第70話 そんな彼女の風邪っぴき。
「蒼くーん。辛いの。へるぷぷりーず」
一歌からのメッセージで目が覚めた。
どうやら、一歌は風邪をひいてしまったらしい。今日は四葉さんも歌葉ちゃんもいないみたいだ。
これは責任重大。
彼氏の腕の見せ所だ。
と、いうことで、俺は今、スーパーにいる。
「えーと、何つくろうかなぁ。いや、なまじ変なの作るより、惣菜の方が……」
迷いに迷って、シンプルにお粥にした。
玉子と小ネギを買う。
あ、あと。鶏がらスープも……。
隠し味ってヤツだ。
きっと、俺に惚れ直すぞ。
スポーツドリンクとプリンも買っていこう。
一歌の家のマンションはオートロックだ。
暗証番号を教えてもらって、中に入った。
「おじゃましまーす……」
そろりそろりと一歌の部屋に入ると、一歌は寝ていた。
寝顔を見ていて思ったのだが、やっぱ、可愛い。俺はそれほど面食いではない(と、いうより、相手を選べる立場にもなかったのだが)。
でも、やはり。
こうして、ふと見た時に、ドキドキさせてくれる可愛さは嬉しい。よく美人は3日で飽きる、というが、彼女が可愛いっていうのは、やはり良いものなのだと思う。
俺がベッドサイドでニヤニヤしていると、一歌の目が開いた。
「あ、あわわ。寝顔みられちゃった。恥ずかしいし」
「熱はどう?」
一歌が首をふるふるしているので、脇に体温計を差してあげる。胸元をはだけると、ぷるんとした谷間が見えた。
「38.5度か……」
つらいよね。
額にひえひえパッドを貼ってあげる。
すると、一歌は「ちべたいぃ〜」と言った。なんだか、今日の一歌は、さらに甘えん坊な気がする。
お粥を作って、一緒に食べた。
ふぅふぅして、れんげで食べさせてあげると、一歌はヒヨコのように口を尖らせてハフハフして食べた。
かわいいなあ。
「チュウしていい?」
「うつっちゃうからダメ」
ちぇ。
思ったよりも理性があるらしい。
それにしても、薄ら汗ばんでいるうなじ。首元。ほのかな汗の匂いも色っぽい。
不謹慎にも、病人相手にムラムラしてしまう。
やっぱり、彼女が可愛すぎるのも、考えものかも知れない。
すると、部屋の引き出しが開いていることに気づいた。
「引き出し開いてるけど」
「あっ、そこ。ダメぇ」
一歌は明らかに動揺している。
パンツでも入っているのだろう。
もしかしたら、大人のおもちゃとか?
ふふっ。
俺は病人だからって容赦しないぞ。
一歌を無視して引き出しを覗くと、箱が入っていた。
そこには俺の写真や、一緒に行ったところのチケット、レシートなんかも入っていた。可愛いシールや、メモの入った付箋が貼られている。
「これ、俺の写真?」
一歌は頷いた。
「どれも大切な思い出だから……」
本当に好いてくれているんだな、と思った。
病の彼女は少し儚げで愛おしい。
「ダメっ、だって」
思わず、一歌にキスをした。
「一歌だって、舌入れてきたじゃん」
「だって。美桜に色々自慢されるし、ウズウズしちゃって」
俺も連日、隆にセックス自慢をされている。俺らはカップルそろって、おのろけ猥談にさらされているらしい。
「俺もムラムラしてる」
一歌は両手で俺を押し返した。
「あ、でも。今日は危険日だし……」
このまま押せば、行ける気がする。
でも、キス以上エッチ未満の今の段階を、急いで終わらせてしまうことは、少しだけ寂しい気がした。
「ま、その前に病気なおそうな」
俺は一歌の頭をポンポンとした。
すると、一歌は俺に撫でられたところを少し触って……、小さく頷いた。
「あ、心理テスト♡」
一歌は、手を叩くと、そう言った。
「いいね。どんなの?」
「蒼くんは、奥さんが居たとします」
なにその質問。
突拍子が無さすぎ。
「うん」
「エッチはどれくらいの頻度でしたいですか? A:毎日1回 B:1日2回 C:1日3回 D:1日5回 蒼くんはどれかな?」
なにやら今作った感が半端ないんだが。
それに隔日の選択肢が存在しない。
3回……、ちょっときついか?
いや、でも。一歌が相手なら。
「C……かな?」
「そっか♡」
一歌は嬉しそうだ。
「ちなみに、これで何が分かるの?」
「わたしとの相性」
そのまんまやんけ。
「そっか。んで、結果は?」
「正解はC♡」
これじゃ、ただの性癖告白なような。
「それって、一歌も毎日3回したいってこと?」
「ち、ちがうしっ」
ってか、さっきからこの手の話ばっかりだ。さては、一歌、欲求不満か?
それにしても、毎日3回はちょっとキツイ。
10代のうちはいいが、大人になってからは自信がない。
「でも、毎日3回だと、たまにできないかも」
「大丈夫。手伝ってあげるから♡」
一歌は続けた。
「あとさ、わたし、この前の愛紗ちゃんの話を考えてたんだけどね」
「わたし、完堕ちしてるのかな?」
「どーだろ。どれくらい俺のこと考えてる?」
「え、1日のうち22時間くらい?」
睡眠時間まで食い込んでいらっしゃる?
もしかして、風邪は俺が原因かも。
「うーん、好きになってくれてありがとう」
「どういたしまして♡ んでね、もしエッチしたらね」
「うん」
「蒼くんのこと考える時間が、24時間でも足りなくなって、残業しないといけなくなっちゃうかも」
おいおい。
おれの恋愛って、相当ブラックなのだが。
「そかあ」
「だから、すこし怖い♡」
トントン。
開いているはずのドアがノックされた。
「あなた達はぁ。イチャついてないで、ちゃんと療養しなさいっ!!」
四葉さんだった。
みんな帰ってきたのか。
これで、一安心だ。
あっ。
一歌の髪色がブラウンに変わってる、……気がする。
「一歌、髪色変えたんだね」
一歌は、はにかんだ。
「気づいてくれたんだ。ありがとう♡」
ふぅ。危なかったぜ。
気づかなかったら、あとで面倒なことになるところだった。
女子はへんなところで怒るから、気が抜けない。
ちなみに、一歌は次の日には元気になった。
バトンタッチするように、その後、俺が風邪をひいたのは、言うまでもない。




