第4章:深層からの目覚め
時は戻る。電子の砂嵐と銃火が混じり合う「ノイズ・ピット」の廃墟空間。空は既に見えなかった。地上の音は遥か遠く、金属と硝煙の匂いだけが濃く漂っていた。
四方の壁を這うようにして、ミラ=コアのドローン部隊が滑るように迫ってくる。犬のような四足歩行型、天井を這うスパイダーユニット、そして中央に構える黒い球体。そこから一定間隔で発せられるジャミング音が、トオルの頭蓋に嫌な震動をもたらした。
「……動け……くそ……」
肩に穴が開いていた。焼け焦げた衣服の下には、生々しい肉の裂け目。血が神経に触れ、痛覚が鈍くなっているのが逆に不気味だった。
ユウナギの姿は既に見えない。銃声と爆音の中で、トオルは一人、破損した電子カウンターの裏に身を伏せていた。
──終わりだ。この街の下層で、名も知らぬまま死ぬ。それもいいかもな。
「ここまでか……」
微かに呟いたその声すら、ジャミングの振動にかき消されかけた、その時だった。
バチッ──!
空間に火花が走る。天井から、数本のワイヤーが落下する。重力を否定するような軽やかな軌道で、それらは床に突き刺さった。
直後、暗闇に紛れて“何か”が降りてきた。
黒い戦闘スーツ。滑らかな素材。人工筋肉による駆動音。そして、赤く輝くゴーグルの奥から視線が突き刺さる。
「ターゲット視認。任務開始。いくよ!」
その声に、トオルはなぜか見覚えがあった。
彼女──アオイだった。
アオイの登場と同時に、ノイズ・ピット全体に火花と銃声が走る。EMPパルスが再び炸裂し、ドローンの半数が動きを止めた。その隙を突いて、アオイとNOVAの兵士たちが突入する。
「ユウナギ、右側制圧!ナオト、ドローン2機沈めろ!カバー行くよ!」
アオイの号令が廃墟に響き渡る。
ユウナギは義手の右手に仕込んだプラズマカッターを発動させ、ドローンの関節部を
一閃。スパークを上げてそれは地面に崩れ落ちる。
ナオトと呼ばれた若い兵士は、バックパックに装備された小型ランチャーからEMP弾を発射。狙いは正確。空中を漂う監視型ドローンが次々と落下した。
だが──
「クソッ!まだ来やがるのか!」
廃ビルの隙間から、さらに増援の機体が流れ込んでくる。まるで無限ループのように、敵が湧き続ける。
⸻
トオルは銃撃戦の中心にいた。アオイが彼を庇うように前に出る。
「動ける? あんたがターゲット、こっちは命張って来てんのよ!」
「……あなたは……?」
ぼんやりとした視界の中、彼女の顔が浮かんでいた。
その瞬間、トオルの脳内で“何か”が弾けた。
──実験室。冷たい床。無数のケーブル。
──「プロトタイプ001。感情領域、未実装。記憶は制限レイヤー下に封印。」
「……な、にを……?」
銃声の合間に脳内が焼かれるような衝撃。その一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。
パァン──!
「うっ……!」
右肩に弾丸が突き刺さった。身体が大きく傾き、アオイがすぐに彼を抱きとめる。
「ターゲット負傷!撤収準備に入るよ!」
「隊長!敵の増援が!」
「構わない!絶対に置いていかない!誰一人!」
⸻
トオルの意識は、薄れかけていた。
「……たすけ……て……」
その声に、アオイの顔が揺れた。彼女の目は、戦闘という現実から一瞬だけ離れ、まるで“過去”を思い出すような色を帯びていた。
「……あの時の、私と同じ……ターゲット負傷!撤収準備に入るよ!」
アオイの怒号がノイズ・ピットの空間に響く。トオルの右肩には新たな銃創。血が止まらず、意識も今にも途切れそうだった。彼を支えるアオイの腕は震えていた。だが、その瞳は決して揺れていなかった。
「隊長、後方、ドローン3機接近!側面からもくるぞ!」
「ナオト、後方制圧!ユウナギ、東側の通路を確保して!」
「了解!」
ユウナギは義手の中から展開した短銃でドローンのカメラを正確に撃ち抜きながら、低く呟いた。
「こいつぁ派手だな……だが“希望”ってのはいつも、地獄の底から来るもんだ。」
その瞬間、廃墟の空間全体が再び眩しい閃光に包まれた。
「EMP弾、発射!」
後方から発射された球体が空中で炸裂し、周囲の電子機器に干渉するノイズが奔った。ドローンたちは一瞬動きを止めた。
「今だ!前進!この通路を抜けるよ!」
トオルの体を抱えたアオイは、息を切らしながら全力で走る。床は不安定で、破損した配線や瓦礫がいたる所に転がっていたが、彼女の目に迷いはなかった。
「クソッ、通路が……!」
先導していた兵士が叫ぶ。通路先の一角が崩れ、出口を塞いでいる。
「ユウナギ、道作れるか!?」
「3秒くれ!義手の出番だ!」
ユウナギが瓦礫の山に突進し、義手の先端から展開されるプラズマビームで焼き切るように切断していく。
「1秒……2秒……よし、抜けろ!」
アオイは全力で走った。トオルの体温が腕の中で薄れていくのを感じながら、懸命に。
その直後──背後から銃声と爆発音。EMPの効果が切れた。
「敵、再起動!背後から来ます!」
「ナオト、最後尾!5秒だけ持たせて!」
ナオトは振り返り、腰にぶら下げたリモートマインを壁に設置。
「仕掛け完了、起爆準備──いけっ!」
爆発音が再び後方を覆い、追撃部隊が瓦礫に呑まれる。
その隙にNOVA部隊は通路を抜け、ようやくノイズ・ピットの裏口までたどり着いた。
しかし、安堵する暇はなかった。
「くそっ!本部が応答しない!なんでこんな時に!」
アオイがヘッドセットのスイッチを押し、何度も呼びかける。
「こちらアオイ!ターゲット確保!ターゲット負傷!医療班を待機させよ!……応答せよ……!」
無機質なノイズだけが返ってくる。トオルは意識の狭間でそのやりとりを聞いていた。
視界はぼやけ、世界は灰色に染まりかけている。
(俺は──死ぬのか……ここで……)
「諦めるな!……あんたを助ける……!」
それは、アオイの声だった。彼女はすがるようにもう一度叫んだ。
「本部、こちらアオイ!ターゲット、コードレッドにより保護!至急、医療班を──!」
ザザ……ガガ……。
「……こちら……本部……りょ、か……た……撤退ルートを送信する……」
アオイの目が見開かれる。
「やった……みんな、撤退ルートが届いた!転送先:ルートG3地下軌道!全員、
撤収!」
隊員たちはトオルを中心に展開し、包囲を防ぎながら後退する。
その間も、アオイはトオルの手を決して離さなかった。彼の指は血で濡れ、呼吸はか細く、まるで今にも消えそうな命の灯だった。
だが、彼女の目にはその命が「未来」へ繋がっているように見えた。
(絶対に……離さない。あんたが“兵器”でも、“希望”でも……あたしが連れていく)
数分後、廃ビル裏のリフトシャフトから地下へ続く秘密ルートに突入。NOVAのバックアップ班が合流し、ようやく戦闘は収束した。
リフトが降下を始める瞬間、アオイはようやく一息をつく。
「ふぅ……これで、少しは……」
トオルの体温がまだ彼女の腕の中にあった。呼吸は弱いが、確かに生きている。アオイはその胸の中に、ひとつの決意を抱いていた。
(あんたを……絶対に、死なせない)




