第83話 そんな彼女の彼の決断。
雅は胸のあたりで、手をぎゅっと握っている。
指先が震えてるのが見えた。
「ごめん。俺、彼女がいるから無理なんだ……」
すると雅は、視線を逸らして。
景色チラッと見て、床に視線を落として。
ふうってため息をついて、言った。
「……わかった。ちゃんと聞いてくれてありがとう。わたしはフラれてしまったけれど、ちゃんと約束は守るから。もう、片瀬さんにイヤな思いはさせないからね」
よかった。
これで、無事に解決……かな?
雅は言葉を続けた。
「それと、片瀬さんのこと、ごめんなさい。本当に。えと、片瀬さんに、わたしが謝っていたと伝えてくれない……かな?」
雅は顔を傾けて、舌をペロッと出した。
「可愛い顔してもダメだよ? ちゃんと自分で謝りなさい」
なんでだろう。
俺は、一歌への嫌がらせに、すごく腹を立てていたのに。
雅の事情を知ったからだろうか。声を荒げて強く責め立てる気が起きなかった。
「そっか。……そうだよね」
雅は力なく微笑んだ。
そして、カバンを肩にかけると言った。
「んじゃあ、ご飯食べて帰ろうか♡」
……雅の涙袋が震えている。
この子は、泣きたいのを我慢しているのだろうか。
遊園地をでるとファーストフード店があったので、そこに入った。よくあるチェーン店だ。
雅はキョロキョロしている。
何を頼んでいいか分からないらしい。
「もしかして、こういうの食べたことない?」
雅は首を横に振った。
「ううん。そんなことはないのだけれど……10年ぶりくらいかも」
「おうちは健康志向?」
「こういうの食べると馬鹿になるって。お母様が……」
「そっか。なんかこう……すごい過保護だね」
「そうそう。良い大人が、ポテトを手で摘んでそんなこと言うんだよ? へんなのーっ」
「たしかに」
「そんなこと言う人の方がおバカさんだよねーっ?」
雅はケラケラと笑った。
「あのさ。もし、クラス皆んな仲良くなったら、俺、友達としてなら、いくらでも話聞くから」
雅は大きく頷いた。
「ありがとっ。さすがわたしが見込んだ殿方だーっ」
「殿方って……」
雅は手を叩いた。
「そういえば、◯△オンラインで連れてきた子って、片瀬さん?」
「あぁ、あれは、妹だよ。アイシャって本名なんだよ。ネットリテラシー、ゼロだよね?」
「なぁんだ。妹さんかぁ。ヤキモチやいて損した。って、蒼くんだって名字じゃん」
「ヤキモチやいてたの?」
「すごく妬いてた。画面の向こうで、キーってハンカチ噛んでたもん。わたし男の子好きになったことなかったから、……自分があんなに嫉妬深いとはしらなかったよ」
「それって」
「初めて好きになった男の子は、君ってことだよ。こんな美少女を振るなんて、バチがあたっても知らないぞっ」
「それ自分で言うかぁ? まぁ、たしかに美少女だけど」
雅は俺を指さして笑った。
俺が腕時計を見ると、雅は寂しそうな顔でいった。
「そろそろ、帰らないとね。うん、寂しいけど……帰ろう」
帰り道、雅はあまり話さなかった。
遊園地から駅に行く途中。
繁華街に少し入ったところで、雅が急に立ち止まった。
古びた建物。
入り口には、御休憩〜円と書いてあって、古びたネオンが虫を弾いて、チカチカと光っている。
そこは、ラブホの前だった。
雅はすごく不安そうな顔をしている。
俺の袖をギュッっと掴んだ。
「……寄っていかない?」
「えっ」
「今日だけでいいんだ。わたしの全部あげるから。もうちょっとだけ……もうちょっとだけ。一緒にいたい」




