第11章:ブリーフィング
──誰も戻れない場所へ
「静粛に。今からブリーフィングを開始する」
アオイのその一声が、NOVA本拠地の作戦会議室全体を静かに制圧した。かつては命令される側だった少女が、いまや数百人の兵士と技術者たちを束ねるリーダーとなっていた。大型ホログラムが起動し、都市上層部──ミラ=コアタワーの立体構造が浮かび上がる。
「作戦名」
アオイの声が静かに響いた。
「目標は、ミラ=コア本社ビル最上階“中枢管制室”への侵入。神経ネットワークのコア《ノードΩ》を破壊・遮断し、中央統治システムを再構築する」
重い言葉が、会議室を圧した。その場にいた誰もが分かっていた。この作戦の意味。それが、今の世界そのものに刃を突きつけるということを。
「そこで、全戦力を三部隊に分割する」
アオイの隣に立ったのは、情報戦のエキスパート──ユウナギ。
「俺が率いるのは《デジタル戦術班》だ。仮想空間に侵入し、ミラ=コアのアルゴリズムを潰していく。ダイブ構造は三階層。各階にセキュリティが仕掛けられてるはずだ。根こそぎ抜いてやる」
ユウナギの軽口に、わずかに緊張が緩む。
「そして《先鋒班》は、トオルが率いる」
その名が呼ばれた瞬間、数十の視線が彼に集中した。トオルは一歩前へ出る。
「俺たちは最初に“最前線”へ突入する。敵の予備兵力の流入を阻止しつつ、強行突破で進路を作る。俺たちが止まれば、全体が止まる。それだけは忘れないでくれ」
かつて記憶を失っていた男。だが今、そこにいたのは確かに“隊長”の風格を持つ戦士だった。
「最後に、私が率いるのは《統率班》」アオイが言った。
「最深部、現実と仮想を結ぶ“転送装置”を起動し、チーム全体を《コード反転アルゴリズム》の入力点まで送り届ける。そのためには中枢エネルギーシステムの制御、転送安定化装置の確保、全てを担当する必要がある。時間との戦いになるわ」
ホログラムに映し出されるのは、数十層に及ぶ都市中枢部の断面。各部隊のルートが赤いラインで示される。
「ミラ=コアの守りは、想像以上に厳重。だが、過去最大規模の防衛兵器の出力は、現在奴らのネットワーク不具合により不安定だと掴んでいる。これが最大、最後のチャンスになる」
空気が引き締まる。
「だが──」
アオイは一度、言葉を止めた。
「……これは、命を懸けた作戦よ」
その目は、誰の目よりも真っ直ぐだった。
「失敗すれば、私たちは“反乱因子”として全てのデータごと“削除”される。痕跡すら残らない。それでも行く覚悟がある者だけ、ここに残って」
沈黙が数秒続いた──だが一人も、席を立たなかった。
「当然だ」最初に言ったのはユウナギだった。
「今さら止まれねえよ。ここまで来て、神様気取りの連中に街を返してたまるかってんだ」
次に、トオルが前を向いたまま口を開く。
「アオイ……俺は、最後まで一緒に戦う。お前がいる限り、どんな地獄でも行ける」
それを聞いたアオイの目に、一瞬だけ迷いが走った。だが彼女はそれを飲み込み、再び前を向いた。
「ありがとう……みんな」
その夜、基地中に緊張が走っていた。装備班は武器の最終チェックを、医療班は応急処置ユニットの更新作業を。
整備室では、トオルが愛用するコンパクトガンを磨いていた。
「……明日、か」
ふと手を止めたとき、背後から声がした。
「緊張してる?」
「そりゃあな。俺の心臓、すげぇ速度で鼓動打ってるぞ」
「……でも、大丈夫。私がついてる」
アオイは隣に腰を下ろし、トオルの手から銃を受け取る。彼女の指は慣れた手つきで分解・清掃・再組立をこなしていく。
「訓練のときと同じ。呼吸は一定に、視野は広く、敵を“感覚”で捉えるの」
「……また“先生”モードかよ」
「当然。あんたが死んだら、私、困るから」
二人は、少しだけ笑った。
翌朝、全チームが移動を開始した。都市の地下を通る古い電磁式転送トンネル。かつて貨物運搬に使用されていたが、今や完全な“裏ルート”として利用されている。車内、ユウナギがタブレットを開きながら言った。
「なあ、アオイ。改めて聞くけどよ……ほんとに“あの企業”に勝てると思ってるのか?」
アオイは迷わず答えた。
「分からない。でも──勝てなきゃ、この街はもう終わりよ」
その言葉に、誰も反論はなかった。暗闇のトンネルを抜けた先、目の前にはそびえ立つ──ミラ=コア本社ビル。その頂点が、まるで世界を監視する神の目のように、ゆっくりとこちらを見下ろしていた。
「作戦開始まで、あと3時間」
ついに、決戦の時が迫っていた。




