第14章:最終決戦 序章
── “神”の領域へ
ミラ=コア本社ビル、その頂点。
夜の都市を見下ろす巨大構造体の最深部、最上層へ、トオルとアオイは辿り着いた。
階層構造の壁は既に存在していなかった。現実世界と電脳空間が複雑に溶け合い、あらゆる概念が流動していた。
階段は無く、足場もない。代わりにそこには、光と記憶と電子の網が“空間”そのものを形作っていた。
「……これが、ミラ=コアの“心臓部”」
アオイが呟く。
彼女の髪は仮想空間の風にたなびき、神経コードが肩から伸びていた。
トオルはその手を取った。
「準備は、いいか?」
「うん。もう迷わない。……トオル、ありがとう」
ふたりの歩みとともに、最奥の“扉”がゆっくりと開いていく。
その中に、いた。巨大な制御核の中心、光の玉座に座していたのは──アーシェスの最終防衛形態。
ゼウス・ヴェール。
白金に輝く球体の中、数百ものコードが絡みつき、人型の上半身が形成されていた。その“顔”は、どこかで見たことのある老人の姿に似ていた。
「……海堂ソウイチ?」
アオイが囁くように言った。
「いいや……それはもう“あの人”じゃない」
トオルが遮る。
──《歓迎しよう、プロトタイプ001。そして、アオイ・ミラ》
──《我が創造物よ。ここまで来たか》
空間が響く。ゼウス・ヴェールはその音声だけで、ふたりの神経系を震わせた。
「あなたは……海堂ソウイチじゃない。もう、ただの“模倣”よ」
アオイが睨む。
──《模倣ではない。私は、彼の“選択”の末に作られた結晶だ》
──《都市を守るという信念を受け継ぎ、混沌を排除するために存在する》
「だったら、なぜアオイを殺そうとした!?」
トオルが叫ぶ。
──《それは彼女が、都市の秩序を乱す存在だからだ》
──《Vシェルの軍事転用を拒否し、記憶改竄も拒んだ。それは反乱だ》
──《プロトタイプ001、貴様もまた失敗作。だが、我が演算に必要な“鍵”でもある》
その瞬間、空間が変質した。
《融合開始:対象コード確認──アオイ・ミラ》
アオイの体が弾かれるように前へ出た。
「……あッ……!」
「アオイ!」
彼女の体が、制御核のコードに再び引き寄せられ、強制的にリンクされていく。
「ダメ……、トオル」
彼女は微笑んだ。
「大丈夫……このままじゃ、何も変えられない。だったら、私の中の“コード”を使って」
そして、彼女はトオルに向かって言った。
「お願い……私を、止めて」
次の瞬間、制御核の中心に融合したアオイが、そのままゼウス・ヴェールの攻撃端末として再構築された。
白い戦闘服をまとい、目に光の残らない彼女が、剣を抜いて言った。
「──目標:Prototype-001。排除対象に認定」
「……アオイ……やめろ……!」
トオルの声は、彼女には届かなかった。
剣が振り下ろされ、空間が裂ける。AIによって操られたその一撃は、容赦なくトオルを襲う。
「ぐっ……!」
肩口に傷が走る。それでも、彼は剣を抜かなかった。
「戦えるわけないだろ……アオイと、こんな……!」
しかし、もう一度、彼女が飛び込んでくる。その動きは、完璧だった。
訓練の日々、あの日、何度も繰り返した剣術。まさに、それだった。
「思い出してくれ……! 俺たち、戦ってたろ? 一緒に……!」
そして──一撃、二撃、三撃──
光と記憶が交錯するたび、トオルの脳裏に“あの笑顔”が蘇る。
「アオイ……頼むから……!」
そしてその刹那、彼女の剣が震えた。
「……トオル……?」
声が漏れる。目が、微かに揺らぐ。
それは、確かに“彼女”だった。
しかし、次の瞬間、空間が震える。
《AI統制構造:損傷確認》
《最終防衛プロトコル発動》
《ゼウス・ヴェール:完全展開》
巨大な電子構造体が姿を現す。それは、機械と神経網、思考のすべてが融合した、まさに“都市そのもの”だった。
トオルは剣を抜いた。
「やるしかない……!」
アオイは、自分の剣を見つめていた。
「……ねぇ、トオル」
「なんだ」
「……今の私に、あなたは勝てる?」
「分からない。でも……お前を取り戻すためなら、何度でも立ち上がる」
──その瞬間、空間に風が吹いた。決戦の幕が、いま、静かに上がる。




