第3話 アイザックvsヴァール
話の流れでダロン伯爵の騎士と戦う羽目になったアイザック。両者が対峙する。
「この者の名はヴァール・ドラグガード。元近衛兵という経歴を持ち我が騎士の中で最強の実力者である。そしてわかっているだろうが近衛兵ということはそれだけで世界最上位の実力者といっても過言ではない。アイザック殿にはぜひこの者を相手に実力を示してほしい」
「よろしくお願いします。アイザックさん」
紹介されたヴァールという騎士がアイザックに会釈する。その人物は細身で年のころは30代の男。アイザックは近衛兵と聞いて驚いていた。
「ほう?近衛兵ですか。それはぜひお手柔らかにお願いします」
近衛兵の強さはさすがの田舎者のアイザックでも耳にしている。アイザックとしてはもしかしたら自身に剣術の才があるかもしれないと感じているが、たった2週間前に剣を握ったばかりの素人が元とはいえ世界トップクラスの実力者の集まりである近衛に在籍していたほどの超一流を相手にどうにかできるとは思っていない。アイザックの頭にあるのは農業をするためにケガをしたくないということのみ。
「それでは開始の合図は私がしよう」
そういって対峙する二人の間にダロン伯爵が嬉々として立つ。実はダロン伯爵は実力者同士の戦いを見るのが好きないわゆるオタクである。だからこそ目の前で自身の最強と未知の実力者との戦いを見れるのを内心でうれしく思っている。
「それでは両者準備はいいな?…………はじめ!!」
ダロン伯爵の腕が振り下ろされ開始の合図が下された。ちなみに戦う場所は村の中央の大きく開けた場所。だからこそ多くの騎士や村人が観客として見守っている。しかしダロン伯爵の腕が振り下ろされても両者に動きはない。
「(これはどう戦うべきかのう……困った……)」
戦い方を悩んでいるアイザック。相手は貴族の騎士であり全力でやるべきか。しかし万が一に勝ってしまった場合にややこしくなりはしないか。そんなことを思考していたアイザック。平民にとって貴族や騎士というのはそれほどに逆らえない対象なのである。
しかしヴァールはアイザックが攻めてこないのを62歳という年も考えて戦い方が返し技主体なのだと考えた。
「そちらが来ないのであればこちらから参りましょう」
ダッ!
対峙したまま動かなかった両者。先に動いたのはヴァール。それによりアイザックは思考を切り替える。相手に合わせるという方向に。
「まずは小手調べです」
ザン!ザン!ザン!ザン!
ヴァールから振るわれる剣の乱舞。振り下ろし振り上げ横薙ぎに斜め斬り。その乱舞は流麗でいて鋭く速く重い。ガルザーグなどよりも遥かにレベルの高い剣術をアイザックに披露する。
「(なるほど……まるで剣術の手本を見ているような綺麗な流れ。 これは勉強になるのう)」
しかしそのヴァールの乱舞をアイザックは時に回避して時に受け流しながらじっと観察する。ちなみにその様子を観客として見ていた騎士たちは驚愕していた。
「すげえ……あのヴァールさんの連撃をかわしてるぜ……」
「それだけじゃねえよ……受け流すってのは剣の流れを見えてなきゃできねえんだぞ……それをあのじいさんは……」
「ヴァールさんも本気じゃないけど……なにものなのあのお爺さん……」
攻め続けるヴァールはしかしわずか数分で足を止める。
「なるほど。アイザックさんの剣士としての経歴の真実は置いておくとしても、アイザックさんが只者ではないというのは理解しました」
「そうですか。でしたらもうよろしいですかな?」
そのアイザックの質問にヴァールは楽しそうに笑みを浮かべる。
「そんなまさか。これからでしょう?楽しくなるのは……私がアイザックさんの底をさらけ出させるんですから」
そう言ったヴァールの眼を見てアイザックは集中を高める。それはこれからヴァールの元近衛兵としての本気が押し寄せると理解したため。
ダッ!!
「(はやい)」
先ほどの比じゃないほどのスピードでアイザックに迫るヴァール。しかし本気となったヴァールは速さが上がっただけでなくフェイントも織り交ぜながらより複雑な乱舞を繰り出した。
「(これが噂に聞く近衛兵の強さということか。山賊とはレベルが違うのう……しかし……)」
確かにより速くなったしフェイントを織り交ぜながらの乱舞は対応が難しく多くの者は四苦八苦するだろう。しかしアイザックが持つ天性の眼の良さ・見切りの高さにはヴァールが本気となったからこそ肥大化した隙が見えていた。
「(フェイントを入れて振り上げる。次に振り下ろしと思わせて横薙ぎ。ここで突き)」
まるで未来でも見えているかのようにアイザックが心で思っている通りの行動を取るヴァール。アイザックにはヴァールの癖が見えていた。
「(……ここじゃな)」
タン
一歩踏み込みヴァールの喉元に突きを繰り出すアイザック。
「っ!?」
その動きに焦りを見せるヴァール。ヴァールとしては決して虚を突かれたわけではない。ずっとアイザックの動きには注視していたし攻勢に出てくることも想定していた。さらに言えばアイザックの動きは決して速くもない。
しかしヴァールが一番動かれたくないタイミングで一番突かれたくない部位を狙われたことで慌てて身を逸らしながら大きく後退した。
「はあはあはあはあ!?」
今のアイザックの攻撃に自身の死を感じ取り息を切らせ冷や汗が流れ出るヴァール。
「(なんだ今のは……完璧だった……アイザックさんがもう少し速ければ……)」
しかしそこまで考えてアイザックを見ていたヴァールは自身の考えを否定する。
「(いや違う……俺が避けれる程度の速度で動いてくれたのか……これがつい最近剣を握ったばかりの老人の動きなのか……馬鹿げている……そんなわけがない)」
ヴァールも経験豊富で一流だからこそ少しの動きで理解する。目の前にいる相手が自身よりも格上だということに。
「もう終わりでいいのかな?」
結果的に2人の対決はもうしばらく続き引き分けで終わった。
読んでくださりありがとうございます!
もし少しでも面白いと思ったら評価・ブックマーク・感想をしてくれるとそれが作者の描き続ける原動力となります!よろしくお願いします!




