第99話 そんな彼女の親友のお父さん。
「ん。あまりうまくいってはいないかな」
愛は頬のあたりを掻きながら言った。
「それって、やっぱりご両親のことで?」
「うん。愛人作って姉様と母様を捨てたし、やっぱり何もなかったようにはできないというか」
ん。なんだかひっかかる言い方だな。
「というか、なに?」
「その、なんだ。アタシ荒れててさ。問題ばっかり起こして、父様の政治家としての立場も悪くして。父様、いつのまにか愛人と別れたみたいで。アタシに気を遣って、別れちゃったのかなって。でも、そんなの意味ないじゃん? 今更、愛人と別れたって元通りになるわけじゃないし」
なるほど。
自分が両親の邪魔になったって思ってるのか。
それにしても父様とは……、本当にお嬢様なんだな。
「父様と母様? プププッ」
俺がそう言うと、愛は頬を膨らませた。
「まじころす!! あー、言わなければよかった」
「そういえば、今度のライブの件、お父さんは知ってるの?」
「さぁ。忙しい人だから、どうせ知ってたってこないだろうし」
そう言う愛の顔は少し寂しそうだった。
元通りにはできなくても、今よりは良いかたちにはできるんじゃないかな、とも思う。
告白を断った俺が口を出すのは図々しいとも思うけれど、俺にできることがあるなら、なにかしてあげたい。
その後、練習に戻ったがグデグデだった。
強いて言えば、愛紗がメイクを頑張ったことくらい?
「なぁ、また愛の家に連れて行ってくれよ」
俺がそう言うと、なぜか愛は赤面し、自分の髪の毛の先をクルクルとねじった。
「いいけど……、いきなり来られても、可愛い下着とかないし……それにお手入れとか色んな準備も」
「いや、お父さんに会わせてよ」
「いいけど、お前、変わってるな。みんな、あの人のこと、めっちゃ怖がる」
「たしかに、こええ。愛の姉御の怖さは、お父さんにそっくりなんスね」
俺は腰を落とし仁義を切る真似をした。
すると、……愛に思いっきり蹴飛ばされた。
愛の家につくと、応接室に通された。
「アタシもいた方がいい?」
「いや、1人で大丈夫」
そう言うと、愛は心配そうに振り返りながら、自分の部屋に戻って行った。
応接室は静まり返っていて、秒針の音だけが響いている。応接のための部屋のくせに、すごく居心地が悪い。
しばらくすると、愛のお父さんがやってきた。
相変わらず、威圧感がすごい。
「藍良くんって言ったかな。んで、今日は何か用かね?」
お父さんは声が低い。不機嫌そうだ。
それはそうか。この前、俺はそのまま帰ってしまったし。
「あの、今週末、愛さんが学園祭で演奏するんですけど、観に来て貰えませんか?」
お父さんはギロリと俺を睨んだ。
「君はどういうつもりなんだ? 愛は君のことを好いているのだろう。娘のことを弄んでるのか?」
ひいぃ。
なんだか事情をご存知のご様子。まさか、告白されたことも知ってるのか?
「そんなつもりはありません。ただ、俺は愛さんのことを友達だと思っていて、友達のために何かできるかと思って、今日は来ました」
「それで?」
「あの。愛さんは、お父さんに罪悪感を持ってるみたいです。家族の皆んなに迷惑かけてるって」
「愛がそんなことを……。悪いのは私なんだがな」
「あのベースはお父さんのだと聞きました。うちの父さん演奏の仕事してるんですけど、あのベースを見て、よく手入れされていて、本気で弾き込まれている楽器だって言ってました」
「それで?」
「おれ、事情は分かんないですけど、お父さんは、そんなベースをやめてまで、愛さんのお母さんと結婚したんだなって思いました。だから……上手く言えないけれど、きっと愛さん、お父さんにベース弾くのを見て欲しいと思います」
愛はきっと、お父さんにも沢山、迷惑をかけたから。お父さんにどう思われているのか不安なんじゃないかと思う。
お父さんは立ち上がり、キャビネットの上のグラスにブランデーを注いだ。
「君も飲むか?」
「いや、おれ未成年なんで」
そう言うと、お父さんは笑った。
「そうか。私には息子はいないが、息子がいたらこんな感じなのかもな。……わかった。約束はできないが、スケジュールが調整できれば行こう」
「ありがとうございます!!」
俺はお辞儀をした。
身支度をはじめると、お父さんが言った。
「君も何の得にもならんのに、お人好しだな。娘には会っていかんのか?」
「いえ、今日はこのまま帰ります……」
さっき、愛から「お風呂入って準備できたから、帰りに寄って」ってメッセージが来たのだ。
部屋にいったらヤバい気がする。
そんな俺の心中を察したのか、愛のお父さんは言った。
「……そうか。うちの娘、美人だと思うがな。あ、藍良くん。紅先輩にも宜しくな」
(スタイルよくて美人だから、余計にヤバいんだよ)
ってか、紅って父さんの名前だし。父さんと知り合いなのか?!
……世の中って、本当に狭いんだな。




