第78話 そんな彼女の彼も頑張りたい。
リンネ先生のことはビックリだったが、少なくとも学校の言いなりになることはないだろう。
一歌から聞いたのだが、リンネさんは要人警護の経験もある文武両道の才女らしい。
そんな人を学校に送り込むとは……。一歌パパは、本当に娘が好きらしい。リンネさんの話では、当初、一歌パパは会社を畳んで教師をすると言い出して、皆で止めたということだった。
次の日から通常授業になったが、1学期の時よりも、一歌の陰口が露骨になったように感じた。陰口なのに、ボソボソと聞こえる。
俺は雅さんを凝視した。
ここで普段は空気の俺が暴れたりしても、きっと頭がおかしくなったと思われるだけだ。一歌に更に肩身が狭い思いをさせてしまうかも知れない。
雅さんは、俺の視線に気づくと、気まずそうに視線を逸らした。
一歌の方を見た。
すごく悲しそうな顔をしている。
俺は何もできない無力感で消えたくなった。
授業以外でも、極力、一歌と一緒に過ごすようにした。俺が一緒に居れない時は、美桜が一緒に居てくれたので、すごく助かった。
昼休みの屋上で、一歌と一緒にお弁当を食べる。
今日は風が強い。
空気が澄んでいるのだろう。
富士山がはっきり見えていた。
一歌のお弁当。
今日は鶏の唐揚げだ。
「すごい、うまそう」
上達している。
普通に美味しそうだ。
「えへへ♡」
「これなら毎日食べたいな」
「嬉しいし。いつか蒼くんのお嫁さんになれるかな」
「うん。……戦争から帰ってきたら一緒になろう!!」
「それ、言うと死んじゃうやつだし」
一歌は笑った。
「まだ死にたくないし(笑)。んじゃあ、普通に、働き始めたらお願いします」
「ハイ♡ 嬉しい♡」
一歌は俺に抱きついてきた。
思えば、あの気の強そうな一歌がこんなに甘えん坊だなんて。数ヶ月前の俺は夢にも思わなかったことだ。
一歌はあまり弱音は吐かないが、こんなに優しい子が、色々言われて傷つかないはずがない。
次の日。
陰口のボリュームが更に大きくなった。
ホームルーム中なのにお構いなしだ。すると、雅さんが、雑談を制止するような仕草をした。
……あくまでポーズだけなのだろうが。
1年の時に同級生を転校させて、1人だけ処分を免れた子。正直、何を考えているのかよく分からない。
陰口に気づいたリンネ先生が手を叩いた。
「ほーら。雑談は終わりっ!!」
きっと、意図的に会話を終わらせてくれたのだろう。すると、カケルが声を上げた。
「先生のタイプ教えてくださーい!!」
リンネさんは微笑んだ。
「そうだなぁ。人の悪口を言わない人かな♡」
リンネさんも美桜も、一歌を守ろうとしている。
……このままじゃダメだ。
なんとかしないと。
放課後は一歌の部屋に遊びに行った。
相変わらず良い匂いがする部屋は、少しだけ、いつもより散らかっていた。
「そういえば、最近、ラブホいってないね」
俺がそう言うと、一歌はニコニコ顔になった。
「うん。今はお互いの家で遊べるし♡」
「でも、たまには……?」
「いきたい♡」
「こんど、一緒にお風呂に入ってみる?」
一歌は俯いた。
耳が赤くなっている。
「……蒼くんなら、いいよ。あ、でもね」
「ん?」
「初エッチがお風呂は、少しイヤかも」
え。お風呂に入ると、もれなくエッチがついてくるのか?
「了解!!」
一歌は口元を隠して恥ずかしそうにしている。
「あとね……、あのね」
「なに?」
「あのね。するときは、いつも中に欲しい……、あのねあのね。こういうの蒼くんだけだよ。……って、さすがに恥ずかしいし」
一歌は顔を隠した。
ん? ってことは?
いま、一歌はピルを飲んでいない。
エッチ=普通に子作り?
つまり、少なくとも高校卒業するまで、お預けか……。
今、俺は。
実は遠回しに牽制されているのかも知れない。
ふと、ある事を思った。
一歌の噂は、嫌がらせだ。
だとしたら、ヤリマンとかビッチというのも根も葉もない……ということはなさそうだが、誇張されているのかも知れない。
こうして仲良くなって、一歌は意外に純情だと思っている。だから……もしかすると。……って、へんな期待はやめとこう。あとでガッカリしたら、それこそ一歌に失礼だし。
帰って、なぎさ先生に状況を説明した。
「……という訳なんだよ」
すると、先生は少し悩んで、答えた。
「前に同種内攻撃の話をしたよね。そこからすれば、一歌くんは、北村さんに必要以上にライバル視されてるってことだよ」
「はい」
「だとしたら選択肢は2つ。北村さんを排除するか、脅威ではないと認識してもらうか」
「排除って……、でも、それは何か違くありませんか? ミイラとりがミイラになるっていうか」
「たしかに。この場合、実は排除してしまうことの方が簡単だとは思う」
一歌パパは、相当に娘にベッタリだ。きっと、一歌パパを介入させれば、学校は問題にせざるを得ないだろう。
でも、リンネさんが来たと言うことは。
一歌パパも、そんな力任せの解決を望んでいないのではないか、と思っている。
「ですよね。でも、一歌の性格的に、そういうの望むのかな。あの子、ツンツンしてるけど、優しいから」
先生は、小さくため息をついた。
「陰口や無視、そういった嫌がらせは激しく自己肯定感を損なうんだよ。その自己肯定感を回復させるのに、1番効果的な方法は何だと思う?」
「相手に認められることですか?」
「そう。皮肉なことに、特効薬をもってるのは、イジメた相手なんだ。排除は、最悪の結果を防ぐ効果はある。だから、そうせざるを得ない場合もあるけれど……」
「けれど?」
「一歌くんが、後から高校時代を振り返った時に、今の時間は、思い出したくない時間になってしまうとは思う。それとね」
「はい」
「ライバル視するってことは、裏返せば、認められているってことなんだよ。そのへんに解決のヒントがあるんじゃいかな」
「なるほど。少し考えてみます」
「年長者としては、ガチンコよりも、うまくかわして『いなす』ことの方がオススメかな」
「ところで先生」
「ん?」
「2学期になって、嫌がらせが酷くなった気がするんですが」
「夏休みの間に、キッカケになるようなことは?」
「いや、一歌は北村さんとやり取りしていないと思います」
「じゃあ、君は? 君は北村くんと何かあった?」
あ、そういえば。
「迷子の保護をした時に、偶然に一回会ったくらいで……」
「そうなんだ。前に席替えの話はしたよね?」
「ある生徒が俺の横に来たいって言ったっていうやつ?」
「そう。あの生徒。北村さんなんだよ」
先生のお見舞いの時から、そのことは薄々は気づいていた。
「変わったことは、あとはあれか」
「なに?」
先生もゲームしてるし。
アレは言わない方がいいか。
「いや、なんでもないです」
変わったことがあったといえば、◯△オンラインでマサさんと喧嘩したことくらいだ。あれからマサさんとは話せていない。もしかすると、このまま引退なんてこともあるかも知れない。
でも、これは関係ないかな。
「ところで、先生、他人のことはよく分かってるんですね」
「自分のことは分からんけどね」
「つかえね……」
「だって、その答えがわかってれば、僕だってトイレであんなことにならなかったし。そんなの分からないニャン!!」
ストレスに晒されたら、先生のニャン娘病が発症してしまった。




