5,「全自動洗濯機と黒い山」~不潔なトカゲは熱湯消毒です~
三十分後。
『……はぁ……はぁ……』
部屋の中央で、一匹の竜が茹で上がった蛸のよう横たわっておりました。全身からは湯気が立ち昇り、その鱗は――本来の、美しい深紅の輝きを取り戻しております。
まあ、なんて素晴らしい。黒い汚れは跡形もなく消え去り、一枚一枚の鱗が、磨き上げたルビーのように艶めいておりますわ。
わたくしは、満足げに頷きました。
「やっぱり赤い鱗でしたのね。とても美しいですわ」
『……もうやめてくれ……』
竜が、か細い声で懇願してきます。その目には、涙が浮かんでおりました。
「あら、まだ終わっていませんわよ?」
『な、何……!?』
「鱗の隙間の寄生虫。取り除かないと」
わたくしは、ゴム手袋をキュッとはめ直しました。そして、竜の鱗の隙間に指を差し入れ、中に潜んでいた「何か」を摘まみ出します。
それは、小さな蟲のような生き物でした。
……いえ、普通の蟲ではありませんわね。六つの目を持ち、口からは禍々しいオーラを放つ、明らかにこの世のものではない不快な存在です。
「まあ、これは……」
グリムが、息を呑みました。
「魔神の幼体……。竜の魔力を吸って育つ、寄生型の下級魔神です。放置すれば、いずれ宿主を乗っ取る」
「つまり、害虫ですわね」
わたくしは、その蟲を指先で潰しました。プチッという音と共に、蟲は黒い霧となって消滅します。あっけないものですわ。
『あ……ッ!』
竜が、びくんと体を震わせました。
「痛かったですか? ごめんなさいね、もう少しの辛抱ですわ」
『い、いや……痛くない……』
竜の声が、急に小さくなりました。
『むしろ……気持ち……いい……』
「え?」
『そこ……そこだ……! もっと奥……! ずっと痒かったのだ……!』
竜が、なぜか恍惚とした表情で身悶えし始めました。
わたくしは気にせず、黙々と作業を続けましたわ。鱗の隙間に指を入れ、寄生虫を一匹ずつ摘まみ出していく。その度に、竜はビクンと震え、甘い吐息を漏らしております。
……よほど痒かったのですわね。
「お嬢様……」
グリムが、複雑な表情でその光景を見守っておりました。
「これは……その……、よろしくないのでは……」
「何がですの? ただの害虫駆除ですわよ」
『そこッ……! そこそこそこッ……! いい……! いいィィィッ……!』
竜の歓喜の叫びが、部屋中にこだまします。
結局、全ての寄生虫を除去するのに、二時間もかかってしまいました。
『……すまなかった』
すっかり綺麗になった竜が、深々と頭を下げましたわ。
『我は千年の間、あの蟲どもに精気を吸われ続けていた……。そのせいで力が衰え、あの廃棄物の山から動けなくなっていたのだ……』
「そうでしたの」
わたくしは、紅茶を優雅にいただきながら頷きました。グリムが淹れてくれた、ダージリンのセカンドフラッシュ。たとえ追放された身でも、お茶の時間は欠かせませんもの。
『なのにお前は、我を洗い、蟲を取り除いてくれた……。この恩、一生忘れぬ』
「大げさですわね。ただのお掃除ですのに」
『いや』
竜が、真剣な目でわたくしを見つめてきました。
『お前は我の命を救った。竜としての誇りも、取り戻させてくれた。……この古の赤竜エドワルドは、今日よりお前に仕える』
「え、ちょっと待ってくださいな」
わたくしは、慌てて手を振りました。
「わたくし、ペットを飼う予定はありませんのよ? お世話が大変ですし」
『ペ……ッ! ペットだと……!?』
竜が、ショックを受けたように固まってしまいました。
『わ、我は神話時代の最強種! 勇者を何百人も焼き殺した伝説の!』
「でも今は、わたくしに洗われて『気持ちいい』って鳴いていたトカゲでしょう?」
『ト、トカゲ……!』
竜が、がっくりと項垂れてしまいました。事実ですのに。
「まあ、いいですわ」
わたくしは、ティーカップを置いて立ち上がりました。
「この施設は広いですし、人手……いえ、竜手? は多いほうがいいですわね。エドワルドさん、貴方にはお湯を沸かす係をお願いしたいのですけれど」
『湯……湯沸かし……?』
「ええ。お風呂や洗濯に、お湯は必須ですもの。貴方の炎なら、大量のお湯もすぐに沸かせるでしょう?」
竜は、しばらく黙っていました。
そして、深い溜息と共に、頷きました。
『……分かった。我はお前の湯沸かし係になろう』
「よろしくお願いしますわね、エドワルドさん」
わたくしは、にっこりと微笑みました。




