第97話 そんな彼女の親友とつーりんぐ。
免許、とっておけば良かった。
「駅前で待ってろ」
そう言って、俺は急いで帰った。
愛パパへのご挨拶……は不可抗力で中止。
ひぃぃ。さらに嫌われてそうだ。
「……はぁはぁ」
家に入ると、愛紗がいた。
「兄貴、どうしたんじゃ? そんな汗だくになって」
部屋に戻って準備をする。
「ちょっと、また出てくるわ」
俺は自転車に乗って、駅まで走った。
心頭滅却すれば、これはバイクだ。
英語なら、自転車もバイクっていうし。
(……愛に爆笑されそうだけど)
駅につくと、愛は既に来ていた。
ジャージからスカートに着替えている。
俺に気づくと、愛は目をまん丸にした。
その右手には半ヘルの顎紐が握られている。
ヤバい。
あれ絶対に、普通のバイクでくると思ってたヤツだ。期待が心に刺さって痛い。
(さすがにチャリじゃ、ダメかな)
愛は、笑いそうになって、でも、それを手で押さえて、言った。
「ありがと。思ったより随分華奢なバイクだけど(笑)。丘の上の公園に連れてってよ」
俺は後ろの席に愛を乗せて、チャリで走った。重いから立ち漕ぎをして、公園を目指して道を走る。
愛は横向きに座るようにのって、ヘルメットをかぶっている。ツバで顔は見えないが、俺にギュッと抱きついてきている。
カーブを抜けると、急に視界がひらけた。
風がぶわって吹いてきて、髪の毛が巻き上げられる。
普段見慣れている街並みが、宝石のようにキラキラしていた。
愛は叫んだ。
「涼のばかー!! バイク乗せてくれるっていったのに、嘘つきー!! 他の男と乗っちゃったからぁー!!」
(……ほんとチャリでゴメン)
「はぁはぁ……」
俺が息切れして自転車を止めると、愛は自転車から降りて、ガードレールに腰をかけた。
俺はヘロヘロだ。
まだ目的の公園の半分も来ていない。
俺もガードレールに寄りかかったが、息が上がってしまって、なかなか落ち着かない。
地面に視線を落とすと、ガードレールに空き缶が縛りつけられていて、花が挿してあった。
(誰か事故でも起こしたのかな)
公園はまだまだ先だ。
バイクがチャリになっちゃったんだ。
せめて、もう少しくらい頑張らないと。
「わるい、愛。もう体力が」
「帰りは下り坂だから大丈夫」
「……ここで戻りで、いいの?」
「……十分!! すっきりしたぁ!! 好きな男と来てやった!! 涼はきっと今頃、悔しがってるぜっ」
愛はピースサインを作って、笑った。
その顔は、本当に綺麗だった。
愛は目を背けると、話し始めた。
「あのさ、アタシ、蒼と一歌に謝らないといけないことあるんだ」
「ん?」
「アタシさ。姉様に負い目があって、姉様が一歌をイジメてるの分かってたのに、見てみぬフリを……」
俺は愛の口を手で押さえた。
「そうか。わかった。それ以上はいいから」
それは雅と愛が姉妹だと分かった時から、なんとなく気づいていたことだ。こんな性格なのに何もしないはずがない。もしかすると、愛が美桜に、一歌のそばにいるように頼んだのかもしれない。
「アンタ、変わってるよ。こんなアタシにも優しい、あのさ」
「ん?」
「アタシの話を聞いたら、「そうか、分かった」って言って?♡」
愛は、珍しく甘えん坊の顔をしている。
「そうか、わかった」
「……まだ早いし!! この後に言って。ちょっと待ってね。えと、こほん」
また風がぶわっと吹いて、愛の髪の毛が舞い上がった。
髪が落ち着くと、愛は言葉を続けた。
「蒼。アタシ、アンタの事が好き。大好き。愛してる。ずっとアタシと一緒にいて」
遠くの方で、車のクラクションが聞こえる。
ププーって。何にイライラしているんだろう。
「……ごめん」
なんで、今なんだろう。
ずっとモテない人生で。違うタイミングだったら、夢みたいな話なのに。
愛は手を軽く握り合わせて、俺を見上げるように覗き込んで言った。
「アタシも蒼が初めてだったとしても、ダメ? その……キスのことだけど」
「……ごめん」
俺は繰り返した。
すると、愛はちょっとだけ寂しそうな顔をして、ずっと遠くの車列の方を見た。
「ちぇっ。そこは「そうか、わかった」でしょ? でも、答えはわかってたし。真剣に聞いてくれて、ありがとう」
「ううん、ごめ……」
すると、今度は愛が俺の口を塞いだ。
愛の唇を押し付けられて。
おれは言葉を続けられなかった。
「んー、謝られると惨めになるから禁止。2度目もキスしちゃったね? ほんとガードが甘いんだから。だからモブなんだよ?」
「え?」
「モブすぎて、アタシ、自分の気持ちに気づけなかったじゃん。アンタが空気じゃなくて存在感あったら、一歌より早く告白できてたかもしれないのに。だから、このキスは蒼が悪い!!」
謎理論すぎる。
でも、空気でごめん……。
「俺、被害者……」
愛はパンパンと膝のあたりを叩くと、立ち上がった。
「おかげで、前に進めそうだよ。だから、ありがとう。これ、曲の音源。それと、アタシ、譜面書けないから、それはお願いね?」
愛からCDを受け取った。
「わかった。ありがとう」
「それと、ギターパート難しいから。ちゃんと弾けよ? もしショボい演奏したら、今のキスのこと、一歌にチクるから!!」
理不尽だ。
愛は反対側を向いた。
顔は隠れてしまっているけれど、どんな表情をしているのだろう。
泣いてるのかな。
笑ってるのかな。
困ってるのかな。
愛は向こうを向いたまま呟いた。
「アタシだって、一歌に悪いって思ってるんだよ。でも、初めてくらい……キな男としたいじゃん」
肝心なところが聞こえない。
視線を戻すと、視界にチャリが入った。
自転車じゃ、カッコつかないよな。
「あのさ。ダサいバイクでごめんな。ほんとはもっとカッコいいので行きたかったんだけど」
「ばーか。世界一カッコいいっつーの」
こっちを向いた愛は、笑顔だった。




