 わたくしは躊躇なく、泥に汚れたドレスとタイツをその場で脱ぎ捨て、焼却口へ放り込みました。  一糸纏わぬ姿となり、この世界で唯一、わたくしが許せる「聖なる源泉」の中へ、身を沈めます。

 ――ジュワァァァァッ!

 肌にこびりついた腐敗の気配が、聖水と反応して激しく白煙を上げます。

 熱い。痛い。

 けれど、それ以上に心地よい。毛穴の奥から、先ほどの戦闘で付着した「穢れ」が抜け落ち、代わりに満ちていくのは、絶対的な清潔感という名の魔力パワー


(……整いましたわ)


 わずか3分後。

 バスルームから出たわたくしは、魔法で瞬時に水気を飛ばすと、湿り気を帯びた空気に、小さくハミングを乗せました。

「♪ア~、ア~ア~ア~……」

 口ずさむのは、モォ~ツァルトの歌劇『魔笛』より、夜の女王のアリア。

 高らかに、そして攻撃的に突き抜ける高音コロラトゥーラが、タイルの壁に反響します。この曲の歌詞は――『地獄の復讐が、我が心に煮えくり返る』。

 今のわたくしに、これほど相応しい曲はありませんわ。


「素晴らしい発声です、お嬢様。バンシー歌劇団も裸足で逃げ出すほどの殺意が乗っておりますぞ」 「お世辞はよしなさいな、グリム。……さあ、衣装コスチュームを」

 グリムが指揮者のように恭しく差し出したのは、予備の【深紅のバトル・ドレス(防汚・撥水加工済み)】。わたくしはアリアのリズムに合わせて、優雅に袖を通しました。

 ――ッタン、タタタタタンッ!

 足元には、新品の【100デニール・加圧式白タイツ】。肌に吸い付くような絹の感触を楽しみながら、軽やかにステップを踏みます。純白も好きですが、夜のとばりが下りた後の赤は、血色を良く見せ、戦意……いえ、掃除への「食欲」を適度に高揚させてくれますもの。

「♪ア~ア~ア~ア~ッ!(最高音)」

 最後のハイトーンと共に、わたくしは背中のファスナーを一気に引き上げました。鏡に映るのは、ゆで卵のようにツルツルに輝く肌と、フローラルの香りを纏った、完璧な淑女。これぞ、状態異常「不潔」の完全解除。

 今のわたくしは、さっきまでのわたくしとは白さの次元が違います。

「ブラボー。……お支度は整いましたかな?」

「ええ。……アンコールの時間よ」

 わたくしは、棚の奥から【業務用の聖銀カビ取りハイター】のボトルを掴み取りました。

 キャップをねじ切ると、鼻をつく強烈な塩素臭が漂います。ですが、アリアを歌い終えてメンタルが『無敵スター状態』になった今、それは香水のように甘美な「勝利の香り」にしか感じられません。

 厚い鉄扉の向こうからは、ドォォォォン……! という重低音。エドワルドが奮戦している音が、まるで激しい伴奏のように響いています。

「グリム。貴方はここで待機していなさい」

「お嬢様? いかがなさいましたか……」

「あの子は、ただの汚れではありません。話せば分かるような相手でもありませんが、根本的に『お腹を空かせた迷子』のような気配がしますの」

 先ほどまでは「悪臭」でしかありませんでしたが、冷静になった今なら分かります。

 あれは、古い家特有の寂しげな臭い。

「それに……わたくし、決めましたの」

 新品のタイツに包まれた足を、カツン! と床に鳴らす。

 わたくしは不敵に微笑みました。

「宮廷から連れ出した、たった一人の大切な家族グリムを、あんなカビだらけの場所で働かせるわけにはいきませんわ。……ここからは、管理責任者オーナーである、わたくしの仕事です」

 グリムは一瞬目を見開き、そして深く、優雅に一礼しました。

「……承知いたしました。入浴後のお嬢様は、いつにも増して輝いておられますな。では、勝利の美酒ティーの準備をしてお待ちしております」

 カチャリ。

 わたくしは保管庫のロックを解除しました。


 ――ガギィンッ!

 地下20階、菌類の森。

 鈍い金属音と共に、エドワルドの大剣が弾き飛ばされました。

「ガッ……ハァ、ハァ……ッ!」

 白銀だった鎧は赤黒く錆びつき、膝をつくエドワルド。

 彼の周囲を取り囲むのは、フランソワーズが生み出した無数の『腐敗触手』。それらは意思を持つかのように、獲物をなぶり殺しにしようと蠢いています。

「あーあ。もう動けないのぉ? つまんなぁい」

 上空に浮遊するフランソワーズが、退屈そうに欠伸をしました。

 彼女は抱き枕(カビ塊)に顔を埋め、嗜虐的な瞳でエドワルドを見下ろします。

「じゃあ、もういいや。……中身、ちゅるって吸っちゃお」

(もはや人の姿のままでは……、しかし竜の姿になれば煤が出てしまう……)

 彼女が指を鳴らすと、四方八方から触手がエドワルドに襲いかかりました。

 逃げ場はありません。鎧の隙間から侵入されれば、肉体ごと溶解させられる未来しかありません。

(申し訳ありません……マスター……俺は、貴女の騎士失格だ……!)

 エドワルドが覚悟を決め、瞼を閉じた――その時です。

 カツン、カツン。

 戦場には不釣り合いな、硬質なヒールの音が響きました。同時に漂ってくるのは、戦場の腐敗臭をすべて塗り替えるほどの、鮮烈な塩素パルファムの香り。

「お待たせして申し訳ありません、エドワード。……お風呂が最高でしたので、つい長湯してしまいましたわ」

 ヒュンッ――!

 閃光が奔り、エドワードに迫っていた触手が、一瞬で真っ白な灰となって崩れ落ちました。エドワードが目を開けると、そこに立っていたのは――深紅のドレスを纏った、美の化身。

「マ、マスター……! そのお姿は……!」

「下がっていなさい。錆びた鎧の手入れは、あとでたっぷりと(3時間コースで)してあげますから」

 わたくしは優雅に微笑み、ボロボロの騎士を背に庇いました。そして、宙に浮く魔女を見上げます。

「さあ、お掃除の時間ですわ。……フランソワーズ」

「……なによぉ、それ」

 フランソワーズが眉をひそめました。彼女の本能が警鐘を鳴らしているのでしょう。今のわたくしが、先ほどまでの「泥に怯える令嬢」とは別次元の存在であることに。

「お風呂に入って着替えただけで、勝てると思ってるのぉ? ……バカみたい」

 ドォッ!  彼女の全身から、先ほどとは桁違いの瘴気が噴き出しました。部屋中のキノコが破裂し、空間そのものが腐り落ちていきます。

「あたしの本気、見せてあげる。……この空間ごと腐り落ちて、永遠に『ゴミ』になりなさいッ!」

 迫りくるのは、紫色の津波。物理攻撃も魔法防御も無効化する、絶対的な死の概念。

 ですが、わたくしはモップを構えることすらしませんでした。

 ただ、優雅に、手に持ったボトルのキャップを開けただけです。

「――『聖銀ミスリルの漂白剤』、全量投入」

 わたくしは、ボトルの中身を頭上へ放り投げました。そして、指先で小さく指揮を執るように空を切ります。

「響け、復讐のアリア。……【絶対洗浄領域サンクチュアリ・ウォッシュ】」

 カッッッ!

 世界が、白に染まりしました。

 ボトルから溢れ出した液体は、一滴たりとも床に落ちることなく、光の霧となって部屋全体へ拡散。  紫色の瘴気に触れた瞬間、ジュワワワワワッ! という音と共に、それを無色透明な空気へと還元していったのです。

「え……? うそ、あたしのカビが、消え……!?」

「カビの根まで届く、浸透力ですわ。……逃がしません」

 わたくしはドレスの裾を翻し、一瞬で彼女の懐へと肉薄しました。

「ひっ……!?」

「お行儀が悪いですわよ。……お顔が汚れています」

 バシィィィンッ!

 わたくしの平手打ち(という名の拭き掃除)が、彼女の頬を捉えました。

 ですが、それは打撃ではありません。わたくしの手には、【神聖なる白亜の手袋(ゴム手袋)】が装着されています。

「いやぁぁぁッ!? 熱い、熱いよぉぉぉッ!?」

 フランソワーズが悲鳴を上げます。わたくしが触れた部分から、彼女の腐敗が剥がれ落ちていくのです。

 ドロドロのドレスが、真っ白なレースへ。

 澱んだ紫色の髪が、透き通るようなラベンダー色へ。

 彼女を構成していた「穢れ」という概念そのものが、わたくしの圧倒的な「清潔」によって上書きされていきます。

「やだ、やだぁ! あたしが……あたしの大事な穢れが、消えちゃうぅぅッ!」

「諦めなさい。……わたくしに目をつけられたが最後、シミ一つ残ることは許されません」

 わたくしは彼女を抱きすくめ、耳元で優しく、しかし冷酷に囁きました。

「綺麗になりなさい。……【強制漂白ブリーチ・インパクト】」


 光が収まった後。

 わたくしは、ゆっくりと目を開きました。

 そこには——元のカビだらけの森とは似ても似つかない、無菌室のように真っ白で清潔な空間が広がっていました。

 周囲の腐りかけた木々は漂白されたように白く、地面には一片の落ち葉もありません。空気からは湿った腐敗臭が完全に消え、代わりにほのかな石鹸の香りが漂っています。

 まるで、世界そのものを洗濯したかのよう。

「……ふぅ」

 わたくしは額の汗を拭い、周囲を見渡しました。

 我ながら、少々やりすぎたかもしれません。半径五十メートルほどが、完全に「浄化」されてしまっています。これでは森というより、病院の廊下です。

 まあ、汚いよりは百倍マシですけれど。

「ク、クラリス様……!」

 エドワルドが駆け寄ってきます。彼の鎧も、先ほどまで付着していた泥やカビがすっかり落ち、新品同様の輝きを取り戻していました。わたくしの浄化魔法の余波でしょう。

「ご無事ですか……!?」

「ええ、問題ありませんわ。少し魔力を使いすぎましたけれど」

 わたくしは軽く首を回し、それから——視線を、中央へと向けました。

 そこに。

 フランソワーズは、へたり込んでいました。

「…………」

 彼女のドレスは、もはや腐敗の欠片もありません。深緑のベルベットは本来の光沢を取り戻し、レースの襟飾りは雪のように白く輝いています。

 そして何より——彼女の肌。

 先ほどまで灰色にくすみ、所々に黒い斑点が浮いていたそれは、今や陶器のように滑らかな白さを湛えていました。銀色の髪からは腐臭ではなく、ラベンダーの香りが漂っています。

 わたくしの『完全浄化パーフェクト・クレンジング』は、彼女の身体に染み付いた数百年分の「汚れ」を、根こそぎ洗い流したのです。

「あ……あぁ……」

 フランソワーズは、震える手で自分の身体を触っていました。

 頬を、腕を、髪を。

 まるで、それが本当に自分のものなのか確かめるように。

「う、うそ……なにこれ……ヌルヌルしてない……ベタベタしてない……」

 彼女の声には、困惑と——そして、微かな恐怖が滲んでいました。

 当然でしょう。

 彼女は三百年もの間、腐敗と共に生きてきたのです。腐敗こそが彼女の力であり、アイデンティティであり、生きる糧でした。

 それを奪われた今、彼女は——

「……おなかが……」

 フランソワーズが、ポツリと呟きました。

「おなかが……すいた……」

 そして、呆然とわたくしを見上げました。

 その瞳から、狂気は消えていました。

 先ほどまでギラギラと輝いていた、捕食者の眼光。それが今は、まるで生まれたばかりの赤子のように——純粋で、無垢で、そして切実な空腹感だけを湛えています。

「……すいた……おなか……すいた……」

 彼女は繰り返します。

 その声は、もはや魔女のものではありませんでした。

 ただの、お腹を空かせた子供の声。

「……やれやれ」

 わたくしは溜息をつきました。

 腐敗を奪われた彼女は、枯渇していました。三百年間、穢れを食べることで生きてきた身体が、突然その糧を失ったのです。今の彼女は、何日も断食した人間と同じ状態でしょう。

 わたくしはドレスのポケットに手を入れ、とある包みを取り出しました。

 油紙に包まれた、それ。

 今朝、グリムが焼いてくれた特製サンドイッチです。

 ふわふわの食パンに、レタスとトマト、そしてたっぷりのローストビーフ。隠し味に聖水を少々——不浄な存在に対する護身用として、グリムが気を利かせてくれたものでした。

 まさか、こんな形で役に立つとは思いませんでしたけれど。

「ほら」

 わたくしは包みを開き、フランソワーズの前に差し出しました。

「口を開けなさい」

「……?」

 フランソワーズは、きょとんとした顔でサンドイッチを見つめます。

 それが何なのか、わからないのでしょう。

 三百年間、腐った肉と汚泥しか口にしてこなかった彼女には、清潔な食事という概念そのものが存在しないのです。

「……これ、なに……?」

「サンドイッチですわ。食べ物よ」

「たべ……もの……?」

 フランソワーズは恐る恐る、サンドイッチに顔を近づけました。

 くんくん、と鼻を鳴らします。

「……へんなにおい」

「失礼ね。グリムの手作りよ」

「くさくない……ドロドロしてない……これ、ほんとうに食べられるの……?」

「いいから食べなさい。死にはしませんわ」

 わたくしが促すと、フランソワーズは意を決したように——サンドイッチに、小さく噛みつきました。

 モグ、モグ……。

 瞬間。

 彼女の瞳が、カッと見開かれます。

「——ッッ!」

「どう?」

 わたくしは淡々と尋ねました。

「排水溝の汚泥よりも、美味しくて?」

「……おいしい……」

 フランソワーズの声が、震えていました。

「おいしい……」

 そして——ポロポロと、彼女の目から涙がこぼれ落ちました。

 透明な、清らかな涙。

 それは彼女が三百年ぶりに流した、汚れていない涙でした。

「おいしい……! なにこれ……ドロドロしてない……ヌルヌルしてない……!」

 彼女は両手でサンドイッチを掴み、夢中で頬張り始めました。

「ふわふわ……! あったかい……! 口の中でとろける……!」

 モグモグ、モグモグ。

 彼女は涙を流しながら、一心不乱に食べ続けます。

 腐敗しか知らなかった舌に、初めて清潔な食事の味が刻まれた瞬間でした。

「うぅ……おいしい……おいしいよぉ……」

 嗚咽混じりに、彼女は繰り返します。

 その姿は——もはや、恐ろしい腐敗の魔女ではありませんでした。

 ただの、お腹を空かせた少女です。

 三百年もの間、腐敗しか与えられなかった少女。本当の食事の味を、誰にも教えてもらえなかった少女。

 ……まったく。

 わたくしは小さく溜息をつきました。

 同情するつもりはありませんでしたのに。どうにも、こういう汚れた存在を見ると、放っておけなくなってしまいます。

 職業病でしょうか。

「……ごちそうさま……」

 やがて、フランソワーズはサンドイッチを食べ終えました。

 パンくず一つ残さず、綺麗に。

 彼女は指についたソースまで舐め取ると、潤んだ瞳でわたくしを見上げました。

 そして——わたくしのスカートの裾を、ギュッと掴みました。

「……もっと」

「え?」

「もっとちょうだい……!」

 彼女の声には、切実な懇願が込められていました。

「あたし、こんなの初めて……! こんなおいしいもの、食べたことない……! もっと……もっときれいなもの、食べたい……!」

 ギュウ、とスカートを握る力が強くなります。

「お願い……お願いだから……もっとちょうだい……!」

 それはもう、魔女の顔ではありませんでした。

 誇り高き腐敗姫の面影は、どこにもありません。

 あるのはただ——飼い主にエサをねだる、お腹を空かせた駄犬の姿だけ。

「…………」

 わたくしは無言で、彼女を見下ろしました。

 フランソワーズ。

 三百年を生きた魔女。無数の人間を腐敗させてきた、恐るべき存在。

 それが今、わたくしのスカートにしがみついて、ごはんちょうだいと泣いています。

 ……やれやれ。

「エドワルド」

 わたくしは振り返り、傍らに控える従者を呼びました。

「は、はい! なんでございましょう!」

「帰ったらすぐにグリムへ伝えてちょうだい。『今日の夕食、一人分追加で』と」

 エドワルドの目が、大きく見開かれました。

「ク、クラリス様……! それはつまり……!」

「見ての通りですわ。この子、このまま放っておいたら餓死しますもの」

 わたくしは肩をすくめました。

「それに——この汚れっぷりは、一食や二食では治りませんわね。長期的な矯正リフォームが必要ですわ」

「ハ、ハッ! 承知いたしました!」

 エドワルドは深々と頭を下げます。

「必ずや、グリム殿に最上の晩餐を用意させます……!」

「ええ、お願いね」

 わたくしは再びフランソワーズに向き直りました。

 彼女はまだ、わたくしのスカートを握ったまま、期待と不安が入り混じった目でこちらを見上げています。

 わたくしは——その頭を、ゴム手袋越しにワシャワシャと撫でてあげました。

「きゃっ……!?」

「良いでしょう」

 わたくしは、できるだけ威厳のある声で告げました。

「ウチで働くなら、毎日お腹いっぱい食べさせてあげますわ。清潔で、美味しくて、栄養のあるものを。三食きっちり。……わたくしの自慢の執事グリムが、腕によりをかけて作ります」

「……! ほ、ほんとう……!?」

 フランソワーズの顔がパァッと輝きます。

 しかし、わたくしはニッコリと——悪魔的な笑顔を浮かべました。

「ただし」

「た、ただし……?」

「条件がありますわ」

 わたくしは彼女の顎を持ち上げ、目を覗き込みました。

「まず一つ。毎日の入浴は必須。最低三十分、しっかり身体を洗うこと」

「さ、三十分……!?」

「二つ。食事の際は手を洗い、ナイフとフォークを使うこと。手づかみは厳禁」

「な、ナイフ……? フォーク……?」

「三つ。週に一度、わたくしによる『衛生検査』を受けること。不合格の場合は——」

 わたくしは、にっこり。

強制入浴フルコースですわ」

「強制入浴……!?」

 フランソワーズの顔が青ざめます。

 しかし、彼女に選択肢はありません。

 腐敗を失った今、彼女には生きる術がないのです。わたくしの手を取るか、野垂れ死ぬか。二つに一つ。

「……わかった……」

 やがて、彼女は観念したように頷きました。

「あたし……がんばる……。ごはんのために……がんばる……」

「よろしい」

 わたくしは満足げに頷きました。

「では、今日からあなたは最果ての監獄の従業員ですわ。歓迎しますわ、フランソワーズ」

「……よろしく……おねがいします……」

 彼女はまだ少し怯えた様子で、しかし確かに——頭を下げました。

「さて、エドワルド。帰りましょうか」

「はい、クラリス様。……しかし、この者の処遇は……」

「まずは徹底的な消毒からですわね」

 わたくしはフランソワーズの手を引いて立ち上がらせました。

「監獄に着いたら、すぐにお風呂を沸かしてちょうだい。聖水多めで」

「ふ、ふろ……?」

 フランソワーズが怯えた声を上げます。

「だ、だいじょうぶ……? お風呂って……溶けたりしない……?」

「しませんわ。むしろ三百年分の垢を落とさないと、わたくしの監獄には入れませんわよ」

「さ、三百年分……」

「覚悟なさい、フランソワーズ」

 わたくしは、彼女の肩をポンと叩きました。

「あなたの『更生リフォーム』は、今日から始まりますわ」

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