第3章:動き出す影 ―コードレッド発令
遡ること、一時間前。
厚い鉄扉の奥、廃ビル地下に設けられた秘密区画――レジスタンス“NOVA”の作戦本部。
灰色の壁、蛍光灯のちらつく薄暗い室内で、端末に映し出された暗号信号が、緊急性を告げるように点滅していた。
▮暗号通信受信:発信元「ユウナギ」
▮ステータス:CODE RED - 確認済
▮対象:レッドコード被験者 発見
「来た……!」
アオイが画面を見つめ、声を漏らした。青に近い緑のショートヘアがわずかに揺れる。瞳に宿るのは、ただの情報ではない――希望という名の光。
「みんな!集合。コードレッドよ。ノイズ・ピットでレッドコードが確認された。ユウナギからの信号よ!」
周囲にいたメンバーたちが次々と端末から顔を上げ、即座に戦闘態勢をとりはじめた。NOVAは即応性を最優先する精鋭部隊。だが今回は、単なる迎撃ではない。
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「待て、アオイ。お前は行くな。」
低く響いた声。現れたのはNOVAの現場指揮官――カグツチ。
鋼の義肢で補強された巨体と、炎のような瞳。だがその眼差しには、どこか娘を見るような温かさと、言葉にならない不安が混ざっていた。
「いつもお前は無茶をする。怪我だって……この間も、帰ってきたのは骨折と肺損傷だったろうが。」
「私が行く。それがNOVAの戦術。あなたもわかってるはずよ。」
アオイの声は静かだが、芯がある。譲るつもりなど一切ないという意志の塊だった。
「今回は……相手が違うんだ。レッドコード、だぞ……!」
「だから行くのよ。レッドコードなの。終わらせる、チャンスなんだから。」
それ以上、言い合う余地はなかった。アオイはすでにタクティカルスーツに身を包み、ブーストナイフとEMPグレネードをベルトに装着していた。
「わかった。終わらせるチャンスだ。」
「ありがと。」
「アオイ、、、あぁ。神よ守りたまえ。」
「なにか言った?」
「いや、大丈夫だ。怪我するなよ」
フッと笑いながらアオイはブリーフィングルームへと向かう
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作戦ブリーフィングが始まる。アオイが前に出て、仲間たちに向き直った。
「聞いて。ユウナギからの暗号通信、確認済み。これは……待ち望んだ“コードレッド”よ。」
一同が息をのむ。
「彼の記憶の中に、ミラ=コアの中枢データが残されてる可能性がある。もしそれが解析できれば、あの企業の支配構造を崩す鍵になる――」
「つまり、“ターゲット”が希望ってことか?」
「そう。彼を守り、ここに連れ戻す。それが私たちの任務。」
熱を帯びたアオイの言葉に、空気が変わる。誰もがその目に、決意を浮かべた。
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その時だった。
NOVA地下に設置されたサイバー傍受端末が警報音を響かせる。直後、画面に赤い文字が浮かぶ。
▮発信元:都市秩序保全課(企業警察)
▮対象:CODE RED 被験者捕縛命令 発動
▮出動部隊:ノイズ・ピットドローン隊/処刑官チーム β-3
▮エリアコード:S-14 シブヤ B-2Y 13.56.87
▮出動指示:シュツドウ ヨウセイ
▮ターゲット:ホバク/ハイジョ
「……! 企業警察も動き出した……!」
無機質な電子音が響きわたり、冷たい文字列が画面に連続して流れ続ける。
「まずい。ヤツらも動き出した。早く準備して!早く!出動するよ!」
ターゲット:捕縛/排除。
その矛盾した命令こそが、企業の非人道的な本質だった。
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同時刻――シブヤ下層、ノイズ・ピット周辺。
灰色の空の下を、鋼鉄のドローン部隊が飛行していく。その後方、企業警察の処刑官たちが無言で歩を進めていた。
彼らの眼は生きていない。かつて「人間」だったものが、今やただの死体兵器として命令を待っているだけだった。
冷気のような緊張が街に満ちていく。
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レッドコードを守ろうとする者たちと、葬り去ろうとする者たち。
両者の戦いが、今まさに始まろうとしていた。
そして――
その中心には、まだ自分の“価値”も“真実”も知らない、ただの一人の青年、トオルがいる。
やがて記憶が解き放たれたとき、すべての運命は加速していく。