第17章:街の復興
──再構築される心、そして未来へ
巨大タワーの崩壊から、七日が経った。NOVAの臨時拠点である旧地下避難シェルターには、かすかな明かりと人の声が戻っていた。アオイはまだ、目を覚ましていなかった。
「精神・神経断裂の一歩手前……よく戻ってきた方よ」
と医師は言った。
だが、ユウナギは知っていた。
──彼女は“まだ”戻ってきてないんじゃねぇ。
──ただ“何か”を、誰かを、必死に探してるんだ。
それは、あの夜の別れから、残された唯一の“道しるべ”。枕元には、ひとつの小さなチップが置かれていた。
NOVAのロゴも、管理番号もない。ただ──《No.001》という刻印だけが残されていた。
目覚めは、唐突だった。
「……ん……ここ、は……」
アオイが、目を開いた。
そして、自分の手の中にあるチップに気づく。
──そうだ、トオルが最後に渡してくれた“何か”。
「……トオル……」
震える手で、それをデバイスに接続する。
数秒の沈黙のあと──
《──ピッ……起動信号確認。意識体コード:ハヤミ・トオル 認証完了》
スクリーンに、彼の姿が映った。
透明な光の輪郭。微笑みを浮かべた、彼の顔だった。
「……よお、アオイ」
アオイは、涙をこらえきれなかった。
「……本当に、いたんだ……!」
「消えてなんか、ないって言ったろ?」
《Vチップ・No.001》。
それは都市の再構築に必要なAI補助ユニットであり、彼の人格と記憶、そして“意志”を宿したものだった。
⸻
データストレージの中に、さらにひとつのフォルダがあった。
──《To:アオイ》
「……?」
再生すると、そこには彼の声が残っていた。
『アオイ、これを再生する頃には、俺はもう“形”として存在していないかもしれない。』
『でも、あんたにどうしても伝えておきたいことがある。』
『俺は……“親子”だったらしい。あんたの、ね』
アオイの手が、止まった。
『正確に言えば、デザイナーベイビー。あんたの遺伝子から作られた存在。』
『それを知ったときは、混乱したよ。けどな──不思議と、怖くなかった』
『だって、俺の中にはあんたからもらった想いが、ちゃんと息づいてたから』
『俺を“育ててくれた”のは、あんたなんだよ。過去じゃない、“今のあんた”なんだ』
沈黙が流れた。最後に、こう結ばれていた。
『この記憶、あんたに返すよ。……でも、見るかどうかは、あんたが決めてくれ』
夜。シェルターの非常灯のもと、アオイはチップの前に座っていた。
トオルの言葉は、今も耳の奥に残っている。
記憶を戻せば、自分が何者だったか、すべてが明らかになる。だが同時に、失われた“あの頃の自分”も変わってしまうかもしれない。目の前の端末に、選択肢が浮かぶ。
──《記憶再生しますか? YES / NO》
アオイは、しばらく見つめたまま、そっと目を閉じた。
「トオル。私はね……」
──“私は、今の自分が好きだよ”
彼女はゆっくりと《NO》を選んだ。
数日後、NOVAの残党と市民ボランティアによって新たな組織が設立された。
名前は──《ユナイト・シェル》
リーダーは、アオイ・ミラ。
“かつてのレジスタンス”の象徴であり、
“今を生きる者たちの代表”として、再建と再統治の先頭に立っていた。
旧ミラ=コアの施設を一部再利用し、AIユニット《トオル》の助言を受けながら、
シブヤは少しずつ“自由な都市”として息を吹き返していった。アオイは時折、トオルと会話する。
「ねぇ、今日のエネルギー変換レート、どう思う?」
『変換フィールドの強度落としてみろ。たぶん効率上がるぞ』
「ホントに? なら、信じてみる」
『なんだよ、“なら”って』
「ふふ、今の私はね──前よりずっと、誰かを信じる力が強くなったのよ」
彼の笑い声が、端末越しに響く。
『それは、いいことだな──“リーダー”』
ある夜、都市の上空にホログラムの映像が投影された。
それは“記録”ではなく、“未来”だった。市民一人一人が送った願いのデータ、希望、そして小さな夢。
「今夜、都市は再起動します」
アオイの声がシブヤ全体に響く。
「失ったものは多かった。でも、私たちはここにいる。繋がっている」
「……そして──これからも、誰かを支える光になれるように」
彼女はそっと胸元の端末に触れた。そこにあるのは、もう“ただのチップ”じゃない。
──それは、“彼”だった。
《Vチップ No.001──起動中》
夜空に、新たなネオンが灯った。
その色は、かつての赤ではなく、希望を灯す青。
シブヤは、今──本当に、“新しい朝”を迎えようとしていた。




