第82話 そんな彼女の彼の密談。
なんとなく分かってしまった。
マサさんのメアドは「masa-ki」だ。
kiは北村。masaは雅の人名読み(名乗り訓)のマサなのではないか。
(やはり、マサさんは雅さんだ)
「雅さん?」
俺はそう返事した。
このまま日を過ごしても、きっと嫌がらせは悪化する一方だ。現状を打破するには、黒幕への直談判しかないと思った。
すぐに雅さんから返信が来た。
「わたしって分かってくれたんだ。はい。雅です」
「俺も話したいと思っていました。どこに行けばいいですか?」
「明日、◯◯駅の改札前で。時間は10時で」
「10時って、午前の?」
「はい」
明日は平日だ。
10時だと、授業中なのだが。
「それって、学校を休めってことですか?」
「そう思ってもらっていいよ」
そうか。
わかった。
俺は次の日、仮病で学校を休んだ。
待ち合わせ場所に向かう途中。
美桜にメッセージを送った。
「おれ、今日休むから。一歌をまもってあげて。嫌がらせとか終わりにするから」
美桜から返事が来た。
「わかった。あまり無理しないで」
リンネさんにもメールしておこう。
前に名刺をもらっておいてよかった。
一歌には、今日のことは言っていない。
今、話しても心配させるだけだ。
……全部終わったら、きちんと話そうと思う。
雅さんには何を話そう。
思うことを全部話して、嫌がらせをやめてもらうように頼むしかないか。
待ち合わせ場所で待つ。
「制服で来てって言われたけど、サボってるのに制服って……やばくないか?」
俺が気を揉んでいると、雅さんは、待ち合わせの5分前にきた。
俺は思わず二度見してしまった。
雅さんが変わってたのだ。
雅さんは、髪の毛が明るい亜麻色になっていた。スカートをベルトのところで巻いて、たくし上げているので、真っ白でツヤツヤした太ももがあらわになっている。ピンクのリップも塗っていて、マスカラで目が更に大きく見える。瞳が茶色い。カラコンを入れているみたいだ。
一言でいえば……ギャル?
たぶん、クラスメイトとすれ違っても、雅さんだと気づかないと思う。
「藍良くん。今日はごめんね」
「その格好、どうしたの?」
衝撃的すぎて、話そうと思っていたことが、全部吹っ飛んでしまった。
「変かな? 似合ってない?」
雅さんは、少し俯くと、落ち着かない様子で体を揺すっている。
「いや、そんなことは……」
雅は顔立ちが良い。
別人みたいだが、似合ってはいる。
すると、雅さんは、俺の手を引いた。
「いこっ。蒼くん」
「いや、ちょっと待って。意味わかんない」
雅さんは立ち止まった。
「藍良くんが言いたいことは分かってるつもり。もう片瀬さんに嫌がらせはしない。だから、その代わり。今日は1日、遊び相手をしてくれないかな?」
「……いや、彼女いるし、浮気みたいなことはちょっと」
雅さんは、泣きそうな顔になった。
「普通に遊んでくれるだけでいいから。それ以上のことは求めないから。ねっ?」
雅さんは、まっすぐ俺を見つめている。
きっと、嘘ではない。
俺は昨日、クラスで暴れて、力任せには解決できないことを思い知った。だから、これで円満解決するなら、それに越したことはないのかも知れない。
「……分かった」
俺が答えると、雅さんは笑顔になった。
「あ、でも。今日だけはサン付けしないで欲しい」
今日は姫に従うまでだ。
方針は決まったのだ。
少しでも満足度を上げなくては。
「わかった。じゃあ、雅ちゃんで」
雅はべーっと舌を出した。
「つれないなぁ。わかった!! それで手を打つ♡」
裏表のない笑顔。
……いつもそうなら可愛いのに。
それからの雅は、別人のようだった。
すごくよく笑う。そして、すごく優しい。
俺は何故か、一歌と遊んでるような気分になった。
この子は、今の笑顔が本来の姿なのかも知れない。であれば、何が彼女を変えたのだろう。ずっと、彼女にのしかかって苦しめているものは、何なのだろう。
それから、遊園地にいって遊び尽くした。
お化け屋敷で2人で飛び上がり、チュロスを半分こして食べて、グルグルまわるやつで2人で乗り物酔いになって。
ジェットコースターにのると、雅が手を繋いできた。
雅の方を見ると、今にも不安で泣き出しそうな顔をしている。きっと、俺に拒否されることが怖いのだ。……俺は手を払いのけられなかった。
空が黄昏色になる頃、観覧車にのった。
すると、雅が少し寂しそうな顔をした。
「蒼くん。お願い聞いてくれてありがとう。今日は、今までで一番楽しかった。わたしね、遊園地きたことないんだ」
「家が厳しかったから?」
雅は頷いた。
「うちね、わたしが小さい頃に両親が離婚してね。それからお母様と2人だったんだけど、遊園地なんて、愚かな子供が行くところだって」
おいおい。それでは世界中の子供は、ほぼ全員愚か者じゃないか。
「そっか。観覧車が一周するまでの数分間だけど、俺、話きくよ? 雅の辛いこととか」
「ほんと?」
「あぁ、誰にも言わないから」
雅の目尻から涙が伝い落ちた。
すると堰を切ったように、わんわんと泣きだした。
母親に虐待されてきたこと。両親が別れて寂しかったこと。一年の頃にイジワルして亜美という子を転校させてしまったこと。一歌のことは嫌いじゃないけれど、嫉妬で、どうしても嫌がらせをしてしまう。そして、そんな自分が止められないこと。
雅は嗚咽して、顔を両手で覆った。
雅の話……母親による教育虐待だ。
俺だって、雅みたいな環境で育ったら、どんなことになってしまったか分からない。中高生の女の子が1人で受け止めるには、重すぎる。
そして、雅の話を聞いていて思った。
自分で自分を止められないのに、どうやって嫌がらせをやめるのだろう。
観覧車はもうすぐ乗り場に戻る。
この時間も後少しだ。
「……そっか。辛かったね。うん」
俺がそう言うと、雅は俺の手に手を重ねた。
「まだ言ってないことが一つだけあるよ」
「なに?」
雅は真剣な顔になった。
俺のことをじーっと見つめてくる。
なぜか、その頬は赤い。
「わたし、蒼くんの事が好き。君がいれば、他には何もいらない」




