第63話 そんな一歌パパの独り言。
「パパぁ、パパぁ」
夢の中の一歌は、まだ小さな子供だ。
親子3人。幸せな夢。
ピピピピ
目覚ましの音で目を開けた。
(またあの夢か)
「夢の一歌は、ずっと子供のままなのかな」
簡単に着替えて、オフィスに顔を出す。
すると、秘書が資料をもって駆け寄ってきた。
「社長、例の案件は……、お嬢様の学校からの依頼。そこまで優先順位が高いとは思えませんが」
「それは、私の指示通りに。後任の外部顧問の候補は決まったか?」
社長室の調度品を見渡す。
10年前では考えられなかった高級品ばかりだ。
「ごほっごほっ……」
ペットボトルの水で、十数種類の錠剤を一気に流し込む。
ガムシャラに駆け抜けてきたからな。
無理がたたったか。
時計を見る。もう時間だ。
今日は一歌とデートの日だ。
私はジャケットを羽織って、車のキーを掴んだ。
ハンドルを握りながら、昔のことを思い出していた。
私が知っているのは小6までの一歌。そして、その後、中2で再会してからの一歌だ。再会した時の一歌は、すごく傷ついていた。
あの子には、苦労をかけてばかりだ。
一歌が小さな頃にあの出来事があって、当時の私は分不相応な大金を手にして。結局は身持ちを崩して、四葉に愛想を尽かされて。
一歌に寂しい思いをさせてしまった。
信頼は形がなくて曖昧で。
築くのは大変なのに、壊れるのは一瞬だ。
その事に気づいて後悔して、今更ながらに身持ちを正した。が、時間が巻き戻ることはない。
子供の時には構ってやれず、今となっては時間がない。あの子のためにできることは、何でもしてやりたい。
迷惑がられそうだが。
本当なら、大人になった一歌の婚約者に文句をつけて、いびって、いびって。いびり抜いて。娘を幸せにできる男か選別して。嫌われ者のイヤな義父として君臨したいが、そんな時間はないだろう。
だから、一歌が蒼君を連れてきた時には、ビックリした。縁っていうのは、本当にあるのだなと嬉しくなった。蒼君と出会って、一歌は、よく笑うようになった。
彼になら、今の私にも義父として伝えられることがある。一歌のために、蒼君に伝えたい。
車を止めて窓を開ける。
すると、一歌が手を振った。
……本当に美しく育ってくれた。
「久しぶり、一歌。お腹すいてない? 何食べたい? カニ? 焼肉?」
父親らしく、娘にデレデレする。
ま、こうして娘と過ごせるのだから。
今の生活も、悪くはないのだろう。




