第94話 そんな彼女の親友の曲。
愛は俺を心配してついてきてくれたらしい。
その後ろには真宵もいる。
「そっか、変なこと聞いてごめん。ちなみに、権利的な理由か?」
「違うけど。とにかく、無理なんだよ」
もっと気持ち的な理由か。
「どうしてもか?」
「ごめん……」
愛は俯いてしまった。
なんだか辛そうだ。
曲については、ここで話しても話は進まなそうだ。時間もないし、ダメならダメで他の方法を考えなければならない。
顔合わせは、それで終わりになった。
父さんに相談してみるか。
仮にもプロなのだ。曲くらい簡単に作れるかも知れない。
俺は家に帰ると、父さんに相談した。
「……と、いう訳で父さんなら、なんとかならないかな」
父さんは俺と愛紗を見ると言った。
「たしかに、曲を作って渡すことはできるけど、それは違うんじゃないか? 学祭でやるんだろ? 下手でも自分達の曲だから思い出になるし、意味があるんだよ」
そうか、そうだよな。
父さんは質問した。
「そのライブって、愛ちゃんのお父さんも来るの?」
「分かんない。でも、忙しい人だろうし。それに、愛が言ってたじゃん。愛のお父さんは今はベースが嫌いだって」
父さんはギターの手入れをしている。ウエスにワックスをつけて、ゴシゴシと磨き上げるのだ。
父さんがウエスを広げると、真っ白なウエスに黒い汚れがついていた。
……楽器って、こんなに汚れるものなのか。
俺の顔を見ると、父さんは話を続けた。
「そうだったな。でも、好きの反対は無関心ともいうだろ? あのベース、綺麗だった。俺には、無関心に放置されていた楽器とは思えなくてな。……父親としては、やっぱり嬉しいものなんだよ。子供が、自分が好きだった楽器を弾いてくれるのは」
……そんなものなのかな。
部屋に戻ると、一歌から電話がかかってきた。
俺が事の経緯を話すと、一歌は言った。
「……愛からその曲の経緯って聞いた?」
「あぁ。なんか昔、好きな男の人がいたとかなんとか」
「……そっか。蒼くんにその話したんだ」
一歌の声には元気がなかった。
「どうして?」
愛の昔話は、俺が聞いたらまずい事だったのかな。
「ううん。いいの。ただ、愛にとっては辛い話なハズだから。蒼くんのこと頼りにしてるんだなぁって」
一歌は咳払いをすると、声のトーンを少しだけ上げた。
「……えとね、その曲はその彼とやるハズだったんだって。だから、難しいんじゃないかな。……でも、愛の助けがないと、愛紗ちゃんがヤバいんでしょ? 愛の住所教えるから、行ってみなよ」
「一歌もこれない?」
「ごめん。わたし、ちょっと雅ちゃんと約束があって。それに、今回は、わたしじゃない方が良いと思うし」
一歌は一緒には来れないとのことだった。
俺はよく分からないが、一歌と雅はそれなりにうまくやっているらしい。よかった。
色々と巻き込まれた甲斐があるってもんだ。
教えられた住所にいく。
マップアプリを頼りに歩くと、次第に、周囲の家が大きくなっていく。
「ええと……ここだよな?」
アプリが示す土地は、一角が白壁で囲まれていた。広くて中には木々が見える。知らないできたら、神社だと思ってしまいそうだ。
(ってか、これで一軒の家なの? 敷地にウチ100軒くらい作れそうなんだけど)
入口は……どこだ?
ぐるりと一周まわると、車寄せのようになってる大きな門があった。
「それにしても、すごい家だな。ドラマに出てくる政治家の家って感じ……」
インターフォンを鳴らしてみるが、無反応だった。愛にメッセージを送ってみるが、そちらも既読スルーされた。
いつも、すぐに返事をくれるのに。
なんだか、告白もしていないのにフラれた気分だ。
時計を見ると20時半を過ぎていた。
もうこんな時間か。
出直すしかないか?
でも、学園祭まで時間がないし。
どうしよう。
途方に暮れていると、黒塗りの大きな車が、車寄せに横付けされた。運転手さんがサッとドアを開け、後部座席の男性にカバンを手渡す。
タイミングを見計らったように、ギギギと大きな門扉が開いた。
(きっと、愛のお父さんだ)
俺は駆け寄り、声をかけようとした。
すると、運転手さんに遮られた。
これでは、近づくことすらできない。
「……君は?」
落ち着いた低い声。
愛のお父さんだ。
「あの、おれ、……僕は藍良 蒼といいます。愛さんの友達で、ちょっと会わせてもらえませんか」
男性は表情を変えずに答えた。
「会うなとは言わんが、こんな時間にいささか非常識じゃないかね。出直して来なさい」
完全に相手が正論だ。
初対面の、しかも女の子の家に、こんな時間に来る事の方がおかしい。
だけれど、愛をこのままにできない。
もちろん、愛紗の学祭のことは心配だが、愛のことも放置できない。愛はきっと、ずっと同じ場所に留まっていて、うずくまっていて。
前の偽デートの時も、違和感があったんだ。今回だって、俺に昔のことを教えてくれた。
愛は俺に。きっと本人も気づかずに。
SOSを出しているのではないか?
だから、簡単には諦められない。
「……でも、なんとか会わせてもらえませんか?」
俺が食い下がると、男性は眉間に皺を寄せた。
「君、しつこいね。出直してきなさいと……」
その声色は、明らかに苛ついていた。
(やっぱダメか……)
すると。
「……お父様!!」
それは聞き覚えのある声だった。
雅だ。
雅は俺の顔を見ると言った。
「やっぱり、こうなってたかぁ。……来てみて良かった」




