第64話 そんな彼女のパパにかまされた。
指定の場所に行くと、いかにも高級そうなセダンが止まっていた。
近づくと、窓が開いた。
一歌だった。
一歌の向こうには、一歌パパがいて声をかけてくれた。
「蒼くん。食事はまだ? よかったら一緒にどう?」
着くと、一歌の家の近くのレストランだった。一歌パパは着席するなり、ビールを頼んだ。
「蒼くんも好きな物を頼みなさい」
一歌パパ、……片瀬さんは一歌に目配せした。すると、一歌が立ち上がった。
「んじゃ、わたし帰るから。パパが迷惑かけたら、連絡ちょうだい♡ ママ連れてくるから」
(俺を置いていかないで……)
一歌に目で訴えたが、気づいてもらえなかった。
俺は烏龍茶を頼んで、片瀬さんの乾杯の相手をする。
すると、すぐさま……無言が訪れた。
気まずい。
片瀬さんも手持ち無沙汰なようで、ビールをお代わりした。
「……それで、蒼くん。聞きたいことがあるんだけど」
来た。
片瀬さんは続ける。
「一歌のこと好きなの?」
「はい」
「どんなところが?」
どんなところだろう。
改めて聞かれると、咄嗟には出てこないものらしい。
「可愛いところとか、優しいところとか、前向きなところとか」
巨乳なところも好きだけど、これは言わない方がいいか。
「うんうん。歯切れがわるいね? ま、私の自慢の娘だからね。どれも当然かな」
……この空間しんどいデス。
こうして対面していると、同じ親なのに四葉さんよりも、お義父さんの方がハードルが高い気がする。なんでだろう。
それからは、片瀬さんに、家族のことや将来についてのこと等あれこれ聞かれた。きっと、自分の娘を託すに値するかの質問なのだろう。
父親なら気にして当然のことだ。
でも、まあ。
正直、高校生の俺に聞かれても……とも思う。
聞くなら、もっとイメージが固まるであろう、大学を卒業する頃にでも聞いて欲しい。
その後は、片瀬さんが色々なことを話してくれた。片瀬さんの前には、いつの間にやら日本酒があり、それを良い勢いで飲んでいる。
「あのね。蒼くん。将来の君にアドバイスがあるんだ。もしいつか『なんで一歌は分かってくれないんだ!!』と感じる事があったら、それは君が『一歌を理解していない』からだということを忘れないで欲しいんだよ」
「はい」
よく聞く話ではある。
要は、問題が起きたら一歌を理解できていない俺が悪いってことか。
一歌、片瀬さんに愛されてるね。
なんだか嬉しいよ。
でも、一歌と喧嘩って、あまりイメージできないや。
片瀬さんは続けた。
「当たり前のこと言うなよって思うだろう?」
図星……。
「い、いえ、そんなことは……」
どうやら、お見通しらしい。
片瀬さんは、日本酒をまた一口呑むと続けた。
「でもね、人は、付き合いが長くなると、その当たり前のことを忘れちゃうものなんだ。孔子も『人の己を知らざることを患えず、人を知らざることを患う』と言っている。内容は今の話と同じようなことだよね」
「そうなんですね」
「2500年以上前の人の言葉だよ? そんなものを、いまだに僕らは有り難がっている。つまり、それだけ人間の本質は変わってないし、忘れがちってことだよね。だから、蒼くんにも、忘れないようにして欲しいんだ」
「覚えておきます」
片瀬さんは頭を掻いた。
「説教がましくて、ごめんね。ほら、私には息子がいないから。こういうことを、息子に偉そうに語ってみたかったんだよ」
あれ、いま、片瀬さん。
俺のことを息子って言った?
「そんなことはないです……。肝に銘じておきます」
「親は子より先に死ぬからね。うざったい説教をして嫌われても、将来、子供達が困らないように、色々遺したいと思うんだ」
片瀬さんは、俺の目を見た。
「そんな私から、もう一つ」
「はい」
何を言われるんだろう。
怖い。
「蒼くん。一歌と別れなさい」




