第80話 そんな雅の実像。
わたしは、彼の夢をみるようになった。
いつかこの子と会うことになったら、きっと彼はビックリする。わたし、結構、可愛い方だと思うんだ。
会ったら、彼はわたしを好きになってくれるかな。
……だから、いつか彼がわたしに気づいて、わたしを見つけてくれるまで、わたしが女の子ということは、内緒にしておこう。きっと、喜んでくれる。
もう間違いは繰り返さない。
彼とは、ゆっくり穏やかに仲良くなれればいい。
……うちの両親は離婚している。
代議士だった父は、若い女性に夢中になり、プライドの高い母と、幼いわたしを捨てた。母が、わたしを厳しく育てたのは、親権争いに負けて妹を失った空白と、若い女に走った父への敗北感もあったのだと思う。
そんな両親をみて育ったわたしは、男の子に興味がなかった。でも、可愛らしい女の子キャラを楽しそうに操る彼に、わたしは惹かれた。
そんな自分にビックリした。
それからしばらくして、ちょっとしたキッカケで、それが同じ高校の同級生だと知った。わたしは、暇さえあれば彼を見ていた。いつもひとりでいる彼。いつか、わたしがその隣に。
彼なら、ハリボテだけのわたしを受け止めてくれるかもしれない。
2年になると、彼と同じクラスになった。すごく嬉しかった。隣の席になるのは叶わなかったけれど、毎日が楽しかった。
あの女が、彼に告白するまでは。
彼らが付き合いはじめると、彼が片瀬さんに、どんどん惹かれていくのが分かった。
やがて、彼はゲームへのログインも減って、わたしは、ゲームの世界でも1人になった。
すると、ある時、彼が女の子を連れてログインした。きっと、片瀬さんだ。片瀬さんは、わたしを煽って小馬鹿にして、藍良くんが自分のものだと誇示したのだ。
母のクレジットで課金してまで、毎日をゲームに費やしたのに。すごい裏切り行為だ。
でも、藍良くんのことは嫌いになれないから。
片瀬さんが悪いと思ってしまう。
わたしはなんで、こんなイヤなことをしてるんだろう。これじゃ、叩いて思い通りにする母と変わらないよ。
でも、もう取り返しがつかない。
だから、わたしは、こんなわたしを続けないといけない、
ね。だれか助けてよ。
わたし、誰も友達いないんだ。
ずっと、ひとりぼっち。
これまでも、これからも。
……。
そんなある日、彼が騒ぎを起こした。
大切な彼女のために立ち上がったのだ。
わたしは何となく気づいてしまった。
もう彼が、わたしに振り向いてくれることはない。
だったら、こんなことは無意味だ。
だから、終わりにしないと。
こんなことも。わたし自身も。
でも、最後に一つだけ。
一つだけ、我儘を言ってみたい。
わたしはスマートフォンを手に取った。
その画面には「最後に2人で会いたいです」とだけ打たれたメール本文が表示されている。これは彼とゲーム内で連絡するためのアドレス。
これを彼に送れば終わりにできる。
わたしは雅だと名乗っていない。
きっと、彼から返事は来ない。
でも、それでいいのだ。
わたしを終わりにすれば。
わたしという宿り木がなければ、わたしの周りの人たちもバラバラになるだろう。
きっと、これで。
あの時、転がしてしまった雪玉のことも精算できる。……楽になれる。




