第85話 そんな彼女の解決案。
ウチに連れていくか?
いや、でも。
同性の友達ならともかく、それはマズいか。
どうしていいか分からなくて、俺は無性に一歌の声が聞きたくなった。
「ちょっと電話してくるね」
今日のことも報告しないといけない。
俺は、雅が見える場所から電話をかけた。
「……蒼くん? 今日はどうしてたの? 心配したし」
一歌の声は不安そうだった。
ごめんね、一歌。
おれは、ありのままを話した。
雅に直談判しに行った事。そこで雅の悩みを聞いた事。その後、遊んでいた事。
一歌は黙って聞いていた。
ただ一言。
「……浮気した?」
一歌は小声だった。
「してない」
一歌の浮気の基準はどこなんだろう。だが、詳細を聞き返すと、勢い余ってクロになってしまいそうなので、……あえて気にすまい。
迷ったり、小声になったらダメだ。
俺はハッキリした口調で答えた。
一歌の質問は続く。
「チュウは?」
本当にしてないし、カスってもいない。
「してない」
「好きなのは誰?」
これは自信がある!!
「一歌だけ」
「……そっか。分かった。雅ちゃん、ウチに連れてくるし!!」
ふぅ。俺は胸を撫で下ろした。
別れ話にならずに済みそうだ。
「それで、提案なんだけどさ……リンネさんにお願いしてみようと思うんだ」
一歌の家では、さすがに雅が落ち着かないだろう。
リンネさんに電話をする。
「……ということなので、よろしくお願いします」
なにやらスパスパ聞こえる。
この人、タバコ吸ってるのか?
「……はぁ? ということなので、じゃないでしょ」
リンネさんは、ご立腹らしい。
「勝手にきめちゃって。……もし、わたしの男が遊びに来てたらどうすんの?」
この人、仕事中と口調が全然違う。
プライベートとビジネスの使い分けが半端じゃない。
「いや、そういうのいないでしょ?」
「いや、いないけどさ……なんかムカつく」
「それに、雅さん、リンネ先生の生徒ですし」
「チッ、わーったよ。連れておいで」
この人、今、舌打ちしなかった?
ま、なんだかんだいって、引き受けてくれるとは思っていたけど。
すると一言。
「これ、貸しだから」
残念ながら、タダではないらしい。
……後が怖いな。
次の日、雅は、ちゃんと学校にきた。
服装も戻っていて、いつもの雅だった。
何事もなかったかのように、授業が進んでいく。このまま日常に戻っていくのかな?と安心した矢先。
それは3限の物理の授業中に起きた。
ドアが突然、開いたのだ。
ドアから入ってきた女性は一直線に雅に向かっていく。
「お、お母様!!」
女性は北村 玲。雅の母親だ。
雅は立ち上がって、そう声を上げた。
声が震えていた。
「ちょっと、授業中ですので……困ります」
割って入った先生は、突き飛ばされた。
大きな音がして、机がいくつか倒れる。
「ちょっと来なさい!!」
雅の母親は、そう言って雅の手首を力任せに掴むと、反動をつけて引っ張り上げた。そして、そのまま、雅を廊下に連れ去った。
廊下から、バシンバシンと何かを叩くような音がしてきた。一歌が走ってドアから出て行った。
俺も続いた。
廊下に出ると、雅は廊下に倒れ込み、身を守るように両手を前に出していた。
雅の母親は、脅すように大袈裟に右手をあげている。そして、激しい口調でなじった。
「なんなの。あんたは!! 学校も休んで無断外泊、どこの男の上で腰を振っていたの? あんたも父親を寝取ったあの淫乱女と同じ!!」
「お母様。ごめんなさいぃ。もうしませんから……」
その返事を聞いて、雅の母親はさらに激昂した。
「アンタは何も考えなくて良い。ただ、わたくしの言う通りにしてればいいのよっ!!このクズ!!出来損ない!!」
一歌が雅に覆い被さった。
「だめーっ。雅ちゃんを叩いちゃダメ!!」
雅の母親は、お構いなしに手を振り下ろした。
しかし、その手掌は雅ではなく一歌に当たった。
バシンと大きな音がした。
「痛っっ……!!」
一歌の声だった。
(このクソババア。一歌を叩いたな!!)
雅の母は再度、手を上げた。
今度は拳を握っている。
そして、拳を振り下ろす。
俺も走る。
もし、一歌が怪我をしたら、俺は絶対に許さない。
だが、まだ俺の手は届かない。
(……ダメだ。間に合わない)
パシッ!!
しかし、すんでのところで、雅の母の手首は弾かれた。
リンネさんだった。
リンネさんは、雅の母親の拳を手刀で逸らすと、そのまま手首をもって、くるりと返し、肘を極めた。
鮮やかだった。
要人警護をしていたというのは、本当らしい。
「なにすんのよっ!! わたくしにこんなことしてタダですむと思ってるの!?」
「……どうぞ、ご自由に」
リンネさんは、べーっと舌を出した。
雅の母親は、また何か叫んだが、警備員がきて取り押さえられた。
「お母様……」
雅が動揺しているのを見て、一歌が抱きしめた。雅の髪を撫でて言った。
「怖かったよね。守れなくてごめん」
気づけば、クラスメイトのほぼ全員が廊下に出てきて、様子を覗いていた。
「一歌ちゃんだって、叩かれてた。ごめんね」
「ううん、大丈夫だし」
雅は一歌の手を握った。
「一歌ちゃん。ごめんね。あのね、よかったら」
「ん?」
「わたしのお友達になって……」
「……もちろんだし!!」
一歌も雅の手を握り返した。
皆、2人が手を繋いでいる姿を見ている。
誰からともなく、拍手が起こった。
一歌と雅は友達と認識されたらしい。
これで、皆、一歌の噂話をしづらくなるだろう。
……これで一応は解決かな。
放課後、3人で話した。
一歌と雅は屋上のベンチに並んで座り、俺は地べたに座っている。
今回のことでは、疑問も多い。
俺は聞いたみた。
「雅。いつから、一歌と友達になりたいと思ってたの?」
「一歌ちゃんの悪口は、わたしにもコントロールできなくなってたんだ」
「うん」
「だからそれを止めるには、今日、皆がいる前で、一歌ちゃんと友達になるしかないと考えてた。まさかお母様が来るとは思ってなかったけれど」
「しかないって、イヤイヤって感じ?」
一歌が質問した。
「あ、蒼くん……藍良くんと約束したから。そうしないとなって」
「それって、イヤイヤってことだし?」
「だって、わたし、一歌ちゃんに、あんなにイヤなこと沢山して。思ったとしても、わたしからは言えないよ。そんなこと」
雅は続けた。
「でもね、さっき、わたしお母様が怖くて、手足がこわばっちゃって。一歌ちゃんが助けてくれて、本当に嬉しかった。だから、……ね? お友達になってくれると嬉しいです」
雅は手を小さく左右に振り、言葉を続けた。
「あ、でもね。無理にって訳じゃないんだ。嫌われてるだろうし……」
すると、一歌はフルフルしている雅の手を掴んだ。
「さっき、友達になるって、答えたし!!」
「……うん!!」
雅の顔はスッキリしていた。
憑き物が落ちたかのようだ。
すぐに水に流せることでもないし、時間はかかるのだろうけれど。きっと、2人は友達になれるんじゃないかなって思う。
なんか微妙に似てるし。
「はぁー」
俺は大きなため息が出た。
これでようやく解決か。
ここ数日、すげーしんどかった。
でも、雅って意外に不器用なのな。
「雅って、意外と計算高くないよね。ラブホの時だって、無理に交渉しようとしなかったし」
すると、雅がこちらをチラチラと見て手を横に振った。
あ。
やべ。
「ホテルいったの!?」
一歌は言った。
腰に手を当てて、頬を風船のように膨らませている。
雅が咄嗟に割って入った。
「いや、たまたまホテルの前を通りがかったときに、わたしがホテルにさそって。そしたら、「おれは一歌だけ」って、即答で断られちゃった」
雅はバツが悪そうに笑った。
「また泥棒猫が増えたしっ!!」
一歌はそう言うと、俺の腕に抱きついてきた。
雅に向かって、ベーッと舌を出している。
良かった。
どうやら、本気で怒ってはいないようだ。
……少しは、俺を信用してくれてるってことかな?
ちなみに、雅の母親は、しばらく警察で事情を聞かれて開放されたようだ。警察の人には、傷害として立件したいか聞かれたが、雅も一歌もそれを望まなかった。
きっと事件になることはないだろう。
雅の母親にも思うところがあったらしく、仕事はしばらく休むとのことだった。まぁ、あの様子じゃ、なにかしら病名がつきそうだし、ゆっくり養生すべきだろう。
暴力は許されないことだが、娘を1人で育てるために頑張りすぎてしまったのかな、とも思う。
母と娘の関係は、これから時間をかけて折り合いをつけていくことになるのだろう。ひどい親でも、簡単に他人にはなれない。
だから、雅のためにも。
優しいお母さんになって欲しいと、心から思う。
すると、一歌にチョンチョンとされた。
俺より前に回り込むと、少しだけ屈んで言った。
「……泥棒猫のこと考えてるし?」
一歌は笑顔だ。
笑顔すぎて、怖い。
「考えてないしっ!!」
一歌は言った。
「雅ちゃんと行ったラブホはどこ?」
「えっ、どして? ……それに入ってないし」
一歌は眉を吊り上げて頬をぷーっとした。
「実況見分するしっ!!」
……思ったよりは信じられていなかったようだ。
※イラストは雅です。




