第69話 そんな彼女の親友の失敗談。
「うぅ。ごめんなさい……」
萎縮している美桜をみかねて、一歌が割って入った。
「あのね、わたしも今回は美桜が悪いと思う。でもね、好きって気づくのに時間がかかるものなの。わたしも蒼くん、最初、別にそんなじゃなかったしっ!!」
やっぱ一歌、天使。
美桜のために必死に頑張っている。
だがしかし。
同時に俺も傷ついているんだが?
俺は「別にそんなじゃなかった」らしい……。
いや、確かに。
最初、一歌は俺の名前知らなかったしね……。
うぅ。
まさしく二次被害のとばっちり。
俺も泣きそうですよ。
「クックック……」
なにやら聞き覚えのある笑い声がした。
俺はドリンクバーの陰から、水色ベレー帽が見えていることに気づいた。あれはヤツの名探偵帽。
じーっと見ていると、ぴょこぴょこ動く我が愚妹と目が合った。やはり、愛紗だ。
置いてくる時に、やけに簡単に引き下がったから、おかしいと思ったんだ。
ん。よく見ると隆の耳にはハンズフリーイヤフォンが装着されているではないか。
そうか。
俺はようやく理解した。
これは、天使(一歌)と悪魔(愛紗)の聖戦なのだ。悪魔め、好きにはさせないぞ!!
隆は露骨に不機嫌そうな顔になった。
「本気で悪いと思ってるなら、保身しないで、全部はけよ」
美桜はおどおどしている。
「あのね。最初は……、仕方なくだったんだ。お世話になった部活の先輩に頼まれて。数合わせで、皆で遊びにいったの」
「それで? どーしてそこからラブホになるんだよ」
「そしたら、そこで仲良くなった子に、相談事があるからって。相談に乗ってたら、可哀想になっちゃって、いつの間にかそんな感じに……」
「それってさ。一番可哀想なの、どう考えても僕でしょ」
いや、確かに。
ごもっともです。
隆は続ける。
「んでさ。それがどうやったら、何度もセックスってことになる訳? 何回やったんだよ」
いや、隆よ。
何度もっていうのは、愛紗の勝手な予想だ。今の話の流れだと、普通に一回だけだと思うぞ。
美桜は俯いたまま続けた。
肘を抱えて、指先は震えていた。
「そうだよね。正直に言うのが誠意だよね……」
こういうのは隠すのが優しさでしょ……。
「そうだな」
隆が答えると、美桜は続けた。
「ホテル行ったのは3,4回。あ、回って、エッチの回数のことだったのかな。だったら、20回くらい……かも」
まじか。
愛紗の予想より酷いじゃないか。
ってか、ラブホ回数で割ったとしても、やりすぎでしょ。猿? もはや出来心とは言えないレベルだ。
どうする。
隆。
振るか?
今回のは酷すぎる。
きつい振り方をしても、誰もお前を責めないだろう。
すると、隆は泣き出してしまった。
「ぐすっ。納得いかない、僕ともセックスしてよ。そいつより沢山。21回してから、どうするか考える」
は?
ちょっと振り切れ過ぎでは?
ある意味、相手の足元を見るクレバーな判断ではあるが……。
美桜は答えた。
「そうしたら、許してくれる?」
「さぁな。どうすんの?」
美桜は頷いた。
「わかった……」
美桜は隆に手を引かれると、店から出て行った。この姿だけみれば、悪者は明らかに隆の方だ。
一歌はおろおろしている。
「ど、ど、ど。蒼くん。どうしよう。あれ、美桜、ヤリ捨てされちゃう……」
遠くの方では水色ベレー帽もフェードアウトしようとしていた。
「愛紗、逃げるな!!」
捕獲して、一歌のところまで連れてきた。
愛紗はヘラヘラしている。
「お前な。隆に入れ知恵しただろ?」
「し、しらんし……」
一歌も愛紗を睨んでいる。
「愛紗ちゃん。ほんとはどうなの?」
愛紗はウルウル瞳になった。
「あのね、わたし、2人のためを思って頑張ったのっ。いちかおねーちゃん。ゆるしてっ」
こいつ、どの口が言うんだよ。
この前、一歌にも泥棒猫って言ってただろ。
しかし、一歌はチョロかった。
おねーちゃんって言われたのが嬉しかったらしく、愛紗を抱きしめている。しかし、俺は見た。愛紗はニヤリとして舌を出したのだ。
……天使と悪魔の聖戦。
天使の戦意喪失にて終了っ!!
さて。
ニマニマしながら、愛紗は言った。
「兄貴、恋は戦争。美桜も隆も相手の事が大好きなんだから、仲立ちしてやれば、はなから別れる訳なんてないんじゃよ。今回のことで、隆が完全にマウントをとった!! みておれ。良い感じになるから」
そんなもんかねぇ。
正直、心配しかないんだが。
すると、数時間後に隆から通話がきた。
「あれからどうなった? 21回やったの?」
「いや、1回だけ。いや、まじ。美桜、最高なんだけど。可愛いし気持ちいいし、最高すぎ。藍良も早くセックスした方がいいぞ?」
「んで、美桜のこと許せたの?」
「いやさ、抱いたら、そんな些細なことどうでもよくなっちゃったのよ。俺の腕の中にいる美桜が全てっていうか? 大人の余裕ができたっていうか? 一生大切にするっていうか?」
まじかよ。
本当に仲直りしたっぽい。
ま、何にせよ。
夫婦喧嘩は犬も食わないってやつだな。
隆との通話を終えると、一歌から電話がかかってきた。
「あのね。美桜と隆くん、仲直りできたみたい」
「ああ。聞いた。よく仲直りできたよな」
「なんかね。ホテル行ったけど、隆くん手を出して来なかったんだって。すごーく優しくしてくれて。いっぱいお話きいてくれて。そのうち、愛おしくなって美桜から襲っちゃったみたい」
「じゃあ、円満解決?」
「うん♡ 美桜、ほんとにほんとに隆くんのこと大好きになったみたい。浮気することは、2度とないんじゃないかな?」
「よかったよ」
「うん。聞いてたら、わたしも蒼くんのこと襲いたくなっちゃった♡ きゃっ。じゃあ、おやすみなさい♡♡」
一歌との電話を切ると、美桜からメッセージがきた。
「無事に仲直りできました。もう絶対に無理だと思ってた。2人には感謝しかありません。ありがとうね 美桜」
そっか。
さして役に立ってない気はするけれど。
仲直りできたのなら、俺も気分が良いよ。
一応、愛紗にも顛末を教えておくか。部屋に入ると、愛紗はカチューシャをして、ぬいぐるみを抱いていた。
「はろ。兄貴。2人が仲直りできたって? 我の思った通りじゃな。これで、美桜が浮気することは、金輪際ないじゃろ」
「おまえさ、隆になんてアドバイスしたの?」
「一歌が庇うと思っておったからな。美桜を責めて責めて、最後に優しくしろって、そしたら完堕ちだって言ってやったわ。それと、仲直りできたらちゃんと大切にするように、とな」
「一歌が出てくるって、なんで分かったの?」
「あの状況で隆に連絡するには、一歌に頼るしかないからな。当然じゃろ」
こいつ、もしかして。
かなり賢いのか?
「なんか、すげーな、お前。まじで」
「えへへ。もっと褒めてくれてもよいぞ?♡ それに、きっと。今後、一歌には味方が必要になるだろうからな。恩を売っておいた方が良い。……ま、何にせよ一件落着じゃ♡」
やや意味不明なことも言っているが。
概ね、愛紗の思惑通りってことか。
中2女子。
こえー……。
愛紗がこっちを見ている。
「なに?」
「……あたま撫でて」
うちの小悪魔は、少しだけ幼い。
わしゃわしゃーと頭を撫でてやると、愛紗は嬉しそうな顔になった。




