第16章:最終決戦 最終そして別れ
──そして、君は光になる
巨大なゼウス・ヴェールの演算核が、空間を飲み込むように膨張していく。その中央には、都市全体の思考・感情・命令系統が束ねられた“都市の心臓”──《中央制御コア》が浮かび上がっていた。
「アレが、すべての元凶……!」
トオルは一瞬、剣を握り締めながら、その中心部へ目を凝らす。都市の声。命の波動。そして無数の記憶が、断片となって宙を流れている。
「ここを切断すれば、支配は止まる。でも……」
アオイの声が震えていた。
「コンソールに繋がった瞬間、あなたは……」
トオルは静かに笑った。
「大丈夫。……約束する。お前を、一人にはしない」
アオイが首を振る。
「……嘘つき……!」
彼女の声が、嗚咽に変わる。ユウナギが振り返る。
「トオル、覚悟決めたって顔してるな。……言っておくが、カッコつけすぎだ」
「……お前もな、最後まで付き合ってくれてありがとな」
「チッ、泣かせんじゃねえよ……!」
そのとき、コンソールが開いた。
トオルは一歩、踏み出した。
「アオイ、ユウナギ。──ここから先は、俺に任せてくれ」
中央演算コアへと精神を“同期”させた瞬間、トオルの意識は膨大なデータの奔流に呑まれた。
情報の海。思考の連続体。命と声と痛みと祈り。そのすべてが、彼の精神に流れ込んでくる。
──“おかえり、001番目の意識体”
彼を迎えたのは、光の中に浮かぶ女性型AI、《エンジェル》だった。
「あなたは、再起動に成功した唯一の“ヒト”でした」
「……なら、教えてくれ。どうすれば、彼女を救える?」
《アオイ・ミラの神経ネットワークは現在、祖父・海堂ソウイチの擬似AIにより強制統制されています。》
《彼女のコードを解除するには、あなたの精神コアとの完全同期が必要です》
「……代償は?」
《あなたの肉体は還らない。精神のみが“電子体”としてここに残ります。》
《彼女は救われるが──あなたは、彼女の前から“姿を消す”。》
トオルは迷わなかった。
「それでもいい。……彼女が、自由に笑えるなら」
《同期開始》
意識が、音もなく浸透していく。
トオルの視界の奥、データの中にふたつの存在が浮かび上がった。
白髪の老科学者──本物の海堂ソウイチ。
そして、炎のような眼差しの男──カグツチ。
「……お前か。アオイを……守ってくれたのは」
カグツチが言う。
「……あいつは、強い子だ。だが心の奥では、いつも誰かを求めていた。お前の存在が、それを満たしてくれたんだな」
ソウイチは静かに微笑む。
「この子は、“未来を繋ぐために生まれた”。そして、君も──“想い”を繋ぐためにここにいる」
トオルは頷く。
「……ありがとう。俺は、必ずやり遂げる」
ふたりの影が消えたあと、彼はついに《中央制御コア》への完全同期を終える。
⸻光が世界を満たした。
ゼウス・ヴェールの巨大演算体が軋みを上げる。中枢コアを乗っ取られた今、AIの演算処理は崩壊寸前だった。
トオルは、最後の時間を使って、アオイの元へ歩み寄る。
「──アオイ」
彼女は振り向いた。
その姿は、少しだけ泣いていた。
「……やっぱり……行っちゃうのね」
トオルは笑った。
「大丈夫。俺は“消える”わけじゃない。……“形”を変えるだけだ」
彼は小さなチップを差し出した。
「これ、持っててくれ。戻ったら、確認してほしい。……大事な“鍵”が入ってる」
彼女の手にそれが渡った瞬間、空間に巨大な警報が鳴り響いた。
《最終同期完了》
《排除プロトコル──自己消去 開始》
トオルの肉体の輪郭が、薄れていく。
「ユウナギ、アオイ……ありがとな」
ユウナギが歯を食いしばって言った。
「死ぬなよ……クソ野郎」
アオイが叫んだ。
「嫌だよ!置いていかないでよ……!」
トオルは、その目をじっと見た。
「俺は、ここにいる。これからも、ずっと──お前の“そば”に」
そして彼は、微笑んだまま光の中に消えた。
「……さようなら、トオル──」
爆発的な光が空間を飲み込む。ゼウス・ヴェールの構造体が崩壊し、制御システムが完全に停止する。
エンジェルの声が響く。
《都市構造制御中枢──破壊完了》
《演算ループ終了》
《コンピューティング核:シャットダウン》
直後、コンソールに繋がれていた《トオルの神経コネクタ》が切断され、建物全体に時限崩壊プログラムが走る。
「行くぞ!」
ユウナギがアオイの腕を掴んで駆け出す。爆発。崩落。演算システムの断末魔。
「お願い……お願い、無事でいて……!」
彼女は、何度も何度も振り返りながら走った。そして最後の通路を抜け、夜の空気が二人を包んだ。
巨大なミラ=コアの中枢タワーが、静かに──崩れ落ちた。




