第74話 そんな彼女はペロペロできない。
全員、準備をしてクエスト内容を確認する。
このクエストは、リリという子供が行方不明になるところから始める。方々を探すのだが、まず、そこで話しかけるべきNPCがランダムで変わるのだ。
そして、リリが息絶える前に見つけ、最後の一言を聞ければ成功。それすらできなければ、失敗。どちらにせよリリは助からないという鬱クエストだ。
まずは、どのNPCに話しかけるか決めねばならない。
「じゃあ、今回は、いちかが決めなよ」
「わ、わかった……、じゃあ、村長さんに」
いちかが村長さんに話しかけると、村長さんに薬草を100個集めるように依頼された。
手分けして集め、また村長のところに持っていく。すると、村長は、道具袋の口を開けながら言った。
「なんで、もっと早く来なかったんだ。リリなら、さっき洞窟で靴だけ見つかったぞ……可哀想に。もう手遅れだ」
「蒼くん、またクエスト失敗ってなったぁぁ」
どうやらクエスト失敗らしい。
このクソゲーがっ。
一歌は単純だ。
ゲームをしながら、すごく感情移入している。アバターがお辞儀をすれば、本人もお辞儀をしている時が多いし、アバターが動けば、本人の体も右に左に動く。だから、なんども今のパターンを繰り返しているうちに、リリのことが本当に心配になったらしく、元気がなくなってしまった。
あいしゃが、いちかの肩をポンポンと叩いた。
「いちかちゃん。それもこれも全部、この村長を気取る爺さんが『話を聞いて欲しければ、薬草を100個もってこい。全てはそれからだ』とか、意味のわからない要求したのが悪いんじゃよ。全部、このクソジジイのせいじゃ」
いや、ほんとにそれな。
何度も失敗して、もう15回目だもんなぁ。たしかに、気が滅入る。
「どのNPCも、ヒントの対価として頼み事をしやがる。村の子供がいなくなってるのに、ここの村人はどいつもこいつも、相当なサイコパスだよな」
俺が文句をたれていると、先生も駆け寄ってきた。
「たしかにぃ。ほんと、なぎさもそう思う♡ いちかちゃん、元気出してにゃ♡」
って、先生。
あなたは全力で、きしょいから。
そして、クエストが失敗すると、また母親からスタートしなければならない。
サザ◯さん方式で、さっきの村長の話はなかったことになり、また一からスタートだ。
「はいっ!!」
いちかが急に手を上げた。
「ねっ、りりちゃんの遺品が見つかる場所がって、もしかして規則性がない?」
一歌はゲームの手を止めると、紙とペンを出し、何かを計算しだした。
「うん、前回が洞窟で、その前が、墓地。最初が……。それを数字に置き換えて……関数で」
いや、パターンの予想は、先人達も試みている。だが、決まったパターンは見つかっていないのだ。
「一歌、それたぶん、無理」
「ちょっと、蒼くん。黙ってて。リリちゃんの命がかかってるんだから」
一歌に怒られてしまった。
「あ、はい……」
しばらく待ってみることにした。
「あっ、これ。回帰分析のやり方……カーネル法で」
一歌はぶつぶつと何かを言っている。
突然、一生懸命に計算しはじめ、やがて、ペンをテーブルに勢いよく置いた。
一歌は、再びタブレットを手に持つと言った。
「わかった。次は墓地だっ!!」
なにやら一歌は確信しているご様子。
(この子、やっぱ無駄にすげぇな)
そういうことなら話は早い。
クエスト受注して、直接、目的地に向かえばいいのだ。
NPCのヒントをぶっ飛ばしてクエストが進むのかは分からない。だが、やる価値はある。
俺らは墓地に向かった。
霧が立ち込めていて、薄暗い。
どこからともなく、カラスの鳴き声が聞こえてくる。
ゲーム内といえども、かなり気持ち悪い。
一歌が俺の手を握ってきた。
5分ほど進むと、子供の叫び声が聞こえた。
俺たちはその声がする方に走った。
小さな子供だ。
おそらく、あれがリリだ。
何かから逃れるように走っている。
一歌が叫んだ。
「よかった。間に合ったぁ!!」
(まじか。生きて助けられるパターンも存在したのか!!)
リリは走りながら、チラチラと後ろを振り返っている。その先には、巨大な狼がいた。
目はぎろりとしていて、乾きかけの血液のように濁っている。口からは涎をたらし、その体躯は、人の背丈ほどの大きさだった。
レイスウルフだ。
レイスウルフは、初心者がかなう相手ではない。
だが、次もリリに会える保証はない。
多少犠牲がでても、今回でクリアすべきだろう。
「やるぞっ!!」
俺の掛け声で、皆、戦闘態勢になった。
レイスウルフは、有無を言わさず飛びかかってきた。
俺は盾を構え、リリとの間に割って入る。
直後、左肩に強い衝撃を感じ、身体が動かなくなった。
「愛紗、魔法!!」
すると。
レイスウルフは、跳ねるように地面を蹴り返し、今度は、あいしゃに飛びかかった。
あいしゃは杖を構えて、詠唱に入る。
「猛き焔よ。汝の怒りを我が力として。その愚かな罪に相応の報いを……」
あいしゃはモーションに入っていて、身動きができない。
「なぎさ(先生)、スイッチ!! 詠唱の完成まで10秒稼いで」
「わかったにゃん!!」
なぎさは短剣を構え、レイスウルフの前に滑り込む。
眼前にナイフを突き出されたレイスウルフは、反射的になぎさに牙を剥いた。
その刹那、なぎさのナイフと牙が接触した。
鈍い金属音がして、火花が散る。
なぎさは左手を左太腿に移動すると、予備のダガーの柄に手をかけた。
左手の支えをなくした右手のナイフは、レイスウルフの勢いを、いなすことができない。
なぎさの右腕は噛み切られ、あたりに鮮血が散った。しかし、なぎさは諦めない。
押し戻される反動を利用して、左手のダガーを逆手に持つと、それをレイスウルフの喉元に突き刺した。
レイスウルフは、金切り声をあげた。
しかし、そのまま強引に顎を開け、なぎさの右脚に噛みついた。
ゴリッ
硬いものを咀嚼するような、鈍い音が響いた。
なぎさの大腿骨が砕けた音だ。
俺の前に、食いちぎられた右脚が、ゴロンと落ちてきた。
(このままじゃ、なぎさがもたない)
「いちか、回復。先生!!」
「……」
「いちか!!」
「せんせいの股間なめるとか無理っ」
いや、たしかに。
足が根元からちぎれてるけど……。
「……」
「……」
その傍らには、痛みでのたうち回る先生。
一瞬、あたりに優雅な時間が流れた。
レイスウルフは戦意を失っていない。
後ろ脚に力を入れると、再び、あいしゃに飛びかかった。
(仕方ない)
俺は右手に持った斧を強く握りしめ、あいしゃの前に立った。
レイスウルフは、唸り声をあげると、左爪で俺の斧を弾き飛ばそうとする。
(賢い獣だ)
すんでのところで、それを躱し、下から斧を振り上げた。
レイスウルフは、紙一重で後ろに跳び、避けた。
俺の斧は、対象を失い、空を切った。
上半身が大きく揺れて、タタラを踏む。
これでは、すぐには動けない。
(次の攻撃は凌げない)
「あいしゃ、俺ごと焼け」
「……、我が敵を討て!! ファイアーボール」
直後、あいしゃの詠唱が完成した。
あいしゃの手から火球が逬り、レイスウルフ(と、俺)を焼き尽くした。
「はぁはぁ」
タブレットを握った一歌は、息を荒くして、大きく息を吐いた。
「蒼くん、やったぁ!!!!」
一歌の画面には「クエストクリア」の文字が大きく表示されている。
よかった。
成功だ!!
一歌の画面越しに、丸焼けの俺と、地面に転がっている先生を眺めながら。
愛紗と一歌と3人で抱き合って、喜んだ。
「蒼くんっ!! めっちゃ面白かった!!」
一歌の声は弾んでいる。
「白熱した一戦じゃったな」
愛紗も柄にもなく、興奮している様子だ。
その後は、母親NPCにリリを引き渡した。
どうやら、リリは母親の誕生日に花を摘みにでて、迷子になってしまったらしい。
抱き合う母娘。
ゲームだが、良かったと思う。
一歌に至っては、普通に泣いている。
母親に「ありがとうございます」と何度も頭を下げられて、クエスト終了となった。
すると、大量の経験値と、愛紗と一歌にはクエスト限定のユニークアイテムが付与された。
「どうやら、これがこのクエストの真の成功のようじゃな」
愛紗がいうと、一歌は頷いた。
ちなみに、死んでた俺と先生は報酬なしだった。
……理不尽すぎる。
一歌は、このクエストの経験が、よっぽど印象的だったらしく、ちょくちょく◯△オンラインで遊ぶようになった。
俺は来年は受験だからな。
「遊ぶのは、今年だけにしような?」
俺がそういうと、一歌は抱きついてきた。
「じゃあ、今年のうちに目一杯あそぼうね♡」
あ、そういえば、先生に相談事……。
一歌の楽しそうな顔を見ていると、俺も余韻に浸りたくなってしまった。
……重い話は、またでいいか。




