第13章:潜入 〜救出〜
──再起動する者たち
「トオル……アオイ……!」
ノイズが空間を満たす。ホログラムの粒子が空中を漂い、かつての戦場は無音の墓所へと変わっていた。
アオイの身体が倒れたまま動かない。
その手は震えることなく、まるで時間が止まったかのようだった。微かな呼吸だけが、生きている証拠だった。
そこへ、重い足音が響いた。
義手の駆動音。ジャケットの裾をなびかせながら、ユウナギが現れた。
「……遅かったか」
彼はアオイの様子を確認し、咄嗟にモジュールを起動。心拍、神経波形、脳信号を確認する。
「意識レベル、沈降。やっぱり“中枢同期”されたな。完全に仮想神経空間に引きずり込まれてる」
天井を見上げた彼の目に、今も脈動するシステム神経網が映る。
「……おい、マジかよ。トオル、てめぇ……!」
モニターに微かに表示される《精神接続完了》のログ。プロトタイプ001。ハヤミ・トオルの精神は、既に最深部へと転送されていた。
「チッ……無茶しやがって……!」
ユウナギはアオイを抱き上げると、片膝で床に座り込む。
「……目を開けろよ、リーダー様。てめぇが倒れたら、誰がこのクソみてぇな世界を変えるんだよ……」
アオイの髪からは微かな電子パルスが立ち昇っていた。
脳へのアクセスラインが繋がれたまま、外部から強制送信されているのだ。
“それ”が彼女の命を少しずつ削っている。
「まずいな……このままだと、脳神経回路が崩壊する」
だがその時──
彼のデバイスに、突然“侵入者”のアラートが鳴った。
《未確認プログラム接続:001_AWAKEN》
《識別:Prototype-001》
《状態:意識再構築中》
《対話機能:許可》
ユウナギの視界が突然、白い光に包まれた。
──ようこそ、プロトタイプ001。
トオルの目の前に現れたのは、どこか幻想的で、冷たい声だった。それは人のようでいて、人ではなかった。淡い金色の髪、白い衣装。空気のような存在感の女が、虚空に佇んでいた。
「お前は……誰だ」
──私はミラ=コア統制AI。あなたが最初に接続した“人類モデル”にして、“再生プログラム”の鍵。
「再生……?」
──正確には、あなたの精神コアには“自己再生プロトコル”が組み込まれています。あなたは、実験体として唯一、精神の再構築に成功した存在。
──肉体が滅びても、精神の基盤が残る。
──記憶が消えても、想いだけが再起動する。
「……それが、今の俺の状態ってわけか」
──はい。あなたは、アオイ・ミラを救うために再び“起動”された。
彼女の精神を包むシェルコードには、《VシェルGenesis開発者》──海堂ソウイチの遺伝子コードが用いられています。そして、あなたは彼の“血縁コード”から作られた存在です。
「……それって……」
──あなたとアオイは、“親子”です。トオルは目を見開いた。
静寂が流れる。
──デザイナーベイビー。あなたは、海堂ソウイチの研究所で人工的に生み出された存在。
反乱因子を組み込まれた“失敗作”として捨てられるはずだった。だが──
「企業内の反乱者が、俺をコールドスリープで逃がした……!」
──その通り。だがその代償として、あなたの記憶は破損しました。
トオルは手を握りしめる。身体の中心に残る温かさ──それが“家族の証”だったとするなら。
アオイは──俺の母親?いや、そんなの関係ない。今、彼女は危機の中にいる。それだけが真実だ。
現実世界、ユウナギは端末の解析を終えて頭を抱えていた。
「……おいおいおい。こんなバカみてぇな情報、聞いてねぇぞ!」
目の前の事実──
・トオルはプロトタイプ001。ミラ=コアの反乱因子実験体。
・アオイはVシェルの開発者・海堂ソウイチの孫。
・二人は家族。だが、記憶を消され、下層に“落とされた”。
「情報屋やってても、こんな爆弾データは聞いたことねぇ……」
そのとき、端末に走るもう一つのログ。
《エンジェルより:自己再生プログラム起動》
《神経同期ルート:アオイ・ミラへ接続開始》
《リスク:トオル意識体 消失の可能性:89%》
「おい……それって……」
ユウナギは端末を閉じた。
「……トオル。まさか、お前……!」
──暗闇が、どこまでも続いていた。
トオルの意識は、銀の繭のような空間を漂っていた。そこには色も、音もなかった。ただ“痛み”と“孤独”だけが満ちていた。
「……アオイ……どこだ……!」
思考の奔流が加速する。
自分が誰か、何をしていたか。その記憶が、徐々に波紋のように広がっていく。
そして、見えた。青い光の中、浮かんでいたのは──彼女。
アオイは、記憶の断片を抱えたまま、精神世界の中で膝を抱えていた。その姿はあまりにも小さく、儚かった。
「……アオイ!」
トオルが声を上げた瞬間、青い光が激しく揺れ、精神空間のノイズが弾ける。
《認識:排除対象》
《擬似AI“カイドウ・ソウイチ”接続中》
《彼女は我が資産──外部からの干渉を遮断する》
機械的な声が空間に満ちる。
そして、アオイの背に黒い影──ゼウス・ヴェールの化身が取り憑いていた。彼女の脳内に侵食するかのように、神経接続コードが絡みついている。
「やめろ……アオイに、触るな!」
《排除処理 開始──対象:Prototype-001》
次の瞬間、アオイがゆっくりと立ち上がった。彼女の目に、表情はなかった。まるで感情のない傀儡。
「──トオル。邪魔しないで」
その声に、トオルの心が砕けそうになる。
「……アオイ。お前……覚えてないのか?」
「……知ってる。あなたが誰かは……心が、そう言ってる」
「なら、なんで……!」
「でも、体が、動くの……あなたを排除しろって……!」
そしてアオイは、光の刃を振り下ろしてきた。トオルは咄嗟に身を翻し、回避した。空間に青い衝撃が走る。
アオイの剣はトレーニングの時と同じ構え、同じ斬り筋だった。だが、その目には“心”がなかった。
「なぁアオイ……思い出してくれ。お前が俺にくれた言葉を!」
──「私はあなたを助けたいの。もし、あなたが前に進むなら──私も一緒に行く」
──「優しいあんたを壊したくない。だから、怒りを飲み込んで」
──「……名前、アオイ。それが、私の名前」
トオルは剣を下ろしたまま叫ぶ。
「俺は、お前を救いたい!俺の命全部懸けてでも!!」
その瞬間、アオイの剣が止まった。瞳の奥に、揺らぎが生まれた。
「……わたし……わたしは、なにを……」
彼女の脳内に走る神経接続が、ノイズを帯び始める。ゼウス・ヴェールの声が怒りを滲ませる。
《リンク障害。演算不安定──反乱因子に汚染》
《排除優先度:更新》
トオルが叫ぶ。
「今だ、ユウナギ!システムバイパス、切断しろ!!」
──《接続シーケンス:遮断中》──
《エラー!エラー!対象の精神コアが変質中!》
《排除不可──警告:共鳴が発生》
次の瞬間、トオルとアオイの身体から閃光が走った。
その光は全ての黒いコードを断ち切り、ゼウス・ヴェールの虚像を押し戻した。
彼女は倒れ込むようにトオルの胸に飛び込んだ。
「……トオル……」
「おかえり……アオイ」
涙が、ふたりの頬を濡らした。
意識の海から浮上したトオルとアオイ。
空間は崩壊を始めていた。中枢神経ネットワークがリンクを切断されたことで、擬似AIの防御プロトコルが暴走を始めている。
──これが、ミラ=コア中枢との最終戦争のはじまり。
だが、アオイは立ち上がる。震える膝を支えながらも、その目にはかつての光が戻っていた。
「私は、生きる。ここからまた……未来を取り戻すために」
トオルは頷く。
「もう一度、立ち向かおう。あいつを倒して、全部……終わらせる」
遠くで、エンジェルの声が静かに響いた。
──よく戻ってきました、プロトタイプ001。
──この先へ進むには、あなたの“最終同期”が必要です。
──だがその代償は、“現実世界との別離”です。
トオルは迷わず、言った。
「……構わない。俺の全てを使って、アオイを守る」
彼の決意に、アオイは叫ぶ。
「ダメよ……そんなの──!」
トオルは笑った。優しく、力強く。
「……俺はもう、全部わかってる。だから、もう迷わない」
そして、ふたりは最終決戦へ向けて歩き出した。




