第1章:目覚め(プロローグ)
そして、──見つけた。
霞の先に、異様な光。都市の残滓。
それはまるで、夜の海に浮かぶ蜃気楼のようだった。
──《シブヤ》。
唯一、“生き残った都市”。
だが、それは命の光ではなく、崩壊の中で捻じ曲がった繁栄だった。
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シブヤの外縁部を超えた瞬間、彼の網膜にノイズが走る。
視界に3Dホログラムが浮かび上がり、白い笑顔の案内役が現れる。
「ようこそ、ネオ・シブヤへ。入域者は生体IDとマインドシグネチャを提示してください──」
言葉に反応せず通り抜けると、光がねじれるように世界が変わった。
空には巨大な目のホログラム。3D映像で回転し、街全体を監視している。
遠くの高層ビル群では、ネオンが踊り狂い、カタカナとハングルが混じった広告が壁一面に流れていた。
中央には、スカイラインを突き刺すような超高層構造体。
かつての企業国家《ミラ=コア》の本拠──ネオン・レイヤー・タワー。
その塔は今も不気味な光を放っていた。
だが、彼が足を踏み入れたのは上層ではない。
《下層》──シブヤの影。
そこには、機械と肉体が混じり合った歪な人々が蠢いていた。
片腕を義手に換装し、義眼からインフォメーションを読み取る少年。顔面の半分がメタルプレートで覆われた浮浪者が、缶を蹴り飛ばす。
全身にデジタルタトゥーを走らせた男が、意味もなく笑っている。
道端には、ド派手な羽根付きの衣装をまとった自称アイドルと、網タイツとラメコートを着た売春婦と思しき女性たちが男たちに声をかけていた。
「ねえ、そこのお兄さん……初めてでしょ? “サービス”するわよ?」
彼は無言のまま通り過ぎる。一瞥もくれない人々。この街では、“無関心”が最も誠実な態度だった。
通り沿いには、廃棄物という無骨な看板を掲げたジャンク屋。店先には壊れたH.A.R.D義体、焼け焦げたドローンの羽、用途不明のチップが山積みになっている。
一方、機械とだけ書かれた簡素な店舗。H.A.R.Dウェアの埋め込みを行う無許可業者だ。
中を覗くと、壁や床に乾ききらない血痕がこびりついていた。
道の端では、3Dホログラムが空中に艶めかしい女性を投影していた。売春宿の広告が女性がゆっくりと腰を揺らして踊る。まるで本物のように。
そして、そのすぐ横では、海を模したホログラムに無数の魚が泳いでいた。それはレストランの演出。だが、本物の魚などこの時代には存在しない。水も海も、記憶だけの遺物だ。
路地裏に目をやれば、倒れた男の隣に転がる注射針。壁に背を預けたまま、反応のない女。その一角は、誰も干渉しない“死に待つ空間”だった。警察すら近寄らない。
この街の裏側──影でできた街の本当の姿だった。そんな中で、明らかに異質な存在が彼に視線を向けていた。
──警察。
顔を隠したメタルフェイスの巡視官2人。背中に「都市秩序保全課」の文字。動きはないが、確かに“監視されていた”。
理由は一つ。彼が“外から来た者”だからだ。
この世界では一度外に出れば、戻ることは許されない。外の世界は“死”であり、“禁忌”である。だから戻ってきた者は、異端者、もしくは“逃亡した大罪人”としてマークされる。
警官のヘッドギアがわずかに赤く点滅する。AIによる自動識別が、彼を“危険人物候補”としてタグ付けした証だった。
(──俺は……この都市に、何をしに来た……?)
誰も答えてはくれない。けれど、彼は歩みを止めなかった。
世界がどうであれ、自分が何者かを知るために──
そして、この街の奥に眠る真実と出会うために。
初投稿になります。
よろしくお願いいたします。