4,「地下五階の資材保管庫」~その赤竜、高圧洗浄させていただきます~
地下五階、資材保管庫。扉を開けた瞬間、むわっとした熱気と、金属の焼ける臭いが押し寄せてきました。
「……何ですの、この熱気は」
保管庫の中は、まるでサウナのような暑さでした。壁際には巨大な焼却炉がいくつも並び、その一つから赤々とした炎が漏れ出しています。
床には、何かの体液がこびりついてベトベトに。天井からは、得体の知れないパイプが何本も垂れ下がっていました。そして、部屋の中央には――
「あら、洗濯機?」
それは、見たこともない形状の機械でした。高さは三メートルほど。銀色の金属で覆われた円筒形の本体に、無数のダイヤルとボタンが並んでいます。
正面には丸いガラス窓があり、中では何かがぐるぐると回転しているのが見えました。
壁面に刻まれた古代文字が、淡く光りました。どうやら、この施設の案内表示のようです。
『古代遺物:全自動洗濯乾燥機。稼働状況:正常』
「まあ! 洗濯機がありますのね!」
わたくしは、思わず駆け寄りました。追放されてから十日以上、まともに洗濯ができていなかったのです。これは嬉しい。
「グリム、さっそく使い方を――」
その時でした。
ガシャン!
部屋の奥で、何かが崩れる音がしました。振り返ると、そこには山のように積まれた廃棄物の山がありました。錆びた機械、壊れた武器、ボロボロの布切れ。その山が、ゆっくりと動いています。
いいえ、違います。山の中に、「何か」がいるのです。
『グ……ルル……』
低い唸り声と共に、廃棄物の山が弾け飛びました
現れたのは、一匹の獣でした。全身を黒い鱗(おそらく汚れでしょうけれど)に覆われた、巨大な爬虫類。四肢は丸太のように太く、爪は鋭く、口からは不快な硫黄臭のする息が漏れております。背中には折り畳まれた翼、そして尾は部屋の端から端まで届くほどの長さ……まあ、なんと場所を取る方でしょう。
「……あら」
わたくしは、その生き物を見上げました。体長は十メートル以上。天井に届きそうなほど巨大です。常人なら、その威圧感だけで腰を抜かすでしょう。
『人間……なぜ、ここに……』
地鳴りのような声が、部屋全体を震わせました。
「お嬢様ッ!」
グリムが、わたくしの前に飛び出しました。その両手には、銀色のナイフが握られています。
「下がってください! あれは『古の赤竜』……! 神話時代の最強種です!」
「赤竜?」
わたくしは首を傾げました。
「赤くありませんわよ? 真っ黒じゃない」
『……何だと?』
竜が、ギロリとわたくしを睨みました。その目は血のように赤く、瞳孔は縦に裂けている。
『我を愚弄するか、人間……! この古の赤竜エドワルドを……!』
「エドワルドさん? お名前があるのですね」
わたくしは、グリムの制止を振り切って前に出ました。
「失礼ですけど、エドワルドさん。貴方、最後にお風呂に入ったのはいつですの?」
『……は?』
竜が、困惑したように動きを止めました。
「だって、見てくださいな。本来は赤い鱗なのでしょう? それが真っ黒になっているということは、汚れが何層にもこびりついているということですわ」
わたくしは、竜の鱗をじっと観察しました。確かに、黒い層の下には、かすかに赤い輝きが見えます。本来の鱗の色は、きっと美しい深紅だったのでしょう。それが、何百年もの汚れで覆い隠されているなんて……可哀想に。
「おまけに、鱗の隙間に何か挟まっていますわね。寄生虫かしら? 不衛生極まりない」
『き……寄生虫だと……!?』
竜が、急に落ち着きを失いました。
『そ、そんなものいるわけがない! 我は千年、この地で眠っていただけだ!』
「千年も入浴していないのですか!?」
わたくしは、本気で驚愕いたしました。
「信じられませんわ……! 千年ですのよ!? どれだけ垢が溜まっているか、想像もできません……!」
『や、やかましい! 我は竜だ! 風呂など必要ない……!』
「竜だから風呂に入らなくていい、という理屈は通りませんわ」
わたくしは、毅然と言い放ちました。
「不潔は、種族を問わず悪です」
『ぐ……ッ!』
竜が、たじろぎました。まさか、こんな小さな人間に説教されるとは思っていなかったのでしょう。
「グリム」
「はい、お嬢様」
「【高圧洗浄機モード】の準備を」
「……畏まりました」
グリムが、わたくしの鞄から一本の杖を取り出しました。先端には、複雑な魔法陣が刻まれた金属のノズルがついています。
「さあ、エドワルドさん」
わたくしは、杖を竜に向けました。
「少しじっとしていてくださいね。千年分の汚れ、落として差し上げますわ」
『ま、待て……! 何をするつもりだ……!』
竜が後ずさりいたしましたが、もう手遅れですわ。
「【浄化の奔流パージ・ストリーム】――発動」
ゴオオオオオオオオッ!
杖の先端から、凄まじい勢いで聖水が噴射されました。それはただの水ではありません。リリウム家秘伝の、超高圧・高温の「浄化水流」。汚れを物理的に吹き飛ばし、同時に魔法的な穢れも洗い流す、究極の洗浄魔法です。
『ギャアアアアアアアッ!?』
竜の絶叫が、部屋中に響き渡りました。




