第68話 そんな彼女のアドバイザー
あれから数日。
隆は美桜と連絡をとっていないらしい。
ま、「別れよう。もうメッセージ送ってこないで」と送ったのだから、相手から連絡が来るわけはないか。それに、愛紗の指示で隆からも連絡していないらしい。
だから、これは必然的な状況だ。
そして今、なぜか俺の部屋には、元凶の愛紗がいる。
「愛紗が訳の分からん返信送ったせいで、隆が別れたらどうすんだよ」
愛紗は遠くを見た。
「……恋愛とは戦争。惚れたら負け。つまり、ここでマウントをとれるかで、隆とやらの、今後のセックスライフの行く末が決まるというものじゃ」
決まるのは恋愛ライフね。
セックスライフじゃないから。
いやはや。
中2女子、恐るべし。
それにしても、愛紗があまりにも達観しすぎてる。
「お前、彼氏でもいるの?」
「……兄貴と傷心の隆がくっつく世界線もあったのだが」
こいつは何を言っているんだ?
つか、少しは人の話を聞いて欲しい。
「いや、普通に天地がひっくり返ってもないし」
「おかしいのぅ。我が聖典によれば王道展開なのだが」
「聖典? 恋愛マニュアルとか?」
「これじゃよ」
そういって愛紗は両手をひろげた。
愛紗の右手にはBL界隈の名著、左手にはエロ本が握られている。
は?
あのエロ本、俺のじゃん。
「おま、それどこで見つけたんだよ!!」
「普通にクローゼットの天井裏に置いてあったぞ?」
いや、天井裏にあるものは、置いてあるんじゃなくて、隠してあるんだよ。そこは察して見ないで欲しい。
愛紗はニヤニヤしている。
そして、左手のエロ本をテーブルの上に置いた。
「このタイトル……『お兄ちゃん、いけないこと教えてにゃん♡』っていうのは、どういうことにゃん?」
まじか。
コレクションの中から、よりによってアレが持ち出されるとは。
「いや、誤解だし。それ隆に押し付けられたヤツだし」
それは本当だった。
ま、ちょっとは読んでみたし、何回かお世話にはなったけど。
愛紗は、なぜか嬉しそうだ。
「みなまでいうな。それにしても、兄者がロリコン趣味だったとはのぅ。これは、我も心と身体の準備をしておいた方がいいかもしれんのぅ」
「つか、そういうこと言ってて、それ俺が本気にしたらどうすんの?」
「……困る」
愛紗は何故か真っ赤になって、手でパタパタと扇いだ。
隆とはやり取りしているが、すごく落ち込んでいる。それはそうだよな。浮気された上に、愛紗に引っ掻き回されたのだ。
そんなある日、一歌から相談された。
「蒼くん。隆くんのことで美桜から相談を受けているのだけれど、4人でお話できませんか?」
そんな訳で、俺は隆とまた例のファミレスにいる。愛紗も来たがったが、邪魔でしかないので家に置いてきた。
でがけに、「隆に秘策を授けた」とか言ってたけれど、不吉な予感しかしない。一体全体、何をさせる気なのだろう。
俺は店内を眺めている。
あの時、美桜はあそこの席にいたんだっけ。
たしか、美桜は、隆(愛紗)からの返信をみたら、浮気相手を放置して帰ったんだよな。あのままホテルに行かなかっただけ、マシなのかな。
それにしても。
今の美桜は黒髪ショートで、いかにもスポーツ少女という雰囲気だ。
でも、実際のところ、派手な一歌は一途で、美桜は浮気をした。外見じゃ分からないものだな。
一歌がきた。
美桜も一緒にいる。
美桜は俯いて、表情がかたい。
一歌に促されて、美桜も座った。
席に着くと、一歌が切り出した。
「あのね。隆くん。美桜が話したいんだって。思うところはあると思うけれど、話を聞いてあげてくれないかな?」
「なに? 話って」
隆は言った。声がいつもより低い。少しイライラしているようだ。
美桜は泣き出してしまった。
「あの、ごめん。あの、許して……。ボクね、こんなに隆のこと好きって、自分でも知らなかった。ここ数日、辛くて辛くて、ずっと泣いてた。ボク、バカだよ。ごめんなさい」
どうやら、美桜が隆を好きというのは本心みたいだ。失いそうになって、ようやく気づいたというところか。
でも、それって。
隆がモブで他に行く訳がないって、あなどっていたということだよね。
隆。
どうする?
ガツンとかますか、優しさで器の大きさを示すか。どちらもありだとは思う。
隆は口を開いた。
「バカなの? 自分で浮気しといて、都合良すぎでしょ? ヤリマンすぎでしょ。自分でもそう思うよね? ね?」
隆はテーブルをバンバンと叩いた。
その度、美桜はビクッとなっている。
いやいや、隆さん。
ちょっと、かましすぎでしょ。
俺と一歌は目を見合わせた。
隆が怖い。
まじでキレてる。
さすがに美桜が可哀想だ。
……助けた方がいいかな。
隆にこんな面があるとは、知らなかった。




