第98話 そんな彼女の親友の曲。
家に帰るとリビングに集まり、早速、家族皆で曲を聴いてみた。
いきなりサビから入り、ベースとギターがグイグイ引っ張っていく。スラップを効かせたベースソロに、フルピッキングの力技のギターソロがハモっていく。ドラムだけがリズムを刻むブレイクもある。ベビーメタル寄りの曲調だ。
すごい。
素直にカッコいい。
こんなのが演奏できたら、気持ちいいだろうな、と思う曲だった。
この時、愛は中2って言ってたけれど、うますぎだろ。
愛紗も興奮気味だ。
「兄貴、すごい。我、これがやりたい!!」
だが、これ。
よりによってテクニカル系バンドでしょ。
果たして初心者バンドで真似っこ出来るのか?
ギターソロも、すっごくテンポが速いんだけど。俺、現時点では、聞き取る事すらできていないです。
それに、採譜はどうしようかな……。
俺はもちろんできない。
父さんにお願いするか。
「父さん、採譜ってお願いできる?」
「あぁ。任せておけ」
よかった。
本当は譜面に落とすところから自力でやりたいが、ちょっと無理だ。合法チートを活用しない手はない。
「こんな時、持つべきものはミュージシャンの父親だよ」
「調子の良いヤツだな。小学校の時、俺に参観に来てほしくないって言ってたよな? あれ、何気に傷ついたんだよなぁ」
いや、だって。
金髪長髪のお父さんが来たら、誰だってイヤでしょ。
俺が返事をする前に、父さんは言葉を続けた。
「蒼、お前、これ何日くらいで弾きたいの?」
「今週末だから……えと、あと4日?」
父さんは、眉を八の字にした。
明らかに小馬鹿にしている。ムカつく顔だ。
「お前、バカなの? これ、マトモにやったら年単位で時間かかるぞ?」
「……年単位……、父さん。どうにかならんの? 裏技とか」
「参観の件……パパに土下座」
父さんは、地面を指さして、ニヤついている。
やはりムカつく。
「父さん、いや、お父様っ。ほんとは授業参観きて欲しかったです!! でも、パパ様がイケメンすぎて照れてしまいました。だからっ、教えてくださいっ!!」
俺は土下座した。
ついでにトッピングで、地面に額を擦り付けてやったぜ。
「おまえなぁ。どこのツンデレだよ。プライドなさすぎだろ」
父さんは呆れ顔だ。
「んで、教えて?」
父さんは、俺の耳元で囁いた。
「仕方ねぇな。口パク……もとい、当て振りすっか♡ オリジナルは俺様が弾いてやるから」
マジか。この人。
とても、プロ演奏家の言葉とは思えん。
演奏したフリで乗り切れと言っている。
俺は、さっきの愛とのやり取りを思い出した。
……ダメだ。
当て振りなんてしたら、本気で軽蔑されるか、泣かれると思う。それにそもそも、合同練習が乗り切れん。
だから。
「それじゃ、ダメだ」
「お前、これ、愛ちゃんが前彼と作った曲なんだろ?」
「そうだけど」
「それを引き継ぐってことは、その想いも受け継ぐことなんだよ。なまじ、うまく弾いたら、ますます惚れられるぞ?」
「惚れ……って、そんなんじゃないし」
「ふぅん。ま、バレバレだっつーの。元遊び人なめるな。音楽には力がある。プロミュージシャン、なめるなって」
元……現役遊び人じゃなくて良かったよ。
「口パク男がよく言うよ」
俺がそう言うと、父さんは、おちゃらけた口調になった。
「そう言うなって。俺がパパで良かったって思い知らせてやるんだからっ」
「どんなツンデレだよ」
「ま、明日の夜まで時間をくれ。それと、本気で明日から学校休みな」
明日の夜までって、残り時間の半分近くが消費されてしまうのだが……。
いやでも、俺は、この局面をパパにお任せルートで乗り切ることに決めたのだ。……毒を食らわば皿までっていうし。父さんに任せよう。
「あぁ、頼むよ」
俺がそう言うと、父さんは俺の肩を叩いた。
愛紗は曲を何度も聴きながら、拳を握っている。
「我も本気を出す時が来たようだな」
ちなみに、愛紗は歌は上手くない。
贔屓目に見ても、可もなく不可もなくっていうレベルだ。
「ま、ドンマイ」
「なんじゃ、始まる前にドンマイとか、失礼なヤツじゃな」
愛紗はご立腹らしい。
(俺は、自分に出来る事をするか)
風呂に入って、また父さんの部屋に戻った。
コード弾きなら出来る。
伴奏は幸い、押弦の簡単なパワーコードが中心だ。
ええと、こんな感じで……。
ここを押さえて……。
指がすぐに痛くなるし、思うように動かない。
こんなことなら、前に、父さんが教えてくれるって言っていた時に、素直に習っておけば良かった。
愛紗も横で歌っているが……ドンマイ。
父さんは、時折、そんな俺らをみてニコニコしている。
(任せとけって言われたけど、どうするつもりなんだろ)
次の日、放課後に練習をすることになった。
スタジオを借りて、4人で合わせる。
正直、演奏と言えるものでは無かった。
愛紗は叫んでいるだけ。
俺に至っては通して弾けすらしない。
真宵はテンポがモタついている。真宵は決して下手ではない。むしろ、中2にしてはうまい方だと思う。それでも、手数についていけていない。
ちゃんとできているのは、愛くらいか。
練習がひと段落すると、愛が言った。
「ごめん。こんな弾きにくい曲で。厳しかったら、それぞれ演奏をアレンジしてもらってもいいから」
……空気が重い。
「10分、休憩にしようか」
俺がそう言うと、愛は部屋から出て言った。
愛紗は呑気な感じだが、真宵は表情を歪めている。きっと、悔しいのだろう。
俺は真宵の肩を叩いた。
「無理ないよ。プロ目指してたヤツらの曲だぜ?」
「でも、悔しいです。わたし、実は自信あったんです。それなのに、わたしが足を引っ張ってる」
(どう考えても、台無しにしているのは俺と愛紗なのだけれど。……責任感がある子なんだな)
さて、台無し共犯者の姫にも一発かましとくか。
「愛紗。ボーカルって、なんとかなりそうな気がするじゃん? でもな。普通の人は、ライブで誰を見ていると思う? ドラム? ギター? 違う違う。一番見られるのは、ボーカルなんだよ」
すると、愛紗は青ざめて、急にあたふたとし出した。
ふっ。お前も苦しむが良いわ。
「みんな、わ、我を見てる? この美貌を見に来ているのか? やばい。メイク頑張らないと」
嫌味ストライクは効かなかったらしい。
うちの妹は、思ったよりアホだった。
俺も部屋から出ると、愛は外階段の踊り場で風に当たっていた。俺に気づくと、愛は少し悲しそうな顔をした。
「愛からしたら、もどかしいよな」
「いや、アタシも無理な曲だと思うし」
「俺が無理を言って、曲を貰ったのに、ゴメン」
「ううん、ほんとは最初から、もっと簡単な他の曲を渡せば良かったんだよ。でも、なんか、やるならあの曲が良いって思っちゃってさ。あの曲ね、仮音源とっただけで、ライブではやったことがないんだ。その前に、バンドなくなっちゃった」
好きな人が亡くなった時の曲ってことか。
愛はきっと、変わりたいって思っているのだ。だから、この曲をやって一歩を踏み出したいっていう気持ちは理解できる。
愛はあの時、時が経っても変わらない、辛くて眠れないから「助けて」と言った。
チャリに乗せただけで、助けられたのだろうか。
いや、全然だ。
全然、足りてない。
愛を立ち止まらせている根っこは……。
もしかすると、好きな人が亡くなったことだけじゃないのかも知れない。雅が、愛とお父さんの関係がうまくいっていないと言っていた。
だから、聞いてみることにした。
立ち入りすぎて嫌われちゃうかな。
「愛。お父さんとはうまくいってるの?」




