第86話 そんな彼女の実況見分。
実況見分、本当にするらしい。
俺は昨日のラブホの前に連れて行かれた。
チカチカする看板を見ながら、一歌は言った。
「蒼くんは、ここで手を引っ張られて中に連れ込まれたと……」
「いや、連れ込まれてないし」
一歌は眉間に皺を寄せた。
「え~、今回の犯人は実に手ごわい。あなたはきっと、こんなことを言われた」
「どんなこと?」
一歌は額に人差し指を当てた。
「えー、『わたしの全部あげるから、今だけ一緒にいて』と、まぁ、そんなことを言われて動揺したと」
まじか。
似たようなことを言われた気がする。
無駄に鋭いんだが。
一歌は続けた。
「今泉くーん」
誰だよ、それ。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
俺がそう言うと、一歌に手首を掴まれた。
「逃げるのダメだし。実況見分続けるし」
俺と一歌はフロントの前で立ち止まった。
一歌は続ける。
「蒼被告は、ここで『どこにする?』と聞き、えー、きっと雅容疑者は『えっ。こういうとこ初めてだから、わからなーい♡』、えー、こう言った」
いつの間にやら、呼び方が被告人と容疑者に変わってるよ。しかも、おれは被告人か。もう完全に創作物だな。
(面白いから、ちょっと付き合ってみるか)
一歌はその中で、普通っぽい手頃な部屋を選んだ。
(たしかに、入るとしたらこの部屋だっただろうな)
部屋に入ると、一歌は俺の顔を両手で挟んで、キスをしてきた。いつもと違って、何度もしてくる。
「一歌。雅とキスなんてしてないって」
一歌は涙目だ。
「キスはしてないけど、チュウはしたかもだし」
一歌は、またキスをしてくる。
5分ほどすると、ようやく唇を話してくれた。
「はぁはぁ。不安にさせちゃイヤ……」
一歌は泣いていた。
ごめん、一歌。
「一歌、ごめん。ごめんね」
「ほんとはキスしたし?」
「いや、それはない。マジで」
「チッ……口がかたいな」
あっ、この人。
舌打ちした。
でも、もし、あのまま雅に連れ込まれて、こうしてキスをされて求められていたら、……流されてしまったかも知れない。
一歌がいうそれは、もしかすると、本当になったかも知れない世界線なのかも。
不安にさせて、ごめん。
反省しよう。
「おれ、一歌だけだから。これまでも、これからもずっと」
すると、一歌は涙を拭って答えた。
「それ、わたしもだし!!」
その後は、一緒にカラオケをして、ルームサービスで一歌にパフェをご馳走した。
一歌と過ごすのがやっぱり一番だ。
一歌は窓から外をみると言った。
「蒼くん。満月だよ。今日は中秋の名月だね♡」
「あっ。そうか。お月見の日だ」
「お願い事、何にしようかな」
「俺が決めていい?」
「うん。いいよ!!」
「じゃあ、来年の今日も、歌と一緒にいられますように」
「いるに決まってるし!!」
痛い出費だったが、これで一歌の機嫌が直るなら、安いものだ。




