第81話 そんな彼女の逃避行。
ひぐらしが鳴いている。
「イテテ。まじ痛いんだけど」
俺は、腫れあがった自分の頬に触れた。
熱をもって、まだジンジンしている。
(俺は、一歌を守りたいのに、何もできていない)
今日はやらかしてしまった。
一歌の悪口をいってるヤツにくってかかってしまったのだ。
北村さんの取り巻きの男子達が、話をしていた。俺の数メートル先でだ。俺はそれを、ずっと黙って聞いていた。
……わざと俺にも聞こえるように話している。
「片瀬、セックス好きなヤリマンなんだぜ? 藍良だって、セックス目的で付き合ってるって話。すげぇ淫乱。お前も初体験頼んでみれば?」
彼らは、ゲラゲラと笑った。
(こいつらは、一歌をどれだけ貶めれば気が済むのか)
その後のことはよく覚えていない。
俺と一歌のことを何も分かっていないヤツに、そんなことを言われたのが許せなかった。気づいた時には、俺はそいつに馬乗りに《《なられて》》、一方的に殴られていた。
(モブな俺はそんなもんだ)
結局は、一歌が止めに入ってくれて、さらに悪目立ちさせてしまった。
俺の向こう見ずな行動のせいで。
……はぁ。
前を向いて、ひぐらしの鳴く通学路を、また歩き始める。
すると、背後からタタッと軽快な足音がした。
振り返ると一歌だった。
一歌は、開く前に俺の口を塞いだ。
「今日の蒼くん。ちょっとビックリだったけど、ありがとう。蒼くんは、わたしの一等賞だよ♡」
「でも、なんか考えなしでゴメン」
「そんなことない。わたしのために頑張ってくれて、カッコよかったよ」
うぅ。
なんだか涙が止まらない。
一歌が、優しく背中をさすってくれる。
「ぐすっ。ありがとう。一歌お嬢様……」
一歌は俺の前に回り込むと、腰に手を当てて前屈みになった。
「お嬢様とか言うなだし!!」
「はは……」
街路樹がオレンジ色に染まっていく。
秋の並木道を2人で歩いて帰った。
自分の部屋に戻っても、何もする気が起きず、ベッドの上で体育座りをしていた。すると愛紗が入って来た。
「おま……、ノックくらいしろって」
「兄貴。部屋の電気くらいつけたらどうじゃ? ヒキニートになったのか?」
「ほっといてくれよ」
「何か辛いことでもあったのか?」
「……」
「しかたないのぅ。我の胸を揉んでもよいぞ?」
「そんな貧乳じゃ元気でないし」
バチンッ
愛紗にデコピンされた。
「痛いんだけど」
「本気で心配なんだよ。ばか」
そう言うと、愛紗は出て行ってしまった。
(あいつ、やっぱりブラコンなのか?)
そのまま横になっていると、メッセージが来た。
……マサさんからだ。
あれっきりになると思っていたのに、どういうことだろう。
本文を見てみると、こう書いてあった。
「最後に2人で会いたいです」
えっ。
どういうこと?




